009「新聞部の爆誕」
「いやぁー。ゴメンね、剛志くん。偉そうな演説や解説は、子守唄にしか聞こえなくって」
「気にしなくて良いよ、伊勢さん。僕も、退屈だったもの」
剛志は、入学式で隣同士だった伊勢という少女と、参列した来賓が高校を離れて担任が戻ってくるまでの中途半端に暇な時間を、ただただ駄弁を弄して潰している。二人は、教室でも席が隣り合わせなのである。恋愛小説やメロドラマに出てくる美男美女なら、ここで運命の赤い糸を感じるところであるが、あいにく、そういう展開にはならない。ちなみに、黒板にはフルネームが書かれた座席表が張り出されており、伊勢のフルネームは伊勢崎子であることや、担任の名前が松原団地であることなどが見て取れる。
「そうよね。まったくもって、無駄な時間だったわ。――ところで。剛志くんは、どこかクラブには入るつもりなの?」
「ウーン。式の前に、先輩たちから色々とビラを渡されたけど、どこもピンと来なかったなぁ」
「そうなんだ。私も、勧誘されるのは変なトコばっかりよ。――ホラ、見て」
崎子は、車ヒダのプリーツスカートのポケットに片手を入れると、中からシワと折り目の付いた数枚の紙を、剛志の机の上に広げる。
そこには「共に柔よく剛を制す道を歩もう」や「ドスコイ、ごっつぁんです!」といった墨痕鮮やかな筆文字が躍っていたり、どこかで見たことがあるようで、何か微妙に違うキャラクターが描かれていたり、謎の幾何学模様と何国語が分からない文字が羅列されていたりと、少しでも新入生の気を惹こうと、奇抜なアイデア合戦を繰り広げ、実にバラエティーに富んでいる。
「ハーイ、レディース・アンド・ジェントルマン! クラブ選びで、お困りのようだね」
そこへ、どう見ても日本人であるのに、何故か流暢なイングリッシュで、一人の男子生徒が話しかけてくる。見た目は清潔感のある短髪で、顔立ちも精悍な正統派の美青年だが、その言動の端々に、どこか残念なオーラが漂っている。
剛志がリアクションに困って崎子を見ると、崎子は胡散臭そうに警戒心をあらわにしながら、用件を訊き出そうとする。
「何か、あたしたちに用でも?」
「用も無いのに、わざわざ隣のクラスから足を運ばないさ」
「ということは、一組の子なのね。なおさら、話しかけられる理由が分からないわ」
「冷たいこと言うなよ、ガール。今、俺はフレッシュなパイオニア達を集めて、これまでにないクラブを新設しようとしてるんだからさ。どうだい、君達も一緒に?」
「あら、お気の毒様。あたし、放課後は店番があるの」
「昼休みと定休日だけでも良いぜ」
「売り切れる前に、早めに食堂に行かなきゃ」
「専属シェフに特製弁当を作らせるよ。もちろん、お代は頂戴しないから」
「ますます怪しいわね。そろそろ、素性を明かしなさい」
崎子がキッと睨むと、青年は「待ってました」とばかりに答える。
「ソーリ―。自己紹介がまだだったな。俺の名前は、羽生業平。親は国際弁護士だといえば、ピンと来るんじゃないか?」
業平の口から羽生という名を聞いて、剛志と崎子は、思わず顔を見合わせる。それもそのはず。羽生弁護士といえば、新京都では知らない人は居ないほどの有名人だからである。
剛志が感心したように頷くと、崎子も剛志に頷きを返してから、業平に新たな質問を突き付ける。
「なるほどね。でも、ナニ部を創るつもりなの?」
「世界のフロンティアに立つためには、最先端の情報を入手し、それをもって啓蒙することが一番だと思うんだ。だから、新しいニュースや聞いたトピックを集める倶楽部、名付けて『新聞部』さ」
業平は胸を張って堂々と宣言したが、崎子と剛志は呆気にとられ、しばし開いた口が塞がらなかった。