003「きっぱりケリをつける」
話は、一旦、金曜日の夜に遡る。
「もしもし? 和泉です」
「お母さんよ。最近どう?」
「どうって。つい先日、同棲相手に別れを告げたばかりよ」
ウンザリした調子で和泉が近況をアッサリと報告すると、通話口の向こうから半オクターブ高い声が返ってくる。
「そりゃあ、丁度良かったわ。実はね。ちょいと面倒を見て欲しいのよ」
「今度は、何? メダカ? それとも、イグアナ?」
「イヤだわ、和泉。三毛猫のこと、まだ根に持ってるのね。安心なさい。今回は、ちゃんと言葉が通じる相手よ」
「じゃあ、ロボットかしら? 人工知能技術の進歩は、目覚ましいものね」
からかい半分で軽いジョークを交わしていたのも、束の間。電話の向こうにいる和泉の母は、急に真面目なトーンで話し出す。
「冗談は、このくらいにして、そろそろ本題に入るわね。実は、この春に高校生になる子なんだけどさぁ。音楽家と画家の親御さんを、飛行機事故で一度に失くしてしまった、可哀想な子なのよ」
「あら、そう。で、その子と私の関係は?」
「あたしの兄さんの奥さんが、画家をやってたその子の母親の姉よ」
「あぁ、ちょっと待って。メモするわ。――うぐっ!」
和泉は、ハンドバッグからリングメモとボールペンを取り出すと、それをローテーブルに置いて家系図を書き始めようとするが、バランスを崩してカーペットに胴体着陸してしまう。余談だが、和泉は墜落の衝撃の緩和が難しい、シンデレラバストの持ち主である。
「和泉。あんた、もしかして、またヘベレケになるまで飲んだんじゃないでしょうね?」
「イタタタタ。――ご名答よ。流石ね、名探偵」
「伊達に三十年近く、あんたの母親やってません。それより、書く準備は出来たの?」
「ちょっと待って。……良いわよ」
いささかフラつきながらも、立ち上がってソファーに座り直し、首を傾げて耳と肩に携帯端末を挟み、メモを取る体勢を整える。
その後、和泉は何度か軽く頷きつつ、最後に木崎剛志という名前を記入してから、二言三言挨拶をして、通話を終了した。
翌日、和泉は二日酔いの頭を抱えながら、元カレが使っていた部屋を、思い出もろとも一掃したのであった。和泉の身体に残っていた酒精と未練は、汗と埃と一緒に排出されたのである。