010「食後の緑茶」
「で、羽生くんのオイシイ餌に釣られて食いついた伊勢さんに、巻き添えを食ってしまったと」
「えぇ、そうなんです。しかも、一周回って逆に新しい同好会として、その後に松原先生まで顧問に乗り気になってしまいましてね。それで……」
食後に緑茶を飲みつつ、二人はリビングのソファーで和やかに話し合っている。ときどき剛志が言葉に詰まると、和泉がフォローするという具合に。
「同好会の申請が通っちゃったのね?」
「はい。どうしましょう?」
「どうするも何も、もう決まった事なんでしょう? 迷うことないわ。それに、すぐにハッキリと断らなかったってことは、悩むだけの価値を認めてるってことじゃない。このチャンスをみすみす逃すなんて、勿体なさ過ぎる。選ばれし勇者木崎よ、さぁ、決断して青春を謳歌するのじゃ!」
どこぞの長老のように冗談半分で高々と宣言すると、剛志はカップの液面を覗き込み、ユラユラと揺れる天井照明を見ながら小声で呟く。
「カテキンに、ヒトを酔っ払わせる成分は無いよな?」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもないです。でも、良いんでしょうか? 同好会に入ると、取材やら何やらで、休日にアチコチ出掛けることになると思うんですけど」
「良いじゃない。若いうちに広い視野で見聞きしておかないと、年老いてから頑固で偏屈なオジサンになっちゃうわよ? 経済的な事なら、何も心配しなくて大丈夫だし……」
和泉が見当違いの方向へ話を進めようとしたところで、剛志はヤンワリとストップを掛け、軌道修正する。
「あっ、いえ。そういうことを不安に思っているのでは無くてですね。卒業までとはいえ、短くない期間、こうして家に置いてもらってる以上は、迷惑分を考慮して、それ相応に家事の一つも手伝いたいところで、――グフッ!」
剛志が話してる途中で、和泉は剛志の両頬を片手の親指と四指で挟み込んで無理やりに黙らせ、ムッとした顔でひと睨みして忠告する。
「いいかい、木崎くん。わたしは何も、家政夫を雇いたかった訳では無いのよ。子供の癖に気を遣って大人の顔色を窺うなんて真似は、金輪際しないこと。――これまで預けられた先で何があったかは知らないし、言いたくないなら聞きたくもないけど。こうしてそばに居てくれるだけでも、充分わたしには役に立ってるわ。だから、もっと自分に自信を持ちなさい」
「……ひゃい。以後、気を付けます」
剛志が反省の色を見せると、和泉は手を顔から離してから、パッと笑顔になる。
「よろしい。それじゃあ、お風呂に入っておいで、木崎くん」
「はい、鷲宮さん」
ホッと頬を緩ませ、少年のような自然な微笑を浮かべると、剛志はソファーから立ち上がり、飲み干したカップを食器洗い乾燥機にセットしてから、廊下に向かって行った。そして、その後ろ姿を、和泉は愛おしそうに見守っていた。