七話 剣鬼②
食事が滞りなく終わり、桂木も幾分か落ち着いたところで話は再開される。
「先ほども言いましたが、こちらはある程度、そちらの事情は把握しています。……仙道さんのことは残念でした」
「仙道……?」
「……わたし達を逃がしてくれた人よ」
その言葉で全てを察する。
「彼女は我々に情報提供をしてくれてました。そして二人を逃がす段取りも。けれど、【常世会】の動きが早く、こちらは手を回す間もなく……」
ここで知らない単語がまた出てきた。
「すまない。【常世会】ってなんだ?」
「大半が【剣鬼】で構成されている武闘派組織です。【研究所】のことはご存じで?」
「ああ。こいつらがいた実験場みたいなところだろ?」
「その【研究所】は【常世会】の幹部が隠れて設立したものなんです。それが本部の【常世会】に知れ渡り、内部抗争が勃発。その火種を受ける形で【研究所】は襲撃されました。元々その幹部が自分の勢力を強化するために作り出した場所なので、【常世会】からしてみれば邪魔な存在だったんでしょう」
「そしてその襲撃に乗じて、お前らは逃げてきた、と」
「……本来ならこちらが摘発する際にお二人や【研究所】に収容された子供たちを救出するのも我々の目的でした。こちらがもっと早く動いていれば、仙道さんも……」
俯く桂木にクロが尋ねる。
「あの、すみません。……あの男は、どうなりましたか?」
あの男? 誰のことだ?
そんなことを考えている不条だったが、シロや桂木の表情が強張っているのを確認していた。
「……生きています。今朝の情報だと、襲撃した【常世会】の構成員は全員死亡。子供たちは誰ひとりとして殺されてはいませんでしたが、姿がなかった、ということです。恐らくはあの男が連れて行ったんでしょう」
「でしょうね。何せあいつの言葉には誰も逆らえないでしょうから。というか、喜んでついていく姿が目に浮かぶわ」
呆れと悲哀。そんな言葉が
「何度も話を区切って悪いが、『あの男』って誰だ?」
「……天堂揚羽。【研究所】の設立者で一切を取り仕切っていた【常世会】の幹部です」
「一言で言えば屑の権化よ。他人を自分の手足としか考えてない、まさに外道。そのくせ実力はかなりのもの。でももっとも特徴的なのは甘い言葉で他人を騙すこと。【研究所】にいた仲間のほとんどはあいつの傀儡になってて、崇拝してるわ。あれは一種の宗教ね」
それは何とも恐ろしい相手である。
いつの時代もそうだが、カリスマと呼ばれるものを持つのは何も良識ある人間だけとは限らない。悪意を持つ人間が人々を先導し、破滅の道へと導く……人の歴史を開けばよくある話である。
「つまり、こいつらはその【研究所】ってところと【常世会】って連中に狙われてるってことか」
「そういうことになります。現在、【常世会】と【研究所】は互いににらみ合い状態になりつつも、刺客を放ち、二人を確保しようとしています。そして、【研究所】の刺客はあなたが追い払ってくれたとか」
どうやら先刻の戦いについても、もう情報が行っているらしい。
「そのことについては、感謝しています。貴方がいなければ、お二人はまた【研究所】に逆戻りでした」
「成り行きだがな。しかしまぁ、ここまで来ちまったら俺ももう赤の他人というわけにもいかないだろう。相手に顔も覚えられただろうし」
「でしょうね……ですが問題ありません。お二人はもちろん、不条さんの安全確保も我々の仕事ですので。ウチの本部に戻れば敵が襲ってくることもないでしょう。彼らも馬鹿ではありません。何らかの圧力はかけてくるでしょうが、それについての対応はすでに準備してありますし―――」
とそこで桂木の携帯が鳴り、会話が中断する。しかし、今の話から察するにこの問題はもう解決に向かっていると考えてもいいだろう。
相手が何であれ、警察に身柄を預ければ安全と思ってもいいはず。連中も警察を襲撃して表沙汰になるようなことは流石にしないだろう。
などと考えていたのだが。
「あっ、先輩ですか? 今お三方と合流して……え?」
急に不穏な空気が流れる。
長い間話を効き、桂木は相槌を何度か打った後、携帯を切った。その表情は先程までとは違い、完全に青くなっていた。
「どうした」
「えっと……大変申し上げにくいんですが、実はですね……」
「何よ、はっきりいいなさいよ」
シロのせかすような言葉に桂木はゆっくりと答えた。
「……うちの本部が襲撃にあったようです」
瞬間、不条は考えを改める。
どうやらこの事件、平穏無事に、とはいかないようだ。
*
【剣鬼】は古くから日本に存在していた。
いつからか、という問いに対して正しく答えられる者は恐らくいない。しかし、確実なのは千年以上前からいたことは明らかだ。
