018「嵐の前の静けさ」
(ふぅん。今度の十連休に、木崎くんは羽生くんたちと旅行するのか)
夕食時、ダイニングでは剛志と和泉がテーブルを囲んでいる。二人の目の前には、両手幅ほどの真っ白な陶器の大皿に料理が載せられている。今晩のメニューはオムライスで、フワッとした薄焼き卵の上には、デミグラスソースがかけられている。
二人は、そのラグビーボール大のオムライスをスプーンで切り崩して口に運びつつ、今日の出来事を話し合っているのである。
「というわけで、クラスメイトの伊勢さんも一緒に、道内にある羽生くんの別荘に行くことになってしまいました」
「なるほど。で、いつから行くの? 初日から?」
「あっ、えーっと」
口の端に付いたチキンライスを指と舌で舐め取りつつ、和泉が飾らない調子で素朴な疑問を訊く。すると、剛志は「それは盲点だった」とばかりに、一瞬、驚きに目を見開いたあと、一言断ってから携帯端末を取り出し、ナプキンで指の油を拭ってから操作しはじめる。
「スミマセン。羽生くんに、メッセージで訊いてみます」
「あら。決まってなかったら、急がなくて良いわよ。まだ、休みまで半月近くあるから」
「いえ。鷲宮さんに言われて、僕も気になりだしましたから(日程とか場所とか、合宿の詳細を教えて、っと)」
剛志がメッセージを送信すると、携帯端末をズボンのポケットになおす間もなく、着信を知らせるバイブレーションが鳴り出す。画面には「羽生業平」という文字が表示されている。
「わっ! 電話で来た」
「出て良いわよ。わたしに聞かれるのが恥ずかしいなら、席を外して自分の部屋に行っても良いから」
「あっ、はい。それじゃあ、お言葉に甘えて。――木崎です。えっ? メッセージを打つのがメンドクサイって、何だよ。うん。いや、気持ちは分かるけどさ……」
通話を続けつつ、剛志はテーブルを離れ、ドアを開けて廊下に出て行った。
その後ろ姿を、和泉は見るともなしに見ていたが、ドアが閉まり、話し声がフェードアウトして物音がしなくなると、おもむろにグラスを手に取り、水滴で張り付いたコースターをテーブルに置きつつ、ぐ~っと水を飲む。
(どうやら剛志くんは、高校での新しい生活を、うまく軌道に乗せることが出来たみたいね。順調な滑り出しだわ)
和泉は、グラスをコースターの上に戻すと、フォークを手に取り、付け合わせのガロニに突き刺した。その刹那、フォークの曲面には、静かな微笑みが映った。