二話 双子②
さて、ここで一つの疑問について考えよう。
少女が持っている拳銃が本物であるか否か。
このご時勢だ。本物そっくりな偽物を作ることはそんなに難しくはないだろう。とは言え、本物かどうかなどの利目を持っているわけではないため、どうしようもないが。
しかし本物をこんな少女が持っている可能性は低いはず。
けれども、だ。それはあくまで可能性の話。命が掛かっているこの場面で博打の真似事はできない。
「ひどいよ、シロ。たまたまこの人が車を止めてくれたからいいものの、もし本当に轢かれたらどうするつもりだったのっ?」
シロと呼ばれた少女は拳銃を向けたまま、少年―――クロの問いに答える。
「その時はその時よ、私が何とかしてたわ」
「何とかって……そりゃシロならできただろうけど……」
「結果的に生きてるんだからいつまでも引きずらない」
「横暴だ……」
同意見である。見るからにして二人は双子。どちらが姉か兄かは分からないが、しかし主導権を握っているのは完全にシロである。
しかし、今の一言は気になる。クロの「シロならなんとかできただろうけど」という点。彼女は何か医術の知恵でもあるのだろうか。
そんな事を考えながら、口からは別の言葉が出て行く。
「ラジオ、つけてもいいか?」
「だめよ」
即答だった。
「私、ああいうの聞いていると眠くなっちゃうの。こう、音楽聴きながら寝ちゃう、みたいな。だからダメ」
そうですかい、と応えながら運転を続ける。正直、こちらとしては少しでも気分を紛らわせたかったのだが、仕方ない。こんな状況だ、逆らってもいいことはない。
だが。
「それにしちゃ、後ろのお連れは夢の中のようだが?」
バックミラーから見たクロは、後部座席に横たわりながら眠りについていた。
「このバカクロ……」
「そう言うな。その様子じゃ、かなり疲れてたんだろ。服もボロボロだし、飲まず食わずってところか」
「……どうしてそう思うの?」
「何となくだよ。お前も眠っても大丈夫だぞ」
「そうやって油断させて眠っている間に警察へ連れて行く、と」
「随分な言い方だ。信用ないな、俺」
「そっちだって。わたしの事、信用してないでしょ」
そりゃ銃で脅されたら信用もなにもないだろうに。
しかし、信用云々の話は置いておくとしてて、不条はこの少女にもできれば眠って欲しかった。それは寝ている間に警察に行くため、とかではない。
見ると少女の目の下には大きな隈があり、どう見ても寝不足。そんな状態の者に拳銃を突きつけられているとなれば、不安になるのは当然だろう。暴発の話を先程していたが、それは今現在も似た状況である。
「なら、三十分したら後ろの奴と交代しろ。うとうとしながらそんなもん向けられるとこっちも運転しづらいんでな」
言った瞬間、少し考える。
脅している相手にこんなことを言われれば、腹が立つだろうか。お前の言うことなんか聞くか、とか。何か企んでるだろう、とか。そんな言葉が返ってくるのだろう。まぁこちらとしては何でも構わないが。
しかし。
「……そう。なら、そうさせてもらうわ」
と言った呆気ない答えに少々驚く。
もしかすると、意外と素直な奴なのか?
そんな事を心の中で呟きながら不条はアクセルを踏み続けた。
三十分後。
自分の言葉がもしかすると間違っていたのかもしれないと思いながら、不条はハンドルを握っていた。
「……」
ふと隣を見ると、そこにはいたのは少女ではない。シロは後ろの座席で窓の外に顔を向けながら寝ていた。どうやらかなり疲労困憊していたようで、交代して一分もしない内に深い眠りについた。
そういうわけで、今隣にいるクロと呼ばれた少年がこちらに銃口を向けていた。加えていうのならその手元がこれでもかと言わんばかりに震えながら、だ。
いかにも銃は初めて持ちます緊張していますというか怖いです、などと言った空気が全面的に出てくるその震えはどうにかできないだろうか。寝不足で暴発することは無くなったが、その震えで誤って引き金を引かれたら全くもって笑えない。
仕方ない、と言わんばかりな溜息を吐きながら呼びかける
「なぁ」
「ひゃ、ひゃい!?」
「……そうびくびくするなよ。俺が言いたいのは一つだけだ。頼むから、間違っても、暴発してくれるなよ。いやほんと、頼むから」
「ぜ、善処します……」
「そこは自信をもって反論してくれねぇか。ったく情けねぇ強盗だな、おい」
「す、すみません……」
「謝るくらいなら最初からこんなことしてんじゃねぇよ」
「うぅ……正論すぎて、反論できません」
どこか涙目なクロ。軟弱そうな顔付きは中性的で本当に男かと疑いたくなる。いや、身体の骨格から考えてどう見ても男であるのだが、もしも女装すれば男だとは思われないだろう、という確信すら持てる。
「でも、ぼくらにはこれしか方法かなかったんです……って言っても貴方にはいい迷惑でしかありませんよね」
「全くもってその通りだな」
「あはは……そうですよね。どんな言葉を並べても、ぼくらは貴方を脅迫してることには変わりありません。本当だったら、こんなことをせずに済む方法があるのかもしれない。けど……ぼくらにはそれを探す手段も時間も無かった」
一人語るクロの表情は笑みを浮かべているが、どこか暗く重い。まるで自らの無力さに呆れているようだった。
そんなものを見せられては、もはや責める気にもなれない。
別に彼らの行いが全て仕方のないことだとは言わない。そもそも事情も知らない自分が善悪など決められる立場にはいないのだから。彼らの本性が、実情が、どんなものなのか、知るよしもない自分に言えることがあるのはただ一つ。
「なら、次からは別の方法を選べよ」
言うと不条はそれ以上何も言わずにただ真っ直ぐ前を向いた。それ以降、隣を振り向くことはなかったため、クロがどんな表情をしていたのかは分からない。ただ言えることがあるのは、もう妙な震えは止まっていた、ということだけだった。