そもそもにして、【剣鬼】とは何なんか。その明確な答えは未だわかりきっていない。
確かなことがあるとすれば、人ではない、ということ。それは人の道から逸れた『人外』。故に人ならざる力を振るうことができ、近代武器を遥かに超えた剣を所持していた。それが【妖刀】である。斬った対象にある種の呪いを与えるという代物。加えて【剣鬼】は体が頑丈であり、傷が付きにくい。
それらの特異な体質を使い、彼らは日本の裏側で生きてきた。時に人を殺し、時に人を騙し、時に人に退治されながら。
けれど、争い、殺し会う彼らであったが、一つだけ絶対的に守っていたことがある。
それは、決して表の世界に自分達の存在を明らかにしないこと。それは世界の理であり、絶対に守り通さなければならない秘密であった。そのおかげで、今日に至っても表の世界で生きる人間のほとんどは彼らの存在を知らない。
【剣鬼】は確かに強い。けれども、圧倒的なまでにその数は人間に比べて少なすぎる。十や二十を倒せても、百や二百、千や二千となってくれば話は別。数の圧倒的なまでの理不尽さは彼らもよく知っていれうのだ。
だからこそ、彼らは影に生きることを選んだ。
影で生き、そして裏から人間社会に溶け込む。時に自分達に有利になるように社会を動かそうとし、その度に人間と衝突してきた。
無論、人間もただやられていたわけではない。武力ではもちろん、対話という交渉によって彼らと手を取り合ってきたこともあった。それを良しとしない輩は双方から出ては再び争いになったりもしたが、それも何とか対処し、綱渡りの状態で今、この社会が存在する。
そして現在。
本土から離れた四国の地方都市『鷹末』は世界で最も多くの【剣鬼】が存在する場所となっていた。
*
「そもそも『鷹末』に【剣鬼】が多くなった理由としては、中央都市での人との抗争に敗れたとか、潜みやすい場所であるとか、本土から離れているからとか、色々な理由がありますが、一番の理由としては【常世会】の存在が大きいです。彼らは【剣鬼】の中でも影響力が強い組織の一つで、多くの【剣鬼】を庇護下においてますから。世間一般的に言えば犯罪組織で、まぁ我々からしてもそうなんですが、しかし多くの【剣鬼】にとっては頼れる存在として見られています。実際、彼らによって助けられた【剣鬼】は多いでしょう。今の世の中は【剣鬼】にとっては住みにくいのは言うまでもありません。そして、それは我々の力不足でもあります。本来なら、【剣鬼】の存在を明るみに出し、彼らとの共存の道を共に探す、というのがまっとうな道。それができないのは環境、時代、そして人の心構えが整っていないから、というのが大きいです。今もし、【剣鬼】の存在が日本に、いえ世界中に広まればパニックが起こるのは必至。最初は信じないでしょう。しかし、それが本当の存在だと認められたら、人々は彼らを人としては見ません……認めたくないことですが、多くの人間というのは自分達と違うものに対して恐ろしく敏感です。それは過去の魔女狩りや宗教戦争が証明しています。そして、今の状態で真実を世間に教えれば第二の魔女狩りが起こることでしょう。そうなれば、いくら強靭な身体と特殊な刀身を持つ彼らも予想できない被害が出てしまう」
「だから、連中はおおっぴらな行動はできない、と。自分達の正体を隠すためにも表で堂々とドンパチすることはないと言いたいのか?」
「実際、今起こっている抗争も『裏』の中で留まっています。とはいえ、『表』に影響が全くでていないというわけではありません。うちの事務所のように……」
自分で言いながら項垂れる桂木。
しかし、それも一瞬のことで、顔を上げ、話を続ける。
「それでも極端に『表』に影響することは絶対に避けるでしょう。例えあの二人を捕まえることができたとしても、それ以上のリスクを負うことになりますからね」
『なるほど。大体の理由は分かった……ただよぉ、ねーちゃん』
「ねーちゃんはやめてください、ネイリングさん。っていうか、大声はやめてください。変な目でみられますので」
『細けぇことはいいじゃねぇか、それよか一つ聞きたいことがある』
「なんでしょう」
『……何でオメェらは狙われているにも関わらず、呑気に遊園地とやらに来てんだ?』
そう。今自分達は遊園地にやってきていた。
クリスマス当日だからか、園内は人が溢れ返っている。そんな中、ベンチで座り、メリーゴーランドに乗っている双子を眺めながらの言葉に桂木は両手で顔を隠した。
「しょうがないじゃないですかぁ!! 上司命令なんですぅ!! 『事務所は襲われたため、危険です。だからそうですねぇ……遊園地に行ってください。人ごみの多いところだったら連中も妙なことをおおっぴらにはしてこないでしょう。ああ、入園料とかは経費でだすから安心していいです。ただし命の保証はできないので、そちらで何とかしてください。あっ、ちなみにこれ、上司命令なので拒否権ないです』とかイケメンボイスで言われたら断れませんよーーっ!!」
