第2話-10 ―――後は私の仕事だ
多分、次かその次くらいで東北編終わるかなー。やっと学園戻れる……。
黒騎士に一矢報いさせる為か、奴の馬が蒼眞と紅蓮に立ち塞がる。
「見上げた忠義心だが、相手が悪かったな?」
「邪魔だ―――墜ちろ。」
蒼眞の纏う空気が一変していた。それまでの優しげな雰囲気はすっかり消え去り、紅蓮ですら、背筋が冷える程に。
”敵”に対して一切容赦などない、彼の滅多に見せない苛烈な一面。
蒼眞の一撃は確実に敵を打ちのめしたようだ。首なし馬は嘶きながら、為す術も無く墜ちていく。
「―――紅蓮」
「ああ、任せろ」
紅蓮に首なし馬の止めを任せ、黒騎士に向かう。
* *
名を呼ぶ声が、遠い。
気を抜くと踏ん張っている事すら出来なくなりそうだ。
『あのランスの攻撃は、もし一度でも喰らうと結構なダメージになるだろうな』
先程聞いた、黒騎士評が頭の中で蘇る。
確かに……キツいがこんな所で負けてなんていられない。
目指しているのは遙か遠いその先なのだから。
「く、ぅ……」
紅蓮達は黒騎士の馬に足止めされている。でも、あの二人ならそれ程時間も掛からない筈だ。
だから……、もう少し……。もう少しで良い―――。
その証拠に、少し脇に黒騎士の馬がもんどり打って落下してきた。
止めとばかりに紅蓮が降ってくる。
そして―――。馬の断末魔と共に、待っていたその声が耳に届く。
「良く踏ん張った、卿夜。―――後は私の仕事だ」
卿夜の意識は、そこまでだった。
卿夜の結界が限界を迎えて消えるのと、蒼眞が黒騎士を蹴り飛ばしたのはどちらが先だっただろうか。
「楽に死ねると思うな」
蒼眞は片刃で細身の剣を顕現させると、どこか儀式めいた舞のように斬り付けていく。
その一太刀ごとに黒騎士の”氣”がみるみる削られていく。
終にははっきりとした輪郭を失い、その姿は陽炎よりもなお淡い。
「頃合いだ。無に返れ―――」
最後の一太刀で、黒騎士は完全にその姿を失い、消え去った。
「蒼眞……おめぇ、今のは……」
硬い表情の紅蓮が途中で言葉を飲み込んだ。
その目は炎のような色をしている癖に、なんと冷ややかなのだろう。
限りなく冷徹な緋い瞳。
「―――蒼眞……」
「―――ん?」
短い返事をしてこちらを向いた彼は、もういつも通りの彼で。
紅蓮はいつの間にか引き詰めていた息を解くと、強ばっていた四肢も緊張が解けたようだった。
「紅蓮、馬はどうした?」
「ちゃんと止めは刺したぞ」
「それは重畳」
そんな会話を交わしながら、一級二人が伸びている方へ向かう。
そこでは双子の姉弟がオロオロと意識の無い兄と御曹司を抱えている。
「……そ、蒼眞様ぁぁ」
「お疲れ様、カヤ、シュウ。いや~、二人とも見事に伸びてるね」
昏々と眠る二人の顔を覗き込みながら蒼眞が笑う。
「そうだなぁ。とは言え、アレ喰らって多少なりとも持ち堪えたんだから、大したモンだ」
紅蓮は素直に感心している。
「とにかく、これで任務は完了だ。さっさと支部まで戻ろうぜ」
と、紅蓮が意識の無い二人を軽々と肩へ担ぎ上げる。
「お前、やっぱり手を抜いてただろう」
と蒼眞が呆れた様に言った。
* *
まだ暗い獣道のような元来た道を辿り、一行が東北支部まで戻った頃にはもう白々と夜が明け始めていた。
きじ鍋を食べた古民家の前には傘居と子供達が心配そうに待っていてくれた。
「お帰りなさい、紅蓮さん、蒼眞様、皆さん。良くご無事で」
「おお、傘居。チビ達も。心配掛けたな。
ついでと言っちゃ悪いが、こいつらを寝かせてやりたいんで床の準備してくれねぇか」
その言葉にチビ達こと、座敷童達がうんうんと頷きぱたぱたと軽い足取りで建物の中へ駆けていく。
「で、首尾はどうなんです? まぁ、その顔を見れば大体分かりますけど」
「うーん、首尾は上々……だったんだがなぁ。また別の謎が出て来ちまったって所かねぇ。
―――なぁ、蒼眞?」
と、話を振ったのだが。
「ん? ―――ああ、そうだな。
あぁ、もう結界は要らないな……。しまった、こんな大きい結界は疲れるのに……」
蒼眞は何だか心ここにあらず、といった様子で。
蒼眞が張っていた結界が解かれると同時に、ぐらりと彼の体が傾いた。
「?! え、蒼眞様?!」
咄嗟に支えたのは、隣に居た顕秋だったが、そのままどんどん寄りかかり重くなってくる。
「お、おい? 蒼眞、どうした?!」
「あ、あれ? ……はは。隠居開けにはちょっとハード過ぎたかな……」
そう言い残し、蒼眞もまたぐったりと意識を失ってしまった。
「―――やれやれ。全然平気みたいな面しやがって。
辛いなら辛いって素直に言やぁまだおめぇくらい担げたってのに。
おーい、布団敷くのもう一人分追加してくれ~!」
朝日の昇り始めた山間に紅蓮の大きな声が響いた。