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最終話 下

 病院で目が覚める、というのは何度体験してもなれないものだった。

 ツンと鼻にくる匂いとそれがしみ込んだかのような点滴のチュープ。ふと窓を見てみると日の出が上がった頃であるのが分かる。

 上半身を起こし、周りを見る。どうやら個室のようだ。しかし、用意されているソファには先客がいた。桂木である。そして先ほどから何か重たいものが膝の上にのしかかっていると思えば、クロとシロが自分の膝の上に頭の乗っけながら寝ていた。


「―――これはちょうど良かった」


 ドアが静かに開けられたかと思うと、入ってきたのは不条も知っている人物。


「……あんた、いつもタイミングがいいな、桐谷さん。もしかして、狙ってるのか?」

「ひひひっ。さぁて、ご想像にお任せするよ」


 ここで答えをはっきりさせないところが、またこの老人らしい。

 ドアを静かに閉めると、桐谷は寝ている三人の姿を見ながら苦笑する。


「全く。無防備にもほどがある。この状況で我々がやってくることを考えていなかったのかねぇ」

「……、」

「そう睨まないでほしい。安心したまえ。現状、【常世会】はその双子をどうこうするつもりはない」


 どういうことだ……そんな不条の心の声を聞き取ったかのように、桐谷は続ける。


「元々、我々は天堂を潰すことが第一の目的としていた。その功労者である君の怒りを買うような事は避けたい」

「っていうのは表向きで、本音は?」

「察しがいい。実際のところ、天堂が【常世会】に与えた被害はそれなりのものでね。こちらとしても厄介ごとの種を抱え込む程、手が余っているわけではない。ならば始末しよう、などという連中もいたが、その双子は色々と利用価値がある。故に放置、というのがうちの結論だ」


 つまりは先送り、保留。今は何もしないが、いずれは事を構える。そう言っているのだ。結局のところ、二人の状況は然程変わらない。天堂からではなく、【常世会】から狙われるようになっただけの話。


「まぁ、狙われる、という点で言えば君も同じようなものだが」

「? それはどういう……」

「仮にも元幹部を倒した人間の男。うちではもうその話でもちきりだ。いずれ何人か、絡んでくる連中もいると思うから、覚悟しておいた方がいい」

「……まじか……」


 絶句する不条。折角生き残ったというのに、どうやら平穏な日常は遅れなさそうだ。

 とはいえ、だ。


「……まぁ、その時は何とかするさ」

「ほう、何とかする、か。逃げるのではなく?」

「場合によってはそうするが、それでも最後は逃げない。諦めないって決めたからな」


 そう、教えてくれた男に誓ったのだから。

 その答えを聞くと「そうか」と言って踵を返す。そして、ドアノブに手をかけたところで、不条が呼び止める。


「一つ訊きたいんだが……どうして港で俺達を助けてくれた?」


 その疑問が、未だに解けない。

 いや、考えてみれば、最初の時もそうだ。桐谷なら奇襲をかけて二人を連れ去るなんて事簡単だったはずだ。だが、結局はそうしなかった。


「……仙道梨花という名前に聞き覚えは?」

「確か、あいつらを【研究所】から逃がしてくれた……」

「彼女はワタシの部下だった」


 その事実に、不条は言葉を失う。


「【研究所】の概要を調べるために送り込んだ。紅茶を淹れるのが上手くてね。ワタシはいつも淹れてもらっていたよ」

「……、」

「彼女は優秀だった。だが、甘くもあった。【研究所】が潰されれば、その双子が殺されるか、【常世会】に利用されるか。どちらにしろ、二人に自由はないと思った。だから彼女は【常世会】も【研究所】も裏切り、【特務係】に頼った……全く……馬鹿者だよ、彼女は」


