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三話 双子③

「着いたぞ」


 そうして脅迫されながら帰宅するという、何とも運の悪い状況下のまま、不条は車を駐車場に停める。ほぼ半分寝ていた状態であったクロと熟睡していたシロがその言葉で飛び上がるように目を覚ました。


「……クロ、今寝てたよね」

「ね、寝てないよ。ちゃんと起きてたよ」

「嘘。今ビクッてなったの見たわよ」

「き、気のせいでしょ」


 あくまで白を切るクロにジト目で睨むシロ。その気持ちは十分にわかるが、しかしそれをいつまでも続けてもらってはこちらは困る。


「それで、これからどうする?」

「それじゃあ、このまま家の中まで案内してもらえる? 両手は挙げなくていいけど、妙なことはしないで」

「了解」


 軽い返事をしながら下車する。どうやらこれくらいのコミュニケーションは許されるようだ。

 案内しようと歩き出そうとするも、双子が何やら動きを止めているのを見て、不条は確認するかのように口を開いた。


「どうした、珍しいモン見るみたいにボケッとして」

「い、いいえ。何でもないわ。中に入りましょう」

「はいはい。あっ、一応言っとくが銃はあんまり見えないようにしろよ。ここ、監視カメラとか結構あるから」


 言いながら、自分は何を口走っているのだろうと半分呆れる。脅されている立場でありながら犯人に助言するなど正気ではないと言われても仕方がない。とはいえ、ここで騒ぎを起こされても自分的にもまずいのは確か。

 取り敢えず二人を連れ、中に入る。管理人は既に帰っているようで、『ご用件は明日にお願いします』という札が管理人室の窓に吊るしてあった。他の住人にもすれ違うことなく、エレベーター内へとたどり着いた。

 そのまま十階のボタンを押すと、エレベーターは静かに上昇していく。

 そんな中でそわそわする二人。ここで誰かが入ってくれば、もしかすればバレてしまう可能性がある、と考えているのだろう。

 しかし、十階に辿り着くまでエレベーターは一度も止まらず、到着したときも誰も待っていなかった。

 後ろから安堵の吐息が聞こえた。クロのものだろう。

 エレベーターを降り、そのまま自らの部屋のドアを開ける。


「散らかってるが、まあどうぞ」


 言うと二人は玄関から入り、そして唖然とする光景に目を丸くする。


「……散らかりすぎでしょ、これは」


 シロの苦言。クロも苦笑しながら部屋の中を覗いていた。

 彼女の言うとおり、不条の部屋はゴミの山で溢れかえっていた。踏み場がない、とは言わないが、壁に面している床はほぼビニール袋で埋め尽くされていた。

 一応ということで、全ての部屋を案内させられた。個室に寝室、浴室、トイレ……まぁよくあるLDKのマンションだ。そう珍しいものもない。

 一通り回り終えると不条は苦笑する。


「感想は?」

「汚い」

「それはまた、手厳しい」

「使ってない部屋とかに埃が溜まっているのはまだいいわ。けど、リビングにゴミの山は流石にどうなの。それにキッチン。洗い物は水につけっぱなしって最悪じゃない」


 ごもっとも。

 正論すぎる正論に、何も返せない。一応は掃除をするつもりではいるものの、いつもつもりで終わってしまう。行動するよりも、面倒だ、という気持ちが上回ってしまうわけだ。

 はぁ、と大きな溜息を吐いたシロは、何を思ったのか拳銃をクロへと渡す。


「クロ。ちょっと見張っておいて」

「いいけど……何するつもり?」

「決まってるでしょ。掃除よ、掃除。こんな最悪な衛生環境で寝られるもんですか」


 随分な言われようだ。そして、やはりというべきか、彼女達はここに居座るつもりらしい。まぁ家までやってきたのだから、それくらいの予想はしていた。

 だが。


「ちょっと待った。掃除なら俺も手伝う。っていうか、ここは俺の家だ。俺にやらせろ」

「ダメに決まってでしょ。脅してる相手と一緒に掃除する犯人がどこにいるのよ。それとも、見られたくないものでもあるの?」

「それは……」


 とそこで口を閉ざす。反論したいのは山々だが、ここでつっかかればややこしいことになるのは必至。

 一先ずここは今まで通り、従う方向でいくしかない。

 了承したと言わんばかりに頷くと「よろしい」と言いながらシロは掃除に取り掛かった。

 掃除の間、不条とクロはリビングでソファに座りながら待機。


「……なぁ、一つ聞いていいか? あいつっていつもああなのか?」


 少女の強気な態度と行動力についての質問に、クロは苦笑いで返す。


「シロの性格は昔からああなので。前向きなのはいいんですが、時々手に負えない時もあるので兄としても困ってます」

「ふーん……って兄? お前が? 弟じゃなくて?」

「……やっぱりそう思います? 他の人にも良く言われるんですよ。双子だから身長差もそんなにないし……っていうか、ぼくの方が若干背が小さいし。性格も気弱だし、行動力ないし、あとチビだし……」


