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027「背中を押す」

「ボストンじゃないんだ。ずいぶんと軽装ね。携帯端末は?」

「あります」

「ハンカチは?」

「持ってます。あの、鷲宮さん。もう高校生ですから、いちいち確かめなくても大丈夫ですよ」


 いよいよ迎えた合宿初日の朝。玄関ポーチで、さして通学時と変わらない恰好をした剛志が、カーゴパンツのポケットから携帯端末やハンカチを取り出して見せつつ遠慮する。和泉は、余計な心配をしていることにハタと気が付き、話を変える。


「それもそうだわ。――最初は、小樽に行くんだっけ?」

「はい。そのあと、富良野、函館の順に移動します。その途中で、旭川と札幌にも寄ります。あの、ホントに良いんですか? その……」


 伏し目がちに剛志が婉曲表現を探していると、和泉は先回りしてハッキリという。


「おみやげなら、要らないから。元気な姿で帰ってきてくれたら、それで充分よ」

「でも、日頃お世話になってるわけですし」

「形に残る物を増やしたくないタイプなのよ。思い出は、心のアルバムに収めておくだけで充分だから」

「じゃあ、何か美味しい物にしますね。あっ! 食べられない物はありますか?」

「金属と合成樹脂。あと、陶磁器も」

「無いんですね」

「アレルギーでもあったら、最初に会った時にリストアップして渡しておくわよ。それか、台所に立たせないか」

「なるほど。それもそうですね」


 会話が途切れ、ドアの外で廊下を小走りにパタパタと駆けるサンダルの足音や、ビニールが立てるガサガサという雑音が通り過ぎたあと、和泉が締めくくる。


「まぁ、たった十日間のことよ。羽生くんや伊勢さんや、それから、執事さんだっけ? みんなとワイワイがやがや賑やかに過ごしてるうちに、あっという間に帰りの日になるわ。わたしのことは、何も気にしなくて良いから、春の北海道を存分に堪能して来なさい」

「はい。そうします」

「もし、向こうで何かトラブルでもあったら、すぐにわたしの携帯端末に連絡してね。早朝だからとか、深夜だからとかで、遠慮すること無いから。わたしの方からも、何か言っておきたいことがあったら、電話なりメッセージなり送るから」

「はい。わかりました」


 剛志が顔を上げ、ようやく迷いが晴れた表情になると、和泉は納得したように小さく一度頷き、剛志が背負っているリュックを押しながら玄関ドアを開ける。


「気を付けて、いってらっしゃい」

「はい。いってきます!」

 

 廊下に出た剛志が、軽く会釈をしてから意気揚々と階段へと向かって行く。

 和泉は、その姿が廊下の角を曲がって見えなくなるまで、その場に佇んでいたが、入れ違いにホットカーラーを巻いたネグリジェ姿の中年女性が向かってくるのに気付き、急いで部屋に戻った。

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