005「オネエの情報収集力」
「おわっ、たぁ~」
和泉は、背骨を軋ませながら両腕をグーンと後ろへ反らし、無い胸を張ってコリをほぐす。
すると、そこへ缶入りのブラックコーヒーとミルクティーを持った課長がやってきて、和泉の手にコーヒーを持たせながら労う。
「ご苦労様。悪いわね、残業に付き合わせちゃって。――はい、ホットコーヒー」
「ありがとうございます。――二人で片付けた方が早く済みますし、ちゃんと手当ても出ますから」
「あら、現金ね。その通りだけど」
そこで言葉を区切って自席に着き、課長は白く細い指でプルタブを起こして紅茶をひと口飲むと、軽く袖を捲りつつアンティークな腕時計で現在時刻を確かめ、ふと視線を上げて天井の方を見ながら呟く。
「これで残業代を出さないと言ったら、実家から暴れん坊の仔牛を連れて来て、人事部に放してやるわ。丁度、お転婆な仔が一頭いるのよ」
「ハハッ。そういえば、姫宮家は代々、酪農家なんでしたね」
「そうよ。よく覚えてるわね」
「何かとお祝い事の度に石鹸を贈ろうとしていれば、忘れられませんよ」
「ウフッ。それもそうね」
ひと仕事終えた解放感も手伝って冗談を言い合いつつ、二人は卓上端末をシャットダウンさせ、充電ケーブルを抜いて鍵の掛かる引き出しにしまい、空になった缶を片手にめいめいの荷物を持ち、オフィスをあとにした。
二人が居なくなったあと、ドアにはオートロックが掛かり、照明も誘導灯や非常灯だけを残し、自動的に消えた。
「引き摺ってたら活を入れてあげようと思ってたのよ。でも、良かったわ。吹っ切れたみたいで」
「吹っ切れたというより、それより他の事が出来たからで」
「あらぁ。この土日に、よくよくのことがあったのね。興味深いわ」
ラッシュアワーを過ぎて着席乗車になっている地下鉄の車内で、和泉と姫宮はロングシートに並んで座り、お喋りに興じている。
余談だが、ドアの上に備え付けられている液晶画面では、字幕付きの広告動画が無音で垂れ流されている。今春の蟹は、とれとれピチピチで、甘みが強いらしい。
「まぁ、ちょっとした事情がありまして」
「勿体ぶるわね。早く教えなさい」
「実は今、遠縁の親戚を預かってるんです」
「まぁ! その子が、タイプの男の子なんでしょう? ねぇ、そうなんでしょう。図星かしら?」
この後、和泉は散々質問攻めに遭った挙句、木崎剛志という名前である事まで言わされてしまったのであった。勿論、この事は、剛志本人の預かり知らぬところである。