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029「子供の情景」

(昼食のあと、まだまだ胃袋に余裕のあるグルメ班と、もうお腹いっぱいのアート班との二手に分かれたのは良いけれど、こうして二人きりになってしまうと、何となく気まずいな)


 磁力で鏡面の上を踊る仕掛けの男女の人形を意味もなく置き直してみたり、宝石箱のように煌びやかな装飾が施された蓋を開けて中を覗いてみたりしながら、剛志は、陳列された多種多様のオルゴールを見て回っている。そこから付かず離れすの距離で、まるで十九世紀の絵画から抜け出してきたような燕尾服の執事が、真面目な顔をして控えている。

 

(さっきは、ガラス製の石油ランプの灯芯の長さをネジを回して上下させたり、火屋(ほや)のデザインの違いを見比べたりしながら時間を潰したけど、そろそろ沈黙に耐えかねるよ。でも、会話の糸口が見つからないし。あぁ、僕に二人みたいなコミュニケーション能力があったらなぁ……。おや?)


 剛志は、不意に一つのオルゴールに注目する。それは、グランドピアノを模した形で、蓋の部分を開けると音が鳴る仕掛けになっているモノである。

 急に歩みを止め、手に取ってシゲシゲと眺め始めたのち、ネジを巻いて音色を聞き始める剛志。それを見て、執事は静かにその側に寄り、曲が終わったタイミングで、まるで生身の人間のような自然さで声を掛ける。


「なかなか精巧に作られておりますね、木崎さま」

「えっ? あぁ、うん。そうだね、センゲンさん」

「敬称は結構ですよ。私は、あくまで執事であり、木崎さまは、業平さまのご学友であられますから」

「でも、いきなり呼び捨てには出来ないよ。僕は、伊勢さんとは違うから」

「さようでございますか。――ところで。そちらの品に、何か心惹かれるところがあるのでしょうか?」

「チョットね。昔、僕の家にも、これと同じオルゴールがあったような気がしてね。でも、曲が違うから、記憶違いかも」


 剛志が既視感を覚えた旨を語ると、執事は興味深そうに、その話題を掘り下げる。


「他にも、いくつか箱に入っているモノがございますから、探してみましょう。曲名は、お分かりになりますでしょうか?」

「う~ん、曲名までは分からないんです。でも、こんな感じの曲で」

 

 タン、ターン。タ、タ、タ、タ、タンターン。という具合に、剛志がメロディーを冒頭の四小節ほど小声で口ずさむと、執事は、それがシューマンの有名曲であることに気付き、積んである箱に貼られたラベルを素早く検め、目的の箱を手に取って剛志に差し出す。


「今の調べですと、こちらの『トロイメライ』で、まず、間違い無いと思います」

「トロイ、メライ?」

「はい。ドイツ語で『夢』という意味です。ひょっとして、おやすみ前にお聴きになっていたのではございませんか?」

「あっ、そうそう! その通りだよ、センゲン」


(そっかぁ。あのオルゴールは、ここで買ったものだったんだ)


 剛志は、喜びのあまり呼び捨てにしたことにも気付かず、すべての点が線で結ばれたように晴れやかな表情をし、執事は、謎解きのお役に立てて満足だとばかりに、優しく微笑んだ。

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