六話 剣鬼①
とあるファミレス。
そろそろ昼食の時間だということで一同は日替わりランチを注文し終わった。
その段階でシロが話を切り出す。
「つまりこういうこと? あなたは三か月前に異世界に召喚されて、勇者として戦かうように頼まれた」
「正確には強制させられた、だけどな」
「でも、異世界に召喚されたのはあなた以外にも五十人くらいいた。しかもそのほとんどが十代の子供だったから、あなたはコニュニケーションを取れず、一人ボッチをきめこんで、与えられた魔王退治の役目を放棄して、その日暮らしの生活をしていた」
「ボッチだったことは否定しないが、別に放棄をしたわけじゃない。お前は使いものにならないと言われて追い出されたんだ。大変だったんだぞ、一人知らない街に放り出されて生活していくのは」
「それで、そんな生活を十年以上してたらある日魔王が退治されたという知らせが入ってあなた達はお役御免となった。生き残った連中が異世界に残ることを決めた中、あなたは元の世界に戻ってきた、と」
「まぁ他の奴らと違って俺は魔王退治に参加してなかったからな。ほとんど連中からは厄介者扱いされてたし、残る理由もなかったからな」
「で、いざ戻ってみると時間がまったく進んでおらず、あなたの身体も十年前の姿に戻っていた」
「ありゃ驚いたなぁ。何せ自分の身体が若返ったんだぞ? 誰だってびっくりするだろ」
シロの言葉に少しの訂正やら感想やらを付けくわえながら当時の想いを語る不条。
そんな彼に対し、少女はジト目で言い放つ。
「……そんな馬鹿みたいな話、信じると思うわけ?」
「事実なんだから仕方ない」
「悪びれもせず堂々と言うのね……じゃあ何か証拠でも見せたらどうなの?」
「証拠っつってもなぁ。戻るときに元の世界に返す料金として装備やら財産やらは全部没収されちまったし……唯一持って帰れたのはこれだけだな」
テーブルの上にネイリングを置きながら不条は言う。。
『これよばわりとは、また随分な扱いだな、ええ?』
「ほ、ほんとに喋ってる……」
驚き、というよりは興味津々というべき瞳でネイリングに視線を送るクロ。喋る短剣というのは確かにどの世界でも珍しいものなのは間違いない。
『やめろ坊主。将来美女になりそうな顔つきだが、オレ様、男は範疇外なんでな』
「くだらないこと言うな、ネイ」
『仕方ねぇだろ。向こうが熱い視線向けてきたんだからよ。まぁ、さっきから何か怪しいものを見るような目つきでこっち見ている嬢ちゃんもいるが』
「実際、怪しいものにしか見えなんだけど。っていうか、それ何?」
『カカカッ、ここにもオレ様をそれ呼ばわりする奴がいるとは。これでも俺、結構名剣の類なんだがなぁ』
ネイリングの言葉は本当だった。しかし、本人というか本剣がこれな性格なため、名剣も何もない。まぁ剣が喋る、という事態がそもそもにしておかしなことなのだが。
「もう一度紹介するが、こいつはネイリング。向こうで俺が使っていた剣で、一応相棒だ」
『一応って何だよ。さびしいこと言うなよ、マイマスター』
「その理由はお前が一番よく知ってるだろうが……」
『キシシッ、ちげぇねぇな』
チンピラのような……というかもう確実にチンピラ口調が全てを台無しにしている。これで実は世界の命運を分けた戦いに勝利した聖剣だの、多くの人々を地獄に送った魔剣だの言われても誰も納得しないだろう。
「結論を言うと、あなたは自分のことを明かしたくないってこと?」
「こっちの話を信じる信じないはそっちの自由だ。まぁ信じられないっていうんなら、俺のことはちょっと変わった剣を持った無職って認識で構わねぇよ」
「胸を張って無職だなんていう人初めて見たわ……」
……何故だろうか。こうして他人から言われると改めて自分が惨めに感じてしまう。
「……はぁ。分かったわ。さっきの話の真偽はさておき、あなたのことは信じてあげるわ」
『お、何だ嬢ちゃん。意外と素直じぇねぇか』
「別に。ただわたしだってこの人が本気でわたし達を助けようとしてくれたことくらいはわかるもの」
『嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。良かったな、マスター。その胸がもうちょっと膨らんでたら、惚れちまうところだったなぁ、オイ』
「ねぇ、あなたの短剣、砕きたいんだけど」
その意見には十分賛同したいが、生憎とこんなものでも相棒であり、唯一の武器。勘弁してもらいたい。
「それで? さっき言ってた【特務係】とやらには連絡ついたのか?」
「ええ。このファミレスで待ち合わせって話にはなってるんだけど……」
「そもそも一つ聞きたいんだが、【特務係】って何なんだ?」
当然というべき疑問を口にする不条。
だが、その質問に答えたのはシロでもクロでもなかった。
「【特務係】。正式名は警視庁特殊公務担当係。表向きは警察の厄介事やら対処できない事柄を解決させる部署、ということですが、実際は【剣鬼】専門の部署、と思ってもらって構いませんよ」
唐突に聞き知らない声が隣からやってくる。
見るとそこには一人のやはり見知らぬ女性がいた。
年齢は二十歳を超えたばかり、といったところだろうか。茶髪の短い髪、その右側だけをピンで留めている髪型。笑みを見せてはいるものの、こちらの様子を伺っているのもまた見えて取れる。先程の言葉からして、ただの通りすがり、というわけではなさそうだ。
「……あんたは?」
「申し遅れました。私は桂木美子。特務係からやってきました。そちらにいるのがクロさんとシロさんですね?」
言われ、二人はシンクロするかのように同時に頷いた。
「そして、あなたが不条斬雄さんですね?」
言われ、ふとシロの方を向く。自分のことを教えたのか、という視線に気づいたのか、彼女は首を横に振る。
「情報収集も仕事のうちですので。貴方の経歴や今の状況はおおよそ理解しています」
「なるほど。こりゃ凄い……ところで桂木さん。会ったばかりでこんなこというのは何なんだが」
「? はい」
「その……ジャケット、裏返しで着ているのはファッションなのか?」
先程からずっと気になっていたことをようやく口にすることができた。
言われ、数秒してから自分の格好に気づいた桂木はどんどんと顔が赤くなったかと思うと即座に上着を脱ぎ、着なおすもこちらに背を向けたままの状態でしゃがみこんだ。
「ああ、もう最悪……どうりでポケットがないと思った。っていうか、初っ端で何やってるのよ私!! これじゃ第一印象最悪じゃない!! どうみても間抜けな女としか見えないじゃない!! さっきまでドヤ顔して話していた自分を殴りたい……!!」
ひどく後悔したような言葉を連発しながらぶつぶつと呟く。かと思いきや、立ち上がり、こちらの方へと向き直る。
「…………さっきまでの格好は見なかったことで話を進めてもいいでしょうか?」
「それはいいんだが……もう一つ言わせてくれ。それ、値札ついたままだぞ」
瞬間、デジャブが起こる。
この時、一同は何となく桂木がどういう女性なのか、理解したような気がした。
「あなたが連絡にあった、迎えの人?」
「……はい。皆さんを迎えにきました」
涙目になりながら答える桂木に対し、シロは頭を抱えた。
「……まさかこんな人が来るとは思わなかったわ」
「う……」
「おい、シロ。例え事実であったとしても、目上の人に対してそういうこと言うな。最低限の礼儀くらい守ってやれ」
「うう……」
「初対面で値札がついたままのコート裏側にしてドヤ顔しながら説明する人が所属するところに自分の身を預けなきゃならないと思ったら文句も言いたくなるでしょ」
「ううう……」
再び蹲る桂木。
その姿を見て、クロが二人をジト目で睨みつける。
「もう、二人とも。……すみません。失礼なこと言って」
「うぐ……い、いいんです。私がドジなのは事実ですから。……で、でもウチの組織はちゃんとしてますので!! お三方の身柄の安全は保障します」
「そうでないと、こっちは困るんだけどね」
シロ、とクロはたしなめる。シロの言い分も無論分かるため否定はしないが、けれどもこのまま、というわけにもいかないのも事実。
しかし、今は。
「……取り敢えず、話はメシ食った後でもいいか?」
桂木の後ろで先程から待っているウェイトレスを指差しながら言う。
この後、桂木が再び両手で顔を隠しながらうずくまったのは……言うまでもないか。