013「おだてれば木に登る」
「伊勢さん。資料は見付かった?」
「三条五丁目界隈は、バター系の洋菓子店が多いわ、剛志くん」
「ごめん、何の話?」
ドアの上枠に「情報資料室」と書かれたプラスチック板が差し込まれている教室で、剛志と崎子は、揃って卓上端末を使って調べ物をしている。いや、しているはずなのだが、文字と図表が並ぶ剛志の端末画面とは対照的に、崎子の端末画面には、彩り鮮やかなスイーツの画像がひしめき合っている。
カラフルな検索画面を横から覗き込みつつ、剛志が疑問を浮かべると、崎子も疑問を返す。
「何って、どこにどんなお店があるかを、詳しく調べるんじゃないの?」
「そうだけど、店名やメニューまで調べる必要は無いよ。あくまで、都市計画について調べてるんだから」
「あれ、そうだっけ? てっきり、グルメマップでも作るのかと思ってたわ。ハハハ」
崎子は誤解していたようだが、二人は担任であり、国語科の教員でもある団地は、総合学習の課題として「二人組で、立地適正化計画についてのレポートを作成し、テキスト文書を高校公式サイトの『松原フォルダ』まで提出するように」と言ったのである。余談だが、都立高校の名目上の入試倍率は、どこも二・〇倍を超えているが、私学合格者は二次試験を受けないため、実質上の倍率は、それより大きく下回る。そして、全体の募集定員は、志願者数より僅かに下回る程度なので、選り好みをしないで再試験を受ければ、必ずどこかの高校には入ることが出来る。
「笑ってる場合じゃなくてさ……」
あっけらかんと三段腹を揺らしながら、笑って誤魔化す崎子に対し、困ったように眉をハの字に下げつつ、剛志は苦言を呈そうとして、言い淀む。
(ペアワークで一人だけ取り残されずに済んだのは、僕としては快挙だけど。でも、いざボッチが回避されてみると、今度はペアになる相手が選べるようになりたいという欲が出てくるものなんだな。このままじゃあ、一人で調べるのと変わらない。いや、むしろ寄り道をして遠回りに進んでる気がする。はてさて。どうしたものか?)
崎子の説得を諦め、剛志が自分の席にある端末を操作しようと向き直ったとき、衝立の向こうからヒョイと業平が姿を現し、剛志の肩を景気よくバシッと叩きつつ、茶化し半分に声を掛ける。
「おやおや、お二人さん。こんなところで、お揃いで何をしてるのかな?」
「イタタタタ……。あぁ、羽生くんか」
「二組は、調べ学習中よ。業平くんこそ、こんなところで何をしてるのよ?」
剛志が叩かれた部分をさすっている傍らで、崎子と業平は話を進める。
「油を売ってばかりいると、鉄の女の落雷に遭うんだからね」
「平気、平気。こう見えても、要領は良い方だから。それっぽいことを適当に見繕って、さっさとスピーチ原稿を書き上げたさ。きっと、今頃は鬼の目にも涙が浮かんでるはずだ」
「ずいぶん滑稽な作文をしたのね」
「笑い泣きじゃない。感動の涙だ。――それより、二人に良い知らせがあるんだ」
そう言いながら、業平はスラックスのポケットから携帯端末を取り出すと、一枚の画像を表示し、まるで「我こそは、前の副将軍でござい!」とでも言いそうな得意顔で見せつけながら、堂々と宣言する。画面には、立派な西洋風の邸宅が写し出されている。
「今月末からの十連休に、我が羽生家の別荘で、新聞同好会初の合宿を執り行うゆえ、必ず参加されたし。以上!」
「新聞同好会で、合宿?」
首を傾げている剛志を放置して、崎子と業平は、さらに話を進める。
「部長、質問です! 合宿先の食事に、デザートは付きますか?」
「おぅ。お望みとあらば、いくらでも作らせよう。もちろん、合宿に掛かる費用は、すべて部長が負担いたします!」
「乗った!」
どこぞの通販番組の社長のように、業平が早口に畳み掛けると、崎子は、高々と挙手をして賛同した。そして、迷っている剛志の背中を押す。
「楽しみだね、剛志くん」
「えっ、僕も行くの?」
「無論だとも。楽しくなるぞ~。――それじゃあ、俺は一組に戻るから。詳細は、また昼休みに話すよ。バーイ!」
その場をかき回すだけかき回し、業平は、黙っていれば爽やかに見えるスマイルだけを残し、竜巻か渦潮のように立ち去って行った。
この後、俄然、学習意欲が湧いた崎子と共に調べを進め、剛志は無事、授業時間内にレポートを提出することが出来たのであった。