031「押して引いて踏み込む」
(しっかりしてるな、伊勢さんは。僕も手土産を持って来れば良かったかなぁ。手ぶらで来て良いという言葉を額面通り受け取るなんて、小さい子供と同じじゃないか。店の宣伝を欠かさないことで、海老で鯛を釣る作戦なのだとか何とか言って笑ってたけど、家のことをちゃんと考えてるだけ偉いよ)
剛志は、別荘に着いて早々「手前味噌ですが」と言いながら、執事に両親が店で出している銘酒を渡した崎子のことを思い返し、カバーのかかったキングサイズのベッドの上で組んだ手を後頭部に回して寝っ転がっていた。
そこへ、カンカンとノッカーを叩く金属音がする。
(誰だろう? 羽生くんなら、わざわざノックしないよな。センゲンさんか?)
頭の中に大きな疑問符を浮かべつつ、剛志は立ち上がって毛皮のスリッパを履いて歩き出し、真鍮のノブを回してドアを開ける。ドアの向こう側には、たった今、剛志が思い浮かべていた人物の姿があった。
「あぁ、伊勢さんか。どうしたの?」
「ここに来る前に買った物を配送する準備がしたいから、住所を教えて欲しいんだって」
「(オルゴールとバームクーヘンのことか)分かったよ。羽生くんは、今、どこに居るの?」
「白いヒグマの敷物がある部屋よ。ほら、最初にセンゲンに案内されたところ」
「あぁ、あの天井が高い部屋だね。重たそうなシャンデリアがあって、オオカミが釜茹で出来そうなくらい大きな暖炉もある」
「そうそう。あの暖炉なら、簡単にサンタクロースが侵入できそうよね」
二人揃ってひとしきりクスクスと笑うと、剛志はドアを閉めて廊下に出る。そして、一緒に談話室へと向かいつつ、やや落ち着いて会話を交わす。
「……なんちゃって。実はね、剛志くん」
「(急に大人しくなったな。着火剤が切れたみたいだ)何かな、伊勢さん?」
「あたし、剛志くんに無理させてないかと思ってね」
「(どういう意味だろう?)そんなこと無いよ。どうして、そう思うの?」
「二人より三人の方が楽しいと思ってのことだったんだけど、結構、強引な形で同好会に引き入れちゃったでしょう? だから、迷惑に思ってるんじゃないかと心配になってて。正直なところ、剛志くんは優しいから、少し無理に押しても断られないだろうと高を括ってたのよ。だから……」
「(なるほど。なし崩し的に参加することになったことを、心の中で嫌がってないかと思われてるのか)気にしないで、伊勢さん。優柔不断なところがあるけど、どうしてもイヤなときは、ハッキリ言うから」
「そう。それなら、ひとつ訊かせて欲しいことがあるんだけど」
崎子は、そこでひと呼吸置くと、ライオンを模ったノッカーが付いている観音開きのドアの前に立ち止まり、剛志の目を見つめながら訊ねる。
「どうして飛行機に乗れないのか、中で理由を教えて」
そうキッパリと言って、崎子はノッカーをカンカンと叩いた。




