017「うららかな帰り道」
「別荘って、一軒だけじゃないんだね」
「おぅ。道内だけでも三軒あるんだ。午前中に見せたのは、一番手狭な所」
「ねぇ、剛志くん。ちょっとの間、業平くんの身体を押さえといてくれない? 私、チョーク・スリーパー・ホールドには自信があるの」
物騒な発言が飛び出しつも、剛志、業平、崎子の三人は、高校からバス停へと向かって、オオヤマザクラの樹々が立ち並ぶ長い坂道を歩いて下っている。ちなみに、この坂道には「遅刻坂」という通称がある。始業時間ギリギリに最寄りの停留所に到着したとしても、徐々に勾配が急になる坂を上っているうちに、十中八九、遅刻してしまうからである。
「どうどうどう。合宿の最後には手土産も付けるから、怒りを鎮めたまえ」
「と、羽生くんも言ってることだから、許してあげて」
首に回した片腕を、業平は手首を持ってクルリと身を翻しながら解き、まるで高齢者が年少者の機嫌を取るような調子で、口約束を取り付ける。その隙に、剛志は二人の間に割って入り、崎子を業平から二歩三歩離れた位置につける。
崎子は、どこか不満そうに口を尖らせつつ、治まらない憤りに任せて口撃を続ける。
「それだけ余裕があるなら、あたしのトコの家賃とテナント料も払ってよ。先月も、月末にガスが止まって困ったんだからね」
「と、下々の庶民は、窮状を申しておりますが?」
「そこは、伊勢の両親が、もっと家計管理をしっかりすれば良いだけの話じゃないか。親族でも無いんだから、そこまでの面倒はみられない。第一、基礎所得保障は、どうした?」
「と、業平坊ちゃまは、おっしゃってます」
「いやいや、そこで急に真剣な返答しないでよ。おまけに、訳の分からない話まで持ち出すし。さっきまでのかる~いノリは、どこへ行ったの?」
いきなり真面目な口調で答弁した業平に戸惑い、すっかり崎子が怒気を削がれると、橋渡し役を務めていた剛志は、ホッと胸を撫で下ろす。
(羽生くんは、表面上はチャラいように見えても、根っこの部分ではシッカリしてるのかもしれないな)
剛志が沈思黙考の末、業平のことを見直しかけていると、業平は、そんなこととはつゆ知らず、いつもの軽薄で残念なキャラクターに戻る。
「何だぁ。伊勢には、チャランポランな俺の方が、まともな俺より良いのか。建設的なアドバイスをして、ちょっと損したぜ」
「極端な人ね。火力を調節できないコンロみたい」
「(強火で丸焦げになるか、焼けずに生のままになるかってところかな)弱火に出来ないと困るね」
「おっ。言ってくれるじゃないか、このぉ~」
思わず率直な感想をもらした剛志に対し、業平は快活に笑いながらも、剛志の肩に握り拳で軽いパンチをお見舞いした。
そうして仲良くじゃれ合う三人の頭上では、オオヤマザクラが薄紅の蕾をほころばせ始めている。