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004「いい湯だけれども」

(ハァー。これから三年間、何事も無ければ良いけど)


 薄っすらと湯煙が立ち込める浴室で、剛志は畳んだタオルをオールバックにした頭の上に乗せ、湯船に肩まで浸かっている。

 蛇口の上にある操作パネルには、おゆはり、おいだき、といったボタンの他に、給湯温度が摂氏四十度であることや、現在時刻が午後七時過ぎであることが、モノクロの液晶でデジタル表示されている。


(自分だけの部屋も用意されてるし、面倒なことを押し付けられもしないし、やたらと構いたがらないけど、ほったらかしにされるわけでもない。居心地が良すぎて、うっかり長居しないようにしないといけないな。ここだって、あくまで仮住まいなんだから)


 換気用の小窓には、小さなポトスが飾られている。剛志は、それを見るともなしに見ながら、今日までの出来事を振り返ったり、明日からの新生活に思いを巡らせたりしている。新緑の香りがするエメラルドグリーンの水面には、感情に乏しい表情が、ボンヤリと映っている。


(明日から、高校生か。やっぱり、両親が居ないことを悟られないようにしないと駄目だよな。さすがに、母の日に手紙を書きましょう、父の日に似顔絵を描きましょう、的な宿題は出ないだろうけど)


「木崎くん?」

「わっぷ。――あっ、すみません。すぐ、上がります」

「ううん、慌てなくて良いの。ただ、のぼせてないかと思って、確認したかっただけだから」

「あぁ、そうなんですね」


 湯船に落ちたタオルを拾い上げて絞りつつ、剛志がしどろもどろに返事をすると、すりガラスがはめられた三枚引き戸の向こうにいる和泉は、クスクスと忍び笑いをこぼしながら、さらに一言。


「長旅で疲れてるだろうから、しっかり温まった方が良いわ。わたしは先に夕飯にしてるから、上がったらダイニングに来て」

「あっ、はい」


 それから、一分と経っていないだろうか。 

 すりガラスから人影が消え、足音も気配もしなくなった頃合いを見計らって、剛志は股間をタオルで隠しつつ、お湯から上がった。


(ガス代が勿体ないとか、食事が始められないとかで、もたもたチンタラしてないで早くしろとは、よく言われたけど。逆に、こうして自由裁量に任せられると、かえって遠慮してしまう)


 それまでの境遇と百八十度違う世界に飛び込んだ時、それが以前より悪化したにしろ改善したにしろ、変わってすぐには馴染めないものである。それは、二つの落差が大きければ大きいほど、また、以前の環境に置かれた時間が長ければ長いほど、違和感を覚えてしまう傾向にある。

 高校生になったばかりの青年にとって、これまで十五年弱の人生経験と、現在の状況との差異が、内心の戸惑いに繋がっているとしても、決して不思議ではない。

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