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最終話 上

※実質、このシーンを書きたかったために作ったと言っても過言ではありません。

 目前に広がるのは、半分の世界だった。下は黒で上は白。それだけであり、それしかない。

 そんな中で、自分はいた。立っているのか、それとも座っているのか、はたまた倒れているのか。それすらも分からない状況で、それでも自分がいるということは認識できた。


「おお、やっとお目覚めか」


 誰の声がする。男か女か、子供か老人か。口調から男、それもチンピラのような、ガラの悪い、三下のようなもの。


「またその文言か。十年以上の相棒に随分な物言いだな、ええ?」

 ふと視線を向けると、そこにいたのは一人の男。細身の長身……それくらいしか分からない。何故なら姿が真っ黒なのだ。まるで影法師のような、そんな姿。


「ここ、は……」

「言うまでもないだろうが。あの世だよ。まぁ正確に言えば、その一歩手前だがな」


 あの世。死後の世界。

 その言葉にしかして何故かどこか納得がいく自分がいる。


「自分は……死んだんだな」

「ああ……テメェは自分の寿命を全部支払ってここにいるってわけだ」


 寿命? 支払った?

 目の前の知っているようで知らない声の主の言葉が分からない。


「その様子だと、自分が何で死にそうになってるのかすら分からねぇようだな。寿命を支払うついでに記憶まで無くしちまったってところか? 哀れだねぇ、ええ? 不条斬雄」


 不条斬雄。

 それが自分の名前であることを思い出す。


「まぁ、オレ様としちゃあ、こうまで都合のいい展開になるとは思ってなかったけどなぁ」

「……何?」


 それはどういう意味か……問いただすまでもなく、目の前の影は続ける。


「何もくそもあるか。これこそが、オレ様が待ち望んでいたことなんだよ。考えたことは無かったのか? お前がオレを使う度に支払った寿命。あれは一体何のために払っているのかって。何で魔力じゃなくて、寿命を払うようになっていたか。その答えは簡単だ。オレ様が復活するためのもんだよ」


 言っている意味の半分も理解できない。分かるのは、この影法師が自分の寿命を吸い取り、その力で復活しようとしている、ということだ。


「しっかし、ここまで長かったぜ。何せ、あっちの世界じゃあ寿命まで払って魔剣を使うなんて奇特な奴はそうそういなかったからなぁ。まぁそれを考えたらオマエには感謝してるぜ。寿命のほとんどをオレ様にくれたわけだからなぁ!!」


 ゲラゲラという笑い声が響き渡る。


「けどよぉ? オマエにとってもそんなに悪い結末じゃねぇんじゃねぇの? だってそうだろ。オマエは自分が想う通りに死んだんだ。大事な連中を泣かせながら、それでも自分のやりたいことを貫いた。なら、もういいじゃねぇか。心残りはないだろ?」

「心、残り……」


 その言葉に胸が痛む。影法師の言うとおり、自分は自分の意思で死を選んだ。どんな内容だったかは忘れたが、それは覚えている。

 だから。


『わたし、一度も海を見たことがないの。だから海に遊びに行きたいなって』


 未練などあるはずがない。


『ぼく、泳ぐの苦手なんで、その時は教えてくださいね』


 そのはずなのに。


『責任取って一緒に仕事探してくださいね。このご時世、再就職するのは中々難しいですからねー』


 見知った誰かの声が心の中で木霊する。

 その言葉の一つひとつが暖かく、切なく、そして何より消したくないと思うのだ。


「まぁとはいえ、あったとしても今更どうにもできないけどなっ。今のオマエは寿命の全てを俺に払った状態だ。ここでオレ様を殺して奪いかえすくらいしか方法はないが……今のテメェにそんな力はねぇ」


 そう。今の自分は絞りカス。消えかかった蝋燭。何の力も無い、ただの無力の塊。

 それでも。


「つーわけで、ここでサイナラだ。こっちの世界に天国だの地獄だのがあるか分からないが、テメェの幸せくらいは祈ってやるよ。死んだ後に幸せもないもないがなっ」

「……ねない」

「あぁ?」


 小さく何かを呟く。そうだ。言うんだ。

 自分がどうしたのか、はっきりと口にするんだ。


「死ねない……『俺』は、こんなところで、死ねない……」

「……おいおい、冗談も大概にしろよ? 今更全部無かったことにしようってのか? そいつはよぉ……ご都合主義するぎるだろ、あぁっ!?」


 影法師の怒号が飛ぶ。


「テメェはよぉ、自分の寿命を全部支払っただろうがっ。なら後は死ぬしかねぇじゃねぇか。そうだろうがっ。力は使っておきながら、最後はやっぱり死にたくないってのが通じるわけねぇだろボケッ」


 そう。都合が良すぎる。幾度も先延ばしにしてきた死を前に、無かったことにしようなどおこがましいにも程がある。

 分かっている。理解している。こんな我が儘が通るわけがないと。こんな願いが叶えられるわけがないと。

 だが、それでも俺は言うのだ。


「違う……死にたくない、じゃない……」


 足に力を入れ、立ち上がる。右足に、左足に、力を入れ、震えながら、それでもしっかりと自分の足で立ち上がる。

 そして、顔を前へと向ける。


「俺は……生きたいんだ。シロやクロや桂木がいる、あの世界で……まだ、生きていたんだ」


 ああ、そうだ。俺はまだ生きたんだ。あの世界で、まだ生きていたいんだ。

 死にたくない、じゃない。

 自分の意思で歩くために。

 こんな俺のために涙を流してくれた者達と一緒にいるために。

だから……。


「だから、返してもらうぞ―――ネイリングッ」

「ハッ……やれるもんならやってみやがれっ」


 影法師―――ネイリングの拳が正面から叩き込まれた。よろめく身体。だが倒れない。すかさずこちらも右頬に一擊を叩き込む。


「がっ……てっ、めぇ……」

 再び、拳が胸部に入る。避けられない。強烈な一擊が入る。仰け反りそうになるも、しかし堪えて逆に勢いをつけて、今度は左頬にこちらの一擊を放つ。


「こっ、の……顔面に、二発も入れやがって……!!」


 そこからは、拳と拳のぶつかり合いだった。

 互いに回避や防御のことなど考えていない。間合いを詰め、互いの拳の範囲内で殴り合う。殴られれば殴り返されの連続。休む間もないインファイト。最早互いに相手を倒すことしか考えていない。


「かっ―――ははっ。いい気分だぜ。一度オマエをボコボコにしたいと思ってたからなぁッ」

「奇遇だな……それは俺も同じだよッ!!」


 痛みが全身を駆け巡る。

 だが、それ以上に熱が奥底から湧き上がる。

 戦え。生きるために。戦え。勝つために。

 誰かに言われたからじゃない。

 自分でその道を選んだのなら、最後の最後まであがき続けろと。


「おらおら、どうしたどうしたっ。そんなもんか、オマエの全力はっ。逃げるしか脳のない奴の限界はここまでってかぁっ!!」

「んなわけ……あるかぁぁつ」


 言いながらアッパーを放つ。拳から伝わる衝撃と手応え。

 だが、それでもまだネイリングは倒れない。

 故に闘争は未だ続く。


「俺は逃げてきた。逃げ続けてきた。そして、ああ……腹立たしいことに、また逃げていたんだなっ。生きるってことからっ。自分の命を使い果たしてそれで気分良く死ぬ……それでいいと思っていた。けど、それこそが、人生から逃げるっていう最大の逃げだったんだっ」


 拳を入れる。


「俺は一人じゃないんだって分かったんだよ。こんな俺にも大事にしたい奴らがいるってことに。そして―――ここで死んだら、そいつらを悲しませちまう。それを俺は理解したつもりでいた。けどよ、それはとんでもない勘違いだったわけだ」


 拳を入れる。


「死ぬのは怖い。だが、それ以上に俺の死であいつらが余計なモン背負うのはもっと嫌だ。俺の死をずっと気にして生きて欲しいわけじゃない。そんな事であいつらの人生に影を堕とすなんてまっぴらゴメンだ」


 拳を入れる。


「ああ、そうだ。これも結局自分のためだ。人間、結局自分のためにしか生きられない。そういう生き物なんだろうよ。けどよ……この想いが間違っていると、俺は思わないし、誰にも言わせない」


 拳を入れる。


「俺は生きるぞ、ネイ。自分の足で、自分の手で、自分の意思で。悔いのないように、逃げずにちゃんと前を向いて生きてやる。爺になるまで長生きして、そんでもって最後は笑って、胸張って、死んでやる。俺の人生は最高だったって自慢できるように。だから―――」


 だからもう――――そんな猿芝居は、やめろ。いい加減、見るに耐えないんだよ、下手くそ。


 十年以上の相棒の嘘に気づかないとでも思ったのだろうか。

 先程から叩き込まえる拳。その痛みはあるものの、しかし傷は一切負うことはなかった。むしろ、拳が叩き込まれる事にこちらの気力が、活力が、体力が戻っていく。そして理解する。ネイリングの拳を受ける事に、そしてネイリングに拳を叩き込む事に自分の寿命が戻っていっていることに。

 そして、同時にネイリングは見る見る内に体力を消耗し、やつれていき、ボロボロになっていく。血塗れになりながら、文字通り命を削りながら、この男は自分に寿命を返しているのだ。

 そもそも、彼は道を示してくれていたのだ。

 ここで自分を殺せば生き返れるなんてことをわざわざ口走ったのがその証拠だ。


「おおおおおおっ」

「ァァァァアアッ」


 雄叫びを上げながら、殴り合いは続いていく。

 その中で不条は思う。自分は一体、どれだけ彼に助けられてきただろうか。

 十年間。長く、けれどもあっという間の時間の中で、彼は常に隣にいてくれた。口が悪く、悪態をつき、時には誘惑をしながら、それでも彼は自分の、不条斬雄の相棒でいてくれた。そして今もこうして俺を導いてくれている。

 その命を、魂を、身体を。その全てを懸けて。

 やり方は荒々しく、何とも不器用なやり方だが、しかしだからこそ彼らしいといえばらしい。

 故に、その想いに応えないわけにはいかないだろう。


「はあああああっ」

「がっ、ごっ」


 胸部に一擊を入れると、ネイリングはそのまま後ろへと吹き飛ぶ。もはやその場で耐える力も残されていないのだろう。

 そして、恐らくは……。


「へへっ……やるじゃねぇか。少しは見直したぜ、ヘタレ野郎。けど、調子に乗んなよ。次の一擊で、オマエを沈めてやる。次で最後だ」

「……っ」


 その言葉を聞き、拳に力を入れる。

 涙は流さない。それは目の前の男への最大の侮辱だから。これからは自分の力で生きると宣言したのに、格好悪いところなど見せられない。

 だから、やることはただ一つ。


「ネイリングゥゥゥウウウウッ」

「不条斬雄ぉぉぉおおおおおッ」


 咆哮と共に互いの拳が顔面に激突する。

 一擊を叩き込むと俺もネイリングも動かない。最早その必要はない。

 見るとネイリングの身体が粒子の如く分解されていき、光となっていく。消滅していく。

 その事実を前に俺はネイリングの顔を見ない。ただ俯き、黙るしかなかった。

 何故ならば。


「おいおい……なんつー顔してんだよ、ええ? 男が泣くなよ、情けねぇ」

「うる、せぇ……」


 頬を伝わる雫を、けれども拭わない。

 ああ、無理だ。こんなの、無理に決まってる。こんなに哀しいのに、涙を流さないなんて、俺には到底無理な話だった。

 そんな俺を見ながらネイリングは苦笑した。


「全く……オマエはどこまでいっても、オマエだな」


 けれど。


「オマエはもう一人じゃない。ならオマエにもう、オレ様は必要ねぇだろ」

「……ああ。そうだな。俺にはもう―――お前は必要ない」

「へっ。そうかい……なら、ここでお別れだ。あばよ、不条斬雄。オマエと過ごした時間は、結構楽しかったぜ」


 そう言って。

 ネイリングは消えていった。

 跡形もなく、影もなく、完全にネイリングという存在がここから無くなった。

 けれど、それでも、不条は涙を流しながら、彼がいた場所へ言葉を残す。


「ああ―――あばよ、ネイリング。俺もお前といれて、楽しかったぜ」


 ネイリング。我が生涯の恩人にして相棒。

 お前という男がいたことを俺は絶対に忘れない。

 お前はどこへ行ったのだろうか。天国か、地獄か。それとも別の場所か。

 どこからでもいい。見ていてくれ。

 俺が、不条斬雄が、お前の相棒が、生きていく様を。

 そして。


「またいつか―――どこかで会おう」


 その言葉と同時に、俺はゆっくりと瞼を閉じた。

次回で最後です!!


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