015「多答クイズとフード戦士」
パフェで久喜が身の上話をするより、数時間ほど前のこと。
高校では、天井スピーカーから古式ゆかしいウエストミンスターの鐘が鳴り響き、すぐに放送部によるご機嫌なナンバーが流れ始めた。それと同時に、校内は、どこもかしこも昼休み特有のくだけた空気に支配されていった。
「食べながらで良いけど、耳は傾けといてくれよ、伊勢」
二つの机を長辺で合わせ、それを崎子、業平、剛志の三人がコの字に囲んでいる。天板の中央部付近には、蓋と縁に螺鈿と金銀の蒔絵が施された五段の重箱があり、藍染めで七宝模様が描かれた風呂敷の上に広げられている。三人は、時おり代わる代わる菜箸を片手にとり、めいめいの取り皿へとよそいつつ、絶品料理を堪能している。
そのうち、一人で五段を空にする勢いで食べ進めている崎子に対し、業平は牽制の意味を込めて注意したのだが、カレー風味の唐揚げに舌鼓を打っている崎子には、右から左へと受け流されてしまっている。
「ん? 塩梅がよろしくて、美味しゅうございます」
「まるで聞いてないな。グルメ評論家としては満点だから、シェフは喜ぶだろうけど」
「まぁまぁ。後で、僕の方からも確認するから」
口にアスパラガスの薄切り肉巻きを銜え、片手でピックを引き抜きながら、どこか苦々しい顔をしている業平に対し、剛志は、里芋の煮物を絶妙な箸捌きで器用に皿に取りつつ、やんわりと宥め、会話の先を促す。
「それで、合宿では何をするの?」
「おっ、聞く姿勢になってきたな。突然だけど、ここでクイズを出そう。ジャジャン!」
「(効果音も、自分で言うのか……)簡単なのにしてね」
「古くはエミシ、その後にエゾと呼ばれた、この緑の大地は、内地とは異なる文化を育んできた。そこで、問題。エゾで始まる生物名を、一分以内に思い付く限り列挙せよ。レディー、ゴー!」
スラックスのポケットから携帯端末を取り出し、業平はストップウォッチ機能を起動させる。点が真円上を一周する度に、その円の内部に表示された数字が一つずつ減っていく画面を見せられながら、剛志は箸を休め、軽妙なトークを垂れ流しているスピーカーをボンヤリと眺めては、脳内辞書を稼働させて解答していく。
「(五問以下だと、トルネードスピンだろうか?)エゾオオカミ、エゾシカ、エゾリス、えぇーっと、エゾゼミ?」
「順調だな。その勢いで、あと四十秒!」
「エゾアワビ、エゾ……、エゾ、ビタキ」
「雲行きが怪しくなってきたな。残り、二十秒。ファイト!」
「エゾリス、は言ったか。エゾタヌキって、いたっけ?」
「居るぞ。ラスト五秒、四、三、二、一、はい、そこまで!」
業平は、アプリを止めて携帯端末の画面を切り替えると、音声検索で調べ始める。
「(八問か。微妙だな……)他に、何があったかな?」
「動物なら、エゾノウサギ、エゾテン、エゾライチョウ。植物なら、エゾアジサイ、エゾギク、エゾタンポポ、エゾムラサキにエゾスズランなんてのもある」
「あっ、そうか。植物名でも良いのか」
「ヘヘン。盲点だったようだな。――アッ! ほとんど空になってる」
「ごちそうさま。あ~、満腹、満腹。――それで、今のクイズが、今度の合宿と何の関係があるの?」
業平と剛志がクイズに励んでいる間に、重箱にギッシリと詰め込まれていた料理は、半分以上が崎子の胃袋に収まった。そして、驚く業平と呆然とする剛志をよそに、崎子は舌先で口の端をペロッと舐め取りつつ、いつも以上に膨れ上がった腹を撫でさすりながら、至極マイペースに訊ねた。