半泣き状態で訴えかけてくるその姿は見てて憐れに感じてしまう。流石の彼女もこの状況で遊園地に来るなんてどれだけ馬鹿なことしてるのかは自覚があるらしい。
彼女の上司の言い分も分かる。表に出てきたくない連中なら、こういった人ごみの多い場所で何かしらのアクションを起こすことはそうそうないだろう。
理屈は通っている。だが、やはり自分達が置かれている立場でのこの状態は。
「間抜けに見えるよな、これ」
「……そうですね」
気力のない答え。しかし、今の彼女の心境を思えば当然と言えば当然かもしれない。
「……不条さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ」
「どうしてあの二人を助けようと?」
「さっきも話したと思うが、成り行きだ」
「成り行きで命まで張るんですか、貴方は。っというか、貴方の行動に関してはあまり感心できません。いくら腕に覚えがあるからといって【剣鬼】を相手にしようだなんて。死ぬかもしれないとか思わなかったんですか?」
「無論思った」
即答する不条はそのまま続ける。
「当然だろ。相手は子供とは言え、日本刀持ってたんだぞ? ああやばいなってのは一目で分かったよ」
「じゃあ……」
「でもな」
と、一瞬区切って、彼は桂木の方へと向く。
「子供の危機に、何もしない大人はいないだろ」
あっさりと、何のためらいもなく、そんなことを口にした。
その言葉に虚を突かれたかのような表情を浮かべた後、桂木は微笑する。
「あなたは、あの二人を普通の子供だと思ってくれてるんですね」
「まぁ見た目からして歳は十五、六だろうが、見てみろ。メリーゴーランドであんだけはしゃいでんだぞ? あれが子供以外の何だっていうんだよ」
遊園地という特異な場所での空気に当てられたのか、クロとシロは今まで見せたことのないテンションで先程から遊びまくっている。その姿はまるで遊園地に初めてきた子供のよう。クロは興味から、シロはクロにしぶしぶついていくような形となってちるが、先程から表情に笑みが溢れていた。
「……ったく、緊張感がまるでないな」
「でも楽しそうです」
「……そうだな」
否定せず、相槌を売っていると、ジェットコースターから二人が帰ってきた。
「……二人共、なにこっちをジロジロ見てるのよ」
「何でもねぇよ」
「ふーん……まぁいいわ。それより次、あれに乗りましょう」
っと指差す方には空飛ぶブランコがあった。所謂この遊園地のメイン的なものであり、県内屈指の高さを誇るという。
まぁ、そもそも、県内に遊園地があるのはここだけなのが。
「そうか。んじゃ、気をつけて行ってこい」
「何言ってるの。あなたも行くのよ」
「俺が? 何で」
「暇そうにしてるからよ。せっかく遊園地に来てるっていうのに、その顔みるだけで何だか気分が下がるのよ」
いや、追われているのにもかかわらず、テンションを上げることなど不可能である。そもそも、不条はあまりこういう場所は好みではない。
何故なら……。
『おいおい、お嬢ちゃん、んな酷なこと言ってくれるな。ウチのマスターは高いところが苦手なんだよ。あんなもんに乗った日にゃ、気絶しちまう』
何やらどこぞの馬鹿な短剣が余計な事を漏らしてしまったため、ベンチに叩きつける。
が、もう時は既に遅し、だ。
「ふーん、そうなんだ……クロ、そっち持って」
「は? 何言って……ってクロ、テメェ何しやがるっ」
「すみません。妹命令なんで。あの顔になったシロには経験上、逆らわない方がいいので」
「そういうどうでもいい情報を流さなくていい、っていうか放せ!! 俺は絶対に乗らな……」
「もう、不条さん。子供じゃないんだから、だだこねないでください」
「テメェ桂木、お前もかぁぁああああっ!!」
叫ぶ不条。
しかし、その訴えを聞き入れる者は、ここにはいなかった。
「そう言えば、屋内ジェットコースターもあるからそれも行きましょ。あっ、それから窓や天井がない、椅子だけの足ブラ観覧車ってのもあるから、それも後で」
「楽しそうですね! 行きましょう、行きましょう!」
「行きましょう、じゃねぇ!! 行かねぇ、俺は絶対に行かねぇぞ!!」
「不条さん……こういうのは諦めが肝心ですよ」
『ギャハハッ、良かったなぁマスター。これぞ両手に華ってな』
子供二人に両脇を抑えられ、桂木に後ろから押される形で連行されていく不条。
そして数分後。
不条が、今までにない絶叫を上げたのは言う迄も出ないだろう。