002「たらい回しの青年」
(毎度のことながら、気が重いな。これで何回目だっけ? ……やめよう。数えると、ますます憂鬱になってくる)
ゴムタイヤで走る車両から降りた詰襟姿の青年は、ホームの端のほうにある空いているベンチへと歩いて行き、溜息まじりにボストンバッグを置く。そして、痺れや凝りを取るように手をブラブラと振ったり足腰を曲げ伸ばしたりしてから、再び荷物を持ち、目的の改札口を探しながら地上を目指す。
(たしか、南改札の方がタクシー乗り場に近いって言ってたな。高校生になったばかりで、一人で利用するのは気が引けるけど、土地勘の無い街で迷子になったら、それこそ洒落にならない)
心の中で、そんなことを考えつつ、携帯端末をタッチパネルに当て、自動改札機を通過する。
その後、地上に出た青年は、お喋りな運転手に辟易しながらも目的地に辿り着き、マンションの前に到着する。青年は、建造物の高さは十メートル以下とするという新京都建築基準法の規定ギリギリの高さに建てられた鉄筋コンクリート造の箱物を見上げながら、不安げな表情をする。
(ここが、今日からお世話になる家か。遠縁の親戚が一人暮らししてるって聞いたから、てっきり小さなアパートだと思ってたのに。これは、ずいぶんと家賃の高そうなマンションだ。受け入れを拒否されないことを祈るしかないな。野宿するには、まだ寒すぎる)
青年は、一度振り返って来た道を確かめると、キッと唇を引き結び、意を決してエントランスへと向かう。
一方、同じ頃、そのマンションの一室では、和泉がダイニングテーブルの周りをウロウロと歩き回りながら、ソワソワと落ち着かない様子で、お茶の用意をしていた。
「酔ってたし、カレが居なくなったばっかりだったから、二つ返事でオーケーしちゃったけど。冷静になって考えてみたら、わたし、今時の男子高校生のことなんか、ちっとも知らないのよね。どんな子が来るのかしら? 乱暴な子や軟派な子だったら、きっと手に負えないわ」
誰にともなく、急須や湯呑みに向かって独り言をブツクサと呟いていると、キンコーンと軽快なインターホンが鳴る。和泉は、パタパタとスリッパの足音を立てながらインターホンに向かい、受話器を取る。その画面には、キョロキョロと左右の様子を窺っている先程の青年が写っている。
「来た! ――はい。どちら様ですか?」
「あっ、どうも。えーっと。僕は、木崎剛志です。鷲宮和泉さんのお宅ですか?」
(良かった。ちょっと頼りなさそうな感じだけど、大人しそうな子だ)
「はい、そうです。今、ロックを解除しますね」
和泉は、携帯端末でチラチラと確かめながら言った青年を微笑ましく思いつつ、受話器を戻し、緑色の丸い解錠ボタンを押した。