019「当事者には重要」
「函館、小樽、富良野の三ヶ所だね?」
「そう。歴史ロマンとガラス細工とラベンダーの街さ。ご希望なら、札幌や旭川にも寄るけど?」
剛志は、自室のベッドの端に腰を下ろし、ときおりリングメモに鉛筆を走らせつつ、業平と通話している。手元の方眼紙には、「ハコダテ、オタル、フラノ、初日から、だいたい二日か三日ずつ」と書かれている。
「旅行には不慣れだから、その辺のプランニングは任せるよ」
「オーケー。絶対、行って良かったと思う旅を考えとくから、期待してくれ」
「楽しみにしとくよ。何か、旅行前に準備しておく物はあるかな?」
弾んだ声音で剛志がメモを一枚捲ると、業平は、端末の向こうで思案気味に唸ってから、思い当たるところを述べていく。
「う~ん。別荘に着けば、だいたい何でも揃ってるから、洗面用具や着替えの類は要らないな。だから、ハンカチや携帯端末は当たり前として、あとは、携帯薬くらいだな。持病とか、アレルギーとかはあるか?」
「特になし、だよ。あっ」
「どうした? 何か問題があるなら、早めに行ってくれよ。出来るだけ、無理させないように配慮するから」
何かを思い出したように声を上げた剛志に対し、業平は様子を窺うような調子で心配する。
「あのさ。……すごく言いにくいことなんだけど」
「ためるねぇ。勿体ぶらずに、サッと言ってしまえよ」
「出来れば、移動に、飛行機は使わないで欲しいんだ。お願いできるかな? ……もしもし?」
急に無音になってしまったので、剛志は心配になり、僅かな音も逃すまいと端末に耳を押し付けると、出し抜けに大きな笑い声が返ってくる。
「アッハッハ。あぁ、可笑しい。腹筋が攣る!」
「何だよ、羽生くん。こっちは真面目に要望を伝えたっていうのに」
「悪い悪い。重病でも告白されるのかと思って、真剣に身構えてたのに、斜め上の答えが返ってきたからさ。そっかぁ。木崎は飛行機が苦手なんだな。可愛らしいところがあるじゃん」
「うるさいな。子供みたいだと思って、馬鹿にしてるんだろう?」
「いやいや、そんなんじゃないって。どこか、みょ~に背伸びしてる節があったから、やっと高校生らしいところを見付けて、安心したのさ。それじゃあ、陸路で考えとくよ」
「(背伸びしてるって、どういうことだ?) 頼んだよ」
「おぅ」
怒ったり笑ったり、通話相手に翻弄されて木崎が百面相をしていると、コンコンとドアをノックする音とともに、和泉が声を掛ける。
「木崎くん。わたし、先にお風呂に入ってるから」
「あっ、はい。僕も、すぐにダイニングに戻ります」
「誰だ、今の声は? 苗字で呼ぶってことは、家族じゃないよな? ひょっとして、彼女か? 声の感じは、ちょっと酒焼けしてて、年上っぽかったけど。ヒューヒュー、隅に置けないぜ!」
一人でヒートアップする業平に対し、剛志は鬱陶しそうに説明する。
「勝手に盛り上がらないでくれよ。今のは、親戚のお姉さんだから」
「とか何とか言っちゃって。横取りしないから、馴れ初めを教えろよ」
「ホントに、ただの遠縁の親戚なんだってば。これ以上、根掘り葉掘り詮索するようなら、合宿に参加しないよ? 退部届は、入部から一ヶ月後だったっけなぁ」
「うわっ! それだけは勘弁してくだせぇ、木崎剛志大明神様。何卒、なにとぞ~」
画面の向こう側で土下座でもしてそうな調子で、業平が平謝りすると、剛志はプッと吹き出してから、話を畳みにかかる。
「今回は許して進ぜよう。この次は無いと思え」
「ハハーッ。慈悲に感謝いたしまする」
「それじゃあ、僕は夕食の途中だから」
「あっ、そうだったのか。それを早く言えよ。じゃあ、また明日な」
「(また、次があるんだよな。友達だから)また明日」
剛志は、通話を切って端末を耳から離すと、それをメモや鉛筆と一緒に机の上に置き、しばし余韻に浸る。そして、おもむろに立ち上がり、携帯端末だけを持ってダイニングへ向かった。