第0話 プロローグ
学園モノ、始めました。
この場所、こんなに人通り少なかったっけ……?
今日は転入先の学校に手続きと見学に行ってたから、遅くなっちゃったとは思うけど……。いや、さすがに受け取った真新しい制服を早く着てみたくって、着替えさせて貰ったりしたのは反省してるけど。
この辺りって一応繁華街っていうか、商店街なのに。
まだ時間も6時前だって言うのに、なんで人が、一人も居ないんだろう?
まるでものすごく遅い時間みたいで、ちょっと薄気味悪い。
ああ、でも……雰囲気は、その、時間通りっていうか……?
お店のシャッターは殆ど開いたままだし、八百屋さんの店先には随分前にまではみ出して置いてある野菜の台とかそのままだし、コーヒースタンドのカウンターにはまだ湯気の立ってるホットコーヒーのカップが置きっぱなしなのに、人だけが居ない。
ええと、何だっけ? 船の話でそんなのがあったような……?
内心ビクビクしながら目をつぶって人の気配のない商店街を早足に歩いていると、突然何かにぶつかった。
「う、うわっ……?!」
電柱にでもぶつかったのかと思ったけど、感触はそうじゃなくて。
跳ね返された感じで思わず尻餅をついていた。
「あい、たたた……?!」
へたり込んでいるのは商店街の柄の入った道路の真ん中くらいだった。
じゃあ一体何にぶつかったんだろう?
痛むお尻に気を取られつつ見上げた場所には、何だかよく分からない巨大な物が置かれていて?
「何だろ、これ?
てか、こんなトコにこんなモン置くなってゆーの、もう」
よっこいしょっと立ち上がって、おニューの制服の汚れを払い腹立ち紛れにそのなんだか分からないモノを蹴ってみた。
ぶよん。
うわ、感触も気持ち悪っ。
何だか肉の固まりみたいな……って、ぇえええええ?!
『それ』が振り向いた。
豚をもっと不細工にしたような顔に、耳まで裂けた口、黄色く変色した乱ぐい歯……。
「うわああああああああああっ!!!」
何で、こんな……化け物が、こんな所に……?!
逃げようと思うのに、腰が抜けちゃって立ち上がれないっ。
ズリズリと這っていく事しか出来ないけど、に、逃げなきゃ……っ!!!
化け物がこっちを見て、笑ったみたいに見えた。
よ、よだれが滴ってる、んですけど……ももももしかして、食べようとか思ってるーッ?!
「───待て」
知らない声が聞こえた。
落ち着いた、でも、どこか厳しい声。
「仕掛けた餌に喰い付かないと思ったら……。
よもや結界内に人間が紛れていたとは、な。
これはマイナス査定だろうな;」
声のした方を見ると、見覚えのある制服を着た人がこっちへ歩いて来る。
「おい、そこの人、大丈夫か?」
さして慌てた感じでもなく呼びかけられて、ぶんぶんと頷いてからはっと気がついた。
もしかしてこれって「ドッキリ」とか、知らなかっただけでホラー映画とかのロケだったりとかするんじゃ……。
だって、あの人ちょっと色々あり得ない美形だし、こんな化け物見ても随分落ち着いてるし。
「ちょっと待っていてくれ。すぐに終わらせる」
ふ、と微かに笑ってその人は表情を戻すと、左手を振り払うように空間を凪いだ。
フォンと風を切るような音がした。
次の瞬間、その手に一振りの刀のようなモノが握られていて。
「ここは人の世だ。お前が有るべき場所へ還るが良い」
その刀? で怪物を軽く斬りつけた。
その途端、怪物が……消えた。光の粒子になって、溶けていくように。
訳が分からなくて、呆然としていると(多分)助けてくれた人が、目の前にしゃがみ込んだ。
わぁ、見れば見る程綺麗な人だな……。
スラリとした長身に、蒼くて長い髪は癖のないストレート、抜けるように白い肌、ルビーのような瞳を縁取る長い睫毛、中性的に整った容貌……。
下手なビジュアル系よりよっぽどイケメン!
……って、この人男の人、だよね?
制服(見覚えがあると思ったら、転入先の朱鷺之台学園のだ)男物だし。
「さて、無事かな?
怪我をさせてしまったのなら治療させてもらうが……」
「あ、い、いえッ!! 怪我なんて無いです!
ただ、ビックリしちゃっただけで!」
「そうか、それは済まない事をした。
君を巻き込んでしまったのは完全にこちらの不手際でね。
さ、立てるかい?」
先に立ち上がって手を差し伸べてくれる。
綺麗な人って動作っていうか、仕草まで綺麗なんだ……。
全然関係ない事を考えながら差し出された手を借りて立ち上がる。
「ところで、その制服と言う事は、君は朱鷺之台の生徒なのかな?
私はあの学校の生徒は全員覚えていると自負していたんだが、君の事は生憎記憶にないのだよ」
恐縮そうに聞かれたので、笑って応える。知らなくて当然だから。
「ああ、えっと、来週転入するんです、1年C組……だったかな?
で、今日は学校見学と手続きに行った帰りなんです」
「成程。1年C組というと土岐塚先生のクラスか。
君は運が良い。
彼は見た目本当に無愛想だが生徒の事を第一に考えてくれる教師だからね」
優しい笑みを湛えて言われると、ちょっと無愛想で怖く感じた担任の先生の印象も少し変わる気がする。
「あの、あなたも……朱鷺之台学園の方なんですが?」
彼の印象は見た目は高校生くらいに見えるのに、言動が妙に大人びてるというか、落ち着き過ぎていて生徒と言うよりは教職員っぽい。
でも、制服着てるし……随分着崩してるケド。
「私かい? ―――私は、ふむ、そうだな。
一応朱鷺之台の関係者……という所かな。
これから君が朱鷺之台に通うなら、また逢う事もあるだろう」
「関係者……???」
それって生徒でも先生でもないって事?
意味がよく分からなくて頭の中にたくさんの?マークが……。
「さぁ、元の場所へ戻ろう。
―――目を閉じて」
優しい笑顔でそう言われると、つい言われるがままに目を閉じていた。
「もう、良いよ」
その言葉が終わると同時に、夕方の街のざわめきが耳に戻って来た。
え、と思って周りを見渡してみるけどあの人はもう何処にも居なかった。
ええ―――ッ?!
そこは、暮れ泥む庶民的な商店街。
行き交う人々の明るい声が響くいつもの光景。
八百屋さんの店先はせり出した陳列台をちょっと怠そうに片付けているおじさんが居て。
コーヒースタンドには、人の良さそうな店員さんと、会社帰りっぽいお姉さんが和やかに話してる。
夢、だったのかな?
それとも引っ越しとかで疲れてるのかな。
どっちにしろ、早く家帰って寝ちゃおう。
来週には、もう学校なんだし。
―――あの人に、また逢えるかなぁ?
夢だったかも知れないけれど、ひとつ、楽しみが増えたかも。
だって、新生活には楽しい事がいっぱい待ってる筈だもんね?