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006「シチューが冷めないうちに」

「あっ、メッセージが来てる」


 マンションのエントランスで、ドアの横にあるタッチパネルに携帯端末をかざそうとしたところで、和泉は、受信を知らせる緑色のライトが点滅しているのに気付き、エントランスの隅に避けて内容を確認する。

 そして、ニンマリと口角を上げつつ返信してから、タッチパネルに携帯端末をかざし、開いたドアを抜け、集合ポストを確認するのも忘れて階段を駆け上って行く。


「ただいま!」


 玄関を開け、残業上がりとは思えない陽気さで部屋の奥へ向かって和泉が言うと、廊下の先にあるドアが開き、向こうからエプロン姿の剛志が現れる。剛志は、その手に玉杓子と小皿を持っている。


「お帰りなさい、鷲宮さん」

「ただいま、木崎くん」

「残業だったんですね。お疲れ様です」

「シチューを作ってくれたんだって?」

「はい。何でも好きに使って良いと言われましたし、今日は入学式だけで早く終わったので、お役に立てればと。……あの、ご迷惑でしたか?」


 感動のあまりパンプスも脱がずに玄関先で一時停止している和泉に、ご機嫌を伺うように剛志が尋ねると、和泉は慌ててスリッパに履き替えながら平生を装って言う。


「ううん、その反対よ。嬉し過ぎて、情報の脳内処理が追い付かずにフリーズしてただけ。もう、食べられるのかしら?」

「あと、簡単にサラダを作ろうかと思ってるところです。あっ、お湯も張ってありますよ。……えっと、大丈夫ですか?」


 顔を伏せて壁に手をつく和泉に対し、剛志が戸惑い気味に心配しながら近付く。

 すると、和泉は顔を伏せたまま剛志を廊下の先へと向けて背中を押しつつ、くぐもった声で言う。


「先にお風呂を済ませちゃうから、調理の続きに戻って。私なら、平気だから」

「そうですか? わかりました。では、出来上がったら呼びますね」


 剛志は、頭上にクエスチョンマークを量産しつつ、ドアの向こうへ行く。和泉は、ドアが閉まってからしばらく廊下で呆然としていたが、やがてハッと気を取り直し、廊下を戻って着替えを取りに移動する。

 自室に入った和泉は、ハンドバッグを姿見の横にあるカラーボックスの上に無造作に置くと、ベッドサイドに腰掛け、軽く頬肉を引っ張ってから、小さく呟く。


「アラサーまで処女を守ったから、天界の神は褒美として、家事の天使を派遣したらしい。一瞬、木崎くんの頭上と背中に、光輪と白い翼が視えたもの」


 これまでロクな男に恵まれなかった反動と、残業による疲労が、和泉の目に幻を映し出したようである。

 そこへ、ノックの音と共に、剛志が声を掛ける。


「すみません。脱衣カゴにあった衣類は、表示を見て洗濯ネットに入れたりしながら、僕の制服と一緒に洗ってしまいました。乾いた分は、カラーボックスの上に畳んで置いたのですが、問題無かったですか?」

「えっ。あぁ、ちょっと待って!」


 言われてすぐ、和泉はハンドバッグをベッドの上に放り投げ、その下にあった衣類を検め、特に支障が無いことを素早く確認して返事をする。


「問題無いわ、ありがとう」

「良かった。ニオイや汚れが移って無いかと、心配だったんです。それでは」


 廊下の足音が消え、ドアを開け閉めする音がしたあと、和泉は、畳んであった衣類から適当に着替えを選ぶと、それを胸の前に抱えて廊下へ向かった。

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