023「奇人変人凡人」
「黒板に白墨で書かれた文字を、ノートに鉛筆で書き写す。あぁ、なんて時代遅れなのかしら」
「教科書や資料集は電子化されて卓上端末で操作できるようになったのに、それ以外の授業風景は明治時代と変わらないね」
「あくまで、手を動かして覚えろってことなんだろうな。散切り頭を叩いてみれば、ぺコペコポコンと音がする」
春のうららかな陽射しが、花弁を散らすオオヤマザクラの樹々の隙間から木漏れ日として降り注ぐ坂道を、崎子、剛志、業平の三人が、雑談に花を咲かせながら上っている。
「文明開化は、トタン板みたいに薄っぺらなのね」
「そういう意味なの、羽生くん?」
「特に意味は無い。でも、何となく語呂が良いだろう? ――それより、この前の発表は、うまくいったのか?」
「えぇ、バッチリよ。ねっ、剛志くん」
「はい。伊勢さんのフォローのおかげで、リラックスして臨めました」
「へぇ~。そいつは、よござんしたね」
言葉とは裏腹に、弄り所が無くて面白くないとでも言いたげな表情で、業平は憂さを晴らすように両腕を上げ、肘を曲げて後頭部で手を組みながら大仰に嘆く。
「あ~あ。どうして俺は、一組になっちゃったんだろうな。まともな生徒は、俺くらいだよ」
「業平くんがまともだとは、あたしには思えないけど?」
「僕も、右に同じ。――のわっ!」
剛志が崎子に共感すると、業平は組んだ手を解いて両腕を下ろし、そのまま剛志に肘鉄砲を食らわせる。
「お前たちは、俺のクラスメイトを知らないから、そういうことを言えるんだ」
「どんな子たちがいるっていうのよ? 例を挙げなさい」
「そうだよ。そこまで言うなら、具体例を出して」
「良いだろう。例えば、だな」
業平は、二人の前に立ちはだかると、そのまま器用に後ろ向きへ歩きつつ、指を立てながら列挙していく。
「まず、休み時間まで活字を読み漁ってる真面目ちゃんだろう。それから、頭は切れるけど思考回路がサイコじみてる宇宙人くんだろう。それに、いつもマスクと白手袋を着けてる潔癖症さんに、決まった定位置に物が無かったり順番通りに事が進まないと気が済まない几帳面くん。あと、毎日、サプリメントしか摂ろうとしない超偏食ちゃんも居る。――どうだ? これでも、俺がまともな部類でないと言えるか?」
広げた片手を突き出し、業平は、疑問形でありながらも、そこに反語のニュアンスを含めて訊ねる。
すると、崎子と剛志は顔を見合わせ、無言のまま小さく頷き合った。ドヤ顔で迫る業平に対し、二人は、同情と憐れみと、早急な教育改革の必要性を感じたのである。




