第2話-5 いきなりご登場か。なかなかせっかちだね
あんまりのんびりムードだと遅々として進まないので、いきなり標的さんに出て貰いました。
正味、山奥にある東北支部から更に山深いその村へと、まるで獣道の様な頼りない細い道を進む事、小一時間。
時が止まった様なその村はひっそりと佇んでいた。
「ぜぇ……ぜぇ……。つ、ついた……の?」
既に疲労困憊の人間が三人―――。その何とも情けない有様に紅蓮が呆れ返る。
「おいおい……。体力なさ過ぎだろう、霧江の双子と御曹司」
これには蒼眞と春破が溜息と共に項垂れる。
「みんな都会っ子だからね。仕方ないと言えば、そうなんだけど」
一応擁護する蒼眞と、
「帰ったら全員スパルタ特訓組むか……」
渋い顔で想定メニューを積み上げ始める春破。
「……住民達には、話をして支部の方で宿泊して貰う手筈になってる。
とは言え、この家々は年寄り達の終の棲家だ。
ぶっ壊したりしない様に、なるべく暴れる前に結界を張ってくれ」
という、紅蓮の要請だが、彼の視線はしっかり蒼眞を見据えていたりする。
「……私を呼んだ理由がまた出て来たな。五十キロ四方で事足りるか?」
「話が早くて助かるぜ、蒼眞。万が一を考えて、住民は避難させたが、やっぱりモノも壊したくねぇんでな」
優しい笑みを浮かべている紅蓮に、蒼眞も口端だけで笑ってみせる。
「―――お前らしいよ」
蒼眞の掌に淡い光の立方体が浮かび上がる。その光る箱はみるみる大きく広がっていき、すぐに見えなくなった。
しかし、全員が術者なので感覚で分かる。巨大な結界が敷設されたのだと。
「ご、五十キロ四方の結界って……大きさが良く分かんない……」
既に夏邪が想定外のスケールについて行けていない。
「そうだなぁ、この辺の山は丸々入ってるんじゃないかなぁ……」
と言う顕秋と、
「うーん。しかもこの結界、単独結界だぞ。流石、特級相当なだけ有るよ」
唸る春破。
「え、じゃあ命様のサポート要らないの?! 超デッカいのに?!」
夏邪が素っ頓狂な声を上げるのも仕方が無い。本来、術者達の使用する結界は命の力の込められた呪具を用意し、それを起点として敷設するのが一般的だから。
命の力は恐ろしく強大なその能力で一定の空間を閉じ、現実世界とずらせる事で、異空間として存在させるもの。
景色は変わらずとも、無関係な人間や動物といった命ある者を巻き込む事は無い。
また、どれだけ破壊しようと現実世界に被害を及ぼす事も無いという、使い勝手の良いシロモノだ。
「はは。ミコトの結界程万全ではないんだけどね。最近、二度も侵入されてるし」
あっけらかんと笑う蒼眞に
「何だよ、それ? おめぇの結界に入る奴が居るのか?!」
紅蓮が目を剥く。かなり意外そうだ。
「相性が良いのか悪いのか……。どうにも計りかねる子が一人居るんだよ」
「それ、神崎の事だよな?」
鍋の時から無口だった卿夜が久々に発言する。
「そう、たまちゃん。
今日なんて三人一緒に居たせいか、高津の姫君と大鴻池君まで入っちゃってたからなぁ……」
「ああ、あの時の……!」
夏邪が相の手を挟む。
「神崎は、咄嗟に防御壁みたいなモノを作り出したりしてるから、何らかの能力は確かにあるんだろうけど……」
卿夜の話に、夏邪は何故かがっくりと肩を落とす。
「あの子かぁ。結構フツーの子に見えたんだけどな~。見る目無いんだなぁ、私」
と、まるで緊張感のない話をしていたのだが……。
「―――気付いたか?」
「ああ。おいでなすったな」
「……デカい”氣”ですね」
蒼眞と紅蓮、春破が一瞬で戦闘態勢に切り替わる。
遅れて卿夜と顕秋、夏邪も春破をしてデカいと言わしめる”氣”を感知する。
「いきなりご登場か。なかなかせっかちだね」
顕秋はいつもののんびりした空気が引っ込んでいる。
誰かが固唾を飲み込む音が妙にはっきり聞こえる。
いや、他にも何か―――。微かだったその音は、段々と大きく聞こえる様になっている。
馬の、蹄の音。
夜の空を疾駆する、黒い馬だ。しかし、首が無い。
そして、その首なし馬に騎乗しているのは、これまた首の無い黒甲冑の騎士。
「―――デュラハン、か」