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十九話 逆襲④

 刃と刃が交差し、激突。衝撃波が生じ、シロやクロ、そして桂木は吹き飛ばされそうになるのを踏ん張りながら堪える。そんな彼らを他所に剣戟は繰り返される。

 何度もぶつかり合い、鬩ぎ合う。その度に感じる衝撃が剣を伝わり、不条の身体に感じさせる。この男は強い。性格云々を抜きにすれば、確実に剣の達人……いや、超人というべきか。繰り出される一擊一擊は人間のものとは比べ物にならない。恐らく、戦車の装甲ですら意味を成さないだろう。さらに速度。通常の人間がひと振りするところを、この男は三回、いや五回は技を放てるだろう。

 正しく人外。人の常識を離れた業。

 流石は【常世会】の幹部を務めていただけのことはあるというべきか。不条が異世界で相手をしてきた者達とは別格である。

 しかし、だ。

 そんな怪物的な力を前に、不条は一歩も引けをとっていなかった。


「―――っ」


 柄を握る力を上げる。同時に速度も上げる。そう思うだけで身体が応えてくれる。不条は天堂の速度に、力に、技に、全く劣る事なく対応する。これがかつて異世界において、巨人の腕を引きちぎり、魔女の首を切り落とし、火竜と相討ちとなった男の力。洗練された技などはなく、ただ直感と力、そして身体能力のみで繰り出す剣。

 力が漲る。今までに感じた事がない高揚。

 まるで自分が世界最強であるかのような感覚。

 それらを押さえ付け、飲み込まれないようにする。

 そう。これに飲み込まれてはいけない。自分は強くなかった。だが、それに奢ってしまえば、力を操るのではなく、力に操られてしまう。

 そうなった瞬間、目の前の相手に首を持っていかれるのは必至だ。

 それだけ、天堂は強い。それは認めたくはないが、事実である。


「―――シッ」


 上から向かってくる日本刀を剣で弾く。だが、それがどうしたと言わんばかりに下から左から右から真正面から。次々と連続的に凶刃は襲いかかる。そしてそれらを全て叩き返す。

 第三者的な立場から言わせてもらえば、一見状況は不条の防戦一方。先程から一度も自ら攻撃することはなく、常に天堂の刃を防ぎ、回避し、その中で返し業を放つのみ。押されている、と考えるのがほとんどだろう。

 だが、、それ以前に驚くべきことが一つ。

 不条はこれまで一度も天堂の刃で傷を付けられていないのだ。

【剣鬼】の【妖刀】は相手や対象を斬りつけた時、絶大な効果を発揮する。毒を与えたり、熱を操ったり、重さを弄ったり。中には傷すらも治癒することもできる。そして、天堂の【妖刀】はその中でも一級品。一度斬れば相手の血や身体に走る電気信号の流れを操る。それは相手の命を握ったと言っても過言ではない。

 しかし、だ。

 それは裏を返せば相手を斬りつけなければ効果は発動されないということ。

 天堂の場合、風や水、電気、それらを斬ることで自由に操り、敵を殲滅することが可能だ。だが、相手の血を自分の手中に収めるためにはどうしても一太刀、否、一傷を与えなければならない。

 そして、ここまでの間に不条は天堂の刃に一切斬られていなかった。


「き、さまぁぁ……っ!?」


 苦悶の表情。当然と言えば当然か。これだけの攻防を繰り広げながら一擊もまともに打ち込めていないのだから。苛立ちが増すのは当然の事。さらに天堂の性格から考えて、自分の思い通りに事が進まないというのはこれ以上なく腹立たしいに違いない。

 怒りによって天堂の剣は力を増し、速度も上がる。甲板にいくつもの斬撃の後が刻まれ、鎌鼬によってコンテナ等が切断される。暴風の如き攻撃に、不条は思う。

 ようやく来た。

 不条がここまで守りに徹した理由。それは攻撃ができない、からではない。むしろ、攻撃ならばいつでもできた。しかし、結局は弾かれるか防がれるか、それとも避けられるか。何にしろ、決め手にはならない。傷をつけられることができたとしても、それだけだ。

 だからこそ待った。

 天堂の性格を利用し、こちらが全ての攻撃に対応することで、怒りを増幅させ、苛立ちを募らせ、焦りから生じるもの。

 即ち隙。

 嵐の攻撃は威力は凄まじい。疾さも馬鹿にならない。

 だが、次の攻撃へ移るその一瞬が無防備になる。

 故に―――そこを狙わないわけがない。


「―――カアアァツ」

「くっ、うぅっ」


 下からの薙ぎ払いの一擊が、天堂の身体を切り裂き、鮮血が空を舞う。

致命傷ではない。不条の攻撃にいち早く気づいたのか、半歩後ろに仰け反る状態で回避したのだ。

だが、それでも重傷には違いはない。

 天堂はそのまま後ろへと跳び、一旦距離を開こうとする。それを許すものかと不条は間合いを詰めようと―――。


「がっ、はっ……」


 口の中で鉄の味がしたと思ったら、いつのまにか自分の口から血が吐き出されていた事に気がつく。

 外傷はない。傷を付けられたわけでも、天堂が何か【剣鬼】が使う術を使用したわけでもない。これはもっと単純な事。

 即ち、残り時間が迫っている証拠である。


「……そうか、そういうことですか」


 傷口から大量の血を流しながら、天堂は疑問が解決したと言わんばかりな表情を浮かべる。


「人間如きが、そんな力を何の代償もなしに振るえるのか……ずっと気になっていたんですがね。何のことはない、貴方は代償をキチンと支払っていたというわけですか。自らの命という名の代償を。しかも、その分だと残りの時間も然程ないようです」


 えっ……? と、驚いたような言葉を口にしたのは誰だったか。

 天堂の言葉は何一つ間違っていなかった。

 そう。結局のところ、これも【フルヴィング】や【ヨートゥン】と同じ、自分の寿命を支払って使用ができる力。ただ違うところがあるとするのなら、これを一度使えば必ず死が訪れるということ。

 例え寿命がどれだけ残っていたとしても関係ない。その命を全て支払う事。それがこの【ベオウルフ】の使用条件だった。

 先程の吐血はその時間がもう僅かであることを知らせる、云わばアラームのようなもの。

 けれども。


「だから、どうした……例えあと一日、あと一時間、あと一分しか生きられなとしても、今の俺には十分すぎる」


 そうだ。刹那の時間しか残されていないとしても、それだけあれば目の前の男を倒すには事足りる。

 迷いのない言葉に、天堂は言い放つ。


「……たかが赤の他人のために、何故命を捨てられる? 何故そこまで戦うっ? 人間である貴方にとってそこまでする価値がアレらにあるというのですか?」

「ああそうだよ」


 即答だった。


「あるに決まってんだろ、そんなもん。人間だの【剣鬼】だの、そんなくだらない事なんてどうでもいい。俺が