014「パーラーにて」
「チームプレイには、理解があるつもりよ。でも、それが、あたしたちがしなくて良い仕事だったとしたら、腹も立つってものじゃない」
そう言うと、久喜はパフェ用ののガラス容器の縁に差さっている、八分の一の櫛形にカットされたオレンジの果肉のメロンにフォークを立てると、容器から外して両手で皮を持ち、リスが胡桃を齧るような調子で端から平らげていく。
その食べっぷりを見せつけられ、スライスされた苺、キウイ、バナナが目にも鮮やかなフルーツサンドをシェアしている和泉と春日は、口元を押さえ、互いに顔を見合わせながらも、チラチラとテーブルの向こう側にいる久喜の様子を窺いつつ、小声で囁き合う。
「課長は、相当、頭にきてたみたいね、花崎さん」
「そうですね、先輩。こんなに怒ってる課長さんも、珍しいです」
「ホントね。いつもなら、時間が経てば、スーッと怒りの炎が静まるのに。今回は逆に、時間と共にメラメラと燃え上がってる気がするわ」
「よっぽど仲が悪いんですね。わたしが入社する前から、こんな感じだったんですか?」
「ウーン、そうねぇ。顔を合わせると言い争いに発展するから、間に立って欲しいって、細谷課長から頼まれたことはあるわね」
「なるほど。溝は、簡単には埋まりそうに無いですね」
メロンを食べ終えた久喜は、今度はホイップクリームのツノの上に載せられたシロップ漬けの桜桃を、下のクリームごと柄の長いスプーンで掬い取って口に運ぶと、意味もなくスプーンの先で中空に円を描きつつ、モゴモゴと咀嚼しながらもブツブツと呟く。
「てっきり開発課からだと思って引き受けたのに、大元が出納課だったなんて。自分たちで済む案件を、出来ない言い訳を十も百も用意して他人に押し付けるんだから。この時期は、絶対、暇なくせに。あったまに来ちゃう。嫌がらせにも、程があるわ」
天井照明を反射するスプーンが描く楕円軌道を、見るともなしに見つつ、春日と和泉は、残り二つになったフルーツサンドを一つずつ手に取り、それを食べ進めながら、さらに話を続ける。
「どうして、こじれちゃったんですか?」
「一方的にライバル視されているのが気に入らない、というようなことを前に言ってたわ」
「ということは、原因は太田さんの方にあるってことですか?」
「どうかしら? 課長が、同期の秘書に無意識に嫌われるようなことをしてないとは、言い切れないと思うなぁ」
「じゃあ、喧嘩両成敗なんですね」
「その可能性が高いと、わたしは考えてるの。まっ、入社当初の二人を実際に見た訳じゃないから、あくまで、推測の域を出ない話だけど」
先に和泉がフルーツサンドを食べ終わると、久喜の憤りを削ぐことを言う。
「姫宮さんのメッキが剥がれて、地金の久喜くんが見えてますよ、課長」
「あら、イヤだわ。あたしとしたことが、つい、感情的になっちゃって。ゴメン遊ばせ」
「せっかくのフルーツが苦み走っちゃいますよ、課長さん」
「ウフフ、そうね。春日ちゃんの言う通りだわ。罪の無い果物に当たっちゃ、とんだとばっちりね」
春日がスイーツ視点に話題をずらすと、久喜は平常心を取り戻す。そこへ、和泉がチャンスとばかりに問い詰める。
「とばっちりついでに訊きますけど、そろそろ落ち着いて、これまで何があったか話してくださいな」
「わかったわ。でも、最初に断っておくけど、聞いてて愉快になる話じゃないの。それだけは勘弁してね」
「はーい」
これ以上ないくらい素直に春日が返事をすると、久喜は和泉に視線を移す。視線を感じた和泉が頷くと、久喜は小さくコホンと咳払いして、些細なすれ違いについて語り始めた。