 桐谷は振り向かない。故に不条にその顔は見えない。だが、彼が今、どういう顔をしているのかは容易に想像できた。


「……とはいえ、彼女への義理も果たした。次に会う時は、またよろしく」

「できれば、穏便な話し合いとかにしてほしいな。その時は……紅茶でも出すよ」


 微笑しながら言うと桐谷はそのまま何も言わず、立ち去って行った。


 *


 三十分後。

 強烈なビンタが不条の右頬を襲った。


「……何で叩かれたか、分かる?」

「……ああ」


 何で、どうして、などと言うつもりはない。これは理不尽でも何でもない、当然の報いというやつだ。


「勝手に死にかけて悪かった。すまない」

「ダメ。許さない」


 瞬く間もない答えに不条は困った表情を浮かべる。手厳しい。

 そんな状況に見かねてクロが助け舟を出す。


「ま、まぁいいじゃないか、シロ。不条さんもこうして無事だったわけだし……」

「いいえ、クロ君。これはシロさんが大いに正しいです。何の相談もなく、あんなことされたら誰だって怒ります」

「そうですけど……いや、本当にそうなんですけど。でも、不条さんのおかげで皆助かったわけですし……」

「それはそれ、これはこれ、です。確かに不条さんのおかげで無事に皆帰ってこられましたけど、結果論でしかありません。全く、一人で恰好つけて置いていこうだなんて、そうは問屋がおろしませんよ。何故なら私達にはこれから重大な任務があるんですから……再就職という重大任務がっ」


 握りこぶしを作りながら言う姿は凛々しいのだが、内容が内容なだけでに物凄く残念な形となっている。


「いやホント、今は就職難な時代ですからね。会社はもっと雇用人数を増やそうとか言われてる風潮ですが、それを実行している会社は少ないです。とはいえ、私も不条さんもまだ二十代。いくらでもやり直せます。そうです。そのはずです。そうあってほしいですっ!!」


 言い切りからの願望的発言。何だかんだといいつつ、やっぱりかなり不安なのだろう。それでも明るく振舞おうとするその在り方は見習うべきか。

 などと話していると、唐突に桂木の電話が鳴った。


「……またトラブルか」

「ちょ、その私の電話が鳴ったらトラブル発言やめてくださいよっ。っていうか、誰だろ……ちょっと出てきます」


 そう言って、桂木は携帯を持ったまま、部屋を出ていく。

 残された三人の中で、シロは未だに怒っていた。


「……本当に悪かったよ。俺は、自分が死んだ後、お前らがどうなるのか、全く考えてなかった。自分勝手にいい気になって死のうとしてた。それがどれだけ迷惑なのか、考えずに……」

「全くよ。どうして男ってこう、自己犠牲の塊なのかしら。自分が傷つけばいいとか、苦しめばいいとか、そんなことされたって、素直に嬉しいっていえないじゃない。逆に心配するに決まってるでしょ」


 その言葉に反応したのは俺だけでなく、クロもだった。


「それでも」


 と、シロは区切りながら不条に視線を向ける。


「あなたのやり方は認められないけど、あなたがしてくれたことには感謝しかないわ」


 だから―――


「ありがとう、きりお。わたし達を助けてくれて」

「あなたのおかげでぼくらは今、ここいる。本当にありがとうございます」


 向けられた二人の笑みに登ってきた朝日が重なる。

 その光景に、不条は思わず、言葉を無くしてしまった。

 別に、お礼が欲しかったわけではない。

 別に、感謝されたいわけでもない。

 けれど、それでも。

 不条は思う。

 自分がやろうとしたことは、決して間違ってはいなかったのだと。


「―――とはいえ、許すつもりはないんだけど」


 という冷たい言葉が直後に来たが。


「えっ、ええっ。今の流れでそれはないでしょ、シロ」

「何言ってるの。ここで簡単に許したら、また同じことしでかしかねないんだから。本当にもう二度としないって反省するまで説教よ」

「おいおいそれはないだろ、勘弁してくれ。大体、こっちとしてはこれからのこと考えるだけで頭が一杯だってのに」


 そう。事件は一応解決ということになるが、しかし不条達の人生はこれからだ。にも拘らず、自分は無職というレッテルはそのままである。もうすぐ死ぬのだから仕事をしていても無駄だと思って仕事を辞めたツケがこんなところで効いてくるとは想いもしなかった。


「仕事どうすっかなー」

「だ、大丈夫ですよ。仕事なんてすぐに見つかりますよ。世の中、悪いことばかりが続くわけじゃないんですから」

「そうは言うがな、クロ。桂木も言ってたが、今は就職の氷河期なんだよ。仕事見つけるのがどんだけ大変か。っていうか、もし見つかったとしても仕事を続けられるか心配だ」

「はぁ。そういうところは相変わらずね、このダメ男は」


 ご尤も。いくら前向きに生きようとしても、そうそう人間という生き物は変われないのだ。

 もしもあの男がここにいれば、ゲラゲラと高笑いをしていたのが目に浮かぶ。

 と。


「あのー……ちょっといいですか」


 先程出て行った桂木がいつの間にか帰ってきていた。


「どうした桂木。電話は終わったのか?」

「ええ、まぁ、はい。終わったには終わったんですけど……その、実は【特務係】からの電話でして……」

「特務係から? 今更何のようだ?」

「それが、ですね……私の辞職を取り消すから戻ってこい、というものでして……」

「それは……」


 目出度い朗報だ。桂木は今回の件で仕事をやめざるを得なくなってしまった。それが取り消されるというのなら、嬉しいニュースである。


「良かったじゃない。仕事辞めずにすむってことでしょ?」

「いや、そうなんですけどね……」

「? 何か、まずいことでもあるんですか?」

「ええと、実は……戻ってくるには条件がありまして……」

「……こいつらのことか?」


 ここにきて、思わぬ敵の登場。いや、考えてみれば当然か。何せ、【剣鬼】に関する事件を担当する部署。ならば今回の事件の中心にした二人の身柄を拘束しようとするのも当然と言えば当然だ。

 ……などと思っていたのだが。


「いいえ、そういうわけではなく……どちらかというと、不条さんのことで」

「……俺?」

「はい。戻ってくるのなら不条斬雄も一緒に連れてこい、【特務係】に迎え入れるから、と」


 ……。

 ……。

 ……はい?


「おい、ちょ、待った。待ってくれ。何がどうなってそういうことになるっ?」

「いやー。どうも今回の事件での不条さんの活躍を知ってるみたいで。是非うちに来て欲しいってことです。まぁ不条さんが来たらシロさんやクロ君も一緒に来るから、という理由もあるでしょうけど、実際問題ウチの部署、人手足りないですし。私としても大歓迎な申し出だと思います」

「いやいやいやいや。大歓迎ですって言われても困るんだが。っていうか、警察だろ? 仮にも公務員だろ? 俺、全くそういう資格とか持ってないし、勉強すらしたことないぞっ」

「ああ、そこら辺は大丈夫です。うちの半分くらいはそういう人ですし。係長が何とかしてくれます」

「何がどう大丈夫なのかさっぱりだが、横暴すぎだろ国家権力っ」


 必死になって公務員試験の勉強をしている人達に謝れっという不条の訴えはしかしてスルーされる。


「安心してください。ウチの給料、結構いいですよ? まぁその分休日出勤は当然で、死ぬような目にあうので命の保証はできませんが……」

「それを聞いて、そうかって納得する馬鹿がいるかよ」


 うぐっ、と狼狽える桂木に不条は大きな溜息を吐いた。桂木の日常を見ていれば、【特務係】という職場がどれだけ厄介この上ないかは容易に想像がつく。いや、その想像以上の危険と面倒事が不条を待ち構えているに違いない。

 けれども。


「? ……どうしたのよ、こっち見て」

「不条さん?」


 ふと二人の顔を見る。そのキョトンとした表情はどこか可笑しく、口元が緩んでしまった。

 そして、決断する。


「……桂木。お前の上司には了解したって伝えといてくれ」

「えっ……本当ですかっ」

「ああ。面倒なのは目に見えてるし、ロクな事に巻き込まれないのも理解してる」


 それでも。


「それでも、前向きに生きていくって決めたからな」


 例え厳しい道のりが待っていたとしても。

 例え過酷な現実が待っていたとしても。

 それを自分の足で乗り越えていく。

 何故ならば。

 不条斬雄は、もう逃げないと誓ったのだから。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

この物語のテーマは、異世界から帰ってきた死にかけの男が、人と出会い、触れ合い、その上で、生きる希望を見つける、というものでした。それが少しでも伝わってもらえたのなら、幸いです。

この物語はここで終わりますが、これからも様々な物語を書いていきたいと思いますので、何卒よろしくお願いします!!


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