 何故だがどんどんとトーンが下がり、気落ちしていくクロ。色々と妹に対して思うところもあるのだろう。実際、今日会ったばかりの不条ですら彼女達の力関係は何となく分かってしまうのだから。

 それからいくらかの時間が経った。

時折「何これっ」「何でこんなに溜まってるのよ」「うわー……これは流石に、うわー……」などと奇妙な声がしてくる度に何を見たのか問いかけたかったが、墓穴を堀りそうなのでぐっとこらえる。

 そんなこんなしている内に。


「……終わったわよ」


 これまた不機嫌そうな声音。恨めしそうな目付きでこちらを睨みながら近づいてきたかと思うと、腰に手をあてながら言う。


「あなた、一体どういう生活をしてきたのっ。ここまでゴミを溜めても平気だなんて正気の沙汰じゃないわ。っていうか、何で二ヶ月も前のカップラーメンのカップやらどこぞの惣菜の入れ物やらがあるわけ? わたしが掃除してる間、黒光りのアレが何匹出てきたか、教えてあげましょうか?」

「い、いや遠慮しておく……」

「なら、明日からちゃんと毎日掃除するように。あと分別もしておいてあげたから、ちゃんと指定のゴミの日に出しといて」

「了解した」

「それからっ」


 襟元を掴まれ、顔面直前まで引っ張られる。


「(……あの変態的な本は机の上に置いてあるから、わたし達が出て行った後にでも隠しておきなさい。その……見つけたとき、どうしたらいいか、困ったから。っていうか、やっぱり男の人って胸が大きいのが好みなの?)」

「(……ノーコメントでお願いします)」


 頬を赤らめながら小さく呟くシロに対し、即答した。

 顔を真っ赤にしたいのこちらの方である。


 *


 普段、不条は鍋料理を作らない。

 別段、手間だから、というわけではない。そもそも、鍋料理程、簡単な料理はないだろう。鍋に水を入れ、具材を入れ、調味料を入れて煮込む。これだけで完成するのだから、誰だってできるし、まずくなることはそうそうない。

 けれども鍋料理とは大人数でやるものだという認識が彼にはあった。それを一人で食べる、というのが何とも寂しく、どこか哀しい気分に陥る。

 だからこそ、彼にとってこの鍋料理は久方振りなのだ。


「(というか、犯罪者と被害者が一緒に鍋を囲むって、シュールな構図だよな)」

「? なにか言った」

「別に何も」


 そう言いながら、箸を進めた。

 本来なら外食をしに行こうと思っていたのだが、この状況である。そういうわけにもいかない。しかし一方でこれはこれで良かったと思える自分がいた。ただ材料をブチ込む不条の料理とは違い、しっかりとした下味があり、深い味わいがある。簡潔に言って美味い。

 そも、他人の料理を食べるのでさえ、何年ぶりか。しかも作ってくれたのが、女の子なのだから文句などつけようがない。

 銃口をこちらに向けられている、という点を除けばだが。


「……ねぇ、シロ。これまだする必要ある?」

「当たり前でしょ。何馬鹿なこと言ってるの。いつ反撃されるか分からないんだから、油断しないで見ててよね」

「そうは言うけど……そろそろ代わってくれてもいいよね? というか、さっきから鍋の中身がどんどん減って言ってるんだけど。ぼくの分が無くなっているように思えるんだけど?」

「安心しなさい。ちゃんと残しておいてあげるわよ……豆腐一つ分くらいは」

「そんなのでぼくのお腹は満たされません!! って、ああ!! またお肉食べた!!」

「男が小さい事言わない。子供なんだから」


 いや、子供とかそういう以前にもっと遠慮してやれよ。お前その肉何枚目だよ……というツッコミを入れたところで馬の耳に念仏。こっちの意見など聞く耳は持たないことは理解していた。


「クロ……とかいったか? そう悲しそうな顔するな。お前の分は取っておいてやるよ」

「あ、ありがとうございます……!!」


 相変わらず涙目を浮かべながらこちらを向くクロ。そこにどこか面白くないと言わんばかりに少女が割り込む。


「……ちょっと。余計な事、しないでくれる?」

「だったらお前も子供みたいな真似するな。もうちょっと兄貴を気遣ってやれよ」

「少しからかっただけよ。ちゃんとクロの分は別に取ってあるから大丈夫。誰も全部食べるつもりなんて……待って。何でクロが兄だって知ってるの?」

「さっきこいつが自分で言ってたぞ」


 瞬間、鬼の形相でシロは少年を睨みつける。クロはというと、しまったと言わんばかりに苦笑して誤魔化そうとしていた。

 数秒睨みつけていたシロだったが、「……ま、いっか」と呟くと鍋へと視線を移した。


「全く、緊張感が無い兄ね。自分の置かれてる状況、分かってるのかしら」

「お前が言えた義理か?」

「その言い分は間違いじゃないけど、あなたもそうでしょうに。犯罪者に対して怯えることもなく、かと言ってこれといった抵抗もみせない。肝が据わっているというか、能天気というか」

「さてな。ちなみにどっちだと思う?」

「後者であって欲しい、と思ってるわ」


 決めつけるのではなく、そうあって欲しいという願望か。どうやらあちらもこちらにどう対処していいのか分からないらしい。

 そうして、シロが交代し、クロも食事を終える頃には不条も腹を満たし、のんびりしていた。無論、銃口は向けられたままであるが。もはや、緊張のきの字もない。慣れというのは恐ろしい限りである。

 そうこうしているうちにクロも食事を終えると、シロは食器を片付けに台所に立つ。そしてしばらくすると戻ってきた。


「悪いな、片付けまでやらして」

「別にいいわよ。折角綺麗にしたのに、また散らかされたらたまったもんじゃないから」


 厳しい一言に苦笑する。

 ……さて。


「食事も終わったことだし、そろそろ何があったか、教えてもらってもいいか?」

「それは……」

「言う必要、あるかしら」


 その言葉に空気が変わる。シロはまるで先程までとは打って変わって、ひどく冷たく言い放った。

 けれど、まるでそんなものなど知るかと言わんばかりに不条は続ける。


「おいおい。ここまでしておいて、そりゃないだろ。どういう状況なのか知る権利くらい、俺にもあると思うが?」

「その結果、あなたに口封じをしなきゃならないことになったとしても?」


 その言葉の意味を理解できない不条ではない。

 しかし。


「つれないこと言うなよ。一緒に鍋食った仲じゃねぇか。それに、子供が助けを求めてるのを見て、黙っとけっていうのか?」


 この二人の抱えているものは、恐らく並々ならぬもの。本来、自分のような人間が立ち入れることではないのかもしれない。

 しかし、子供が困っているのを見て何も思わない程、自分は屑ではない。

 不条の言葉に少々呆気に取られたシロであったが、顔を背けながら言葉を返す。


「……そうね。あなたから見ればわたし達は子供よね」


 でもね。


「わたし達が関わってるのは、もうそんな次元を超えてるの。子供だとか大人だとか、そんなことが言えない程に」


 淡々と語るシロに、不条は口を挟まない。

 彼はただ黙って彼女の話を聞く。


「それに、あなたに話したところで、何とかなるとは到底思えない。むしろ、事態が悪化する可能性の方が高いわ」

「だから俺には何も話せない、と?」

「そういうこと」


 言われて、不条はすぐに反論できなかった。

 あまりにも真っ直ぐに、あまりにも鋭く突き放されたかのような一言。まるでお前など必要ないと言われたかのような感覚。いや、実際に彼女らにとって、不条斬雄という男は本当の意味で要らない存在なのだ。


「あなたは大人しくわたし達が出て行くまでじっとしていればいい。そうしたらあなたは怪我をせずにすむ。それで十分でしょう? それとも何? 相談に乗って、気休めの言葉をかけてくれるのかしら?」

「それは……」

「巻き込んだことは悪いとは思ってるわ。でも、興味本意で首を突っ込まないで。私達の問題を一緒に背負う覚悟ないのなら、訊かないで頂戴」


 シロの口から出る言葉はまるで鋭利な刃物そのもの。一言でも言い返そうものなら即座に切り裂くと言わんばかりな覇気に言い返せるわけがなかった。


「シロ。今のはあんまりだよ」

「……別に。事実を言ったまでよ」

「もう……すみません。文句を言いたいのも分かりますし、腹が立っているのも理解しています。けど、ここは何も聞かないでもらえませんか?」


 申し訳なさげなクロの言い分。

 二人の言いたいことを合わせて要約するのなら。

 ここから先は危険だから、関わってくるな―――ということだろう。

 そこまで言われれば、もはや追求する気にもなれない。


「……そうかよ。ならもう深くは聞かない。見ての通り、男の一人暮らしだから金はそんなにないが、渡せるだけは渡してやる」

「ええ。こっちも一晩泊めさせてもらえれば、明日にでも出て行くわ」

「了解……まぁどういう状況かは良く知らないが、うちには滅多に他人は来ない。近所付き合いもないし、怪しむ奴もいないだろ。今日は一晩、ゆっくり休め。というか、もう休んでいいか? どうにも疲れが溜まってたらしくてな。できればシャワーを浴びたいんだが……」

「できると思う?」

「……だよな。今日は我慢するよ。俺はここで寝る。心配ならどっちかが見張っておけばいい。寝るならソファを使ってもいいし、俺の寝室のを使ってもいいからな」


 そう言うと、不条はそのまま寝転び、眠りへと入る。

 そんな中、思い出すのは先程言われた言葉。


 ―――興味本意で首を突っ込まないで。


 その言葉に反論できなかった自分に怒りを覚えながら。

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