028「問わず語り」
「茹で過ぎたか。邪魔くさがらずに、ちゃんとパスタメジャーを使えばよかった」
ミートソースがまだらになっているスパゲティーを平皿の半分ほどまで食べ進めたところで、和泉は皿の端にフォークを置き、小さくおくびを漏らす。
「残りは夕食に回そう。焼きそばかチャーハンで済ませようかと思ってたけど、この分だと作る必要すら無さそうだ」
どうやら和泉は、一人の食卓には、サラダやフルーツを添えるつもりは無いらしい。どうにも美容と健康によろしくない食卓である。
ふと、和泉は隣の席に視線を移す。当たり前だが、そこには誰も座っていない。そして、そのことに、和泉は違和感を感じている様子である。
「襟用やオシャレ着用の洗剤があったんだけど、いつもブラウスが真っ白だったり、ここ最近、ニットに毛玉が出来てなかったりしたのは、木崎くんがやってくれてたの?」
空席に向かって問い掛ける和泉。事情を知らない第三者が目撃すれば、頭がおかしくなったと思う光景だろう。和泉は、あたかもその場に剛志が居るかのように、話を続ける。
「今頃は、バターサンドやチーズケーキを堪能してるところかな。それとも、まだ昼食中で、海の幸が山盛りになった海鮮丼に舌鼓を打ってるところかしら? 何にせよ、せっかく出来た友達と、気兼ねなく過ごせてたら良いわ」
そう言いながら、だんだんと表情が暗くなり、声音も弱々しくなってきたところへ、キンコーンと場違いなほど軽快な音が鳴る。和泉は、センチメンタルに浸って微睡んでいたところを覚まされ、パタパタとスリッパで音を立てながらインターホンに向かう。画面には、どこか和泉に似た系統の顔立ちで、両手にいくつもの紙袋を持った人物が、カメラ目線でニコニコとしながら映っている。
「あたし、和海さん。いま、エントランスに着いたの」
「どこのメリーさんよ。五月に入ってから来るんじゃなかったの?」
「娘のことが心配で、つい来ちゃった」
「年甲斐もなくカワイコぶっても駄目だから。でもまぁ、良いわ。今、開けるから」
和泉はため息を吐きながら受話器を取り、低い声で心底からイヤそうに言ったあと、受話器を戻し、一瞬、赤色の丸い緊急通報ボタンに指を添えてから、すぐ隣の緑色の丸い解錠ボタンを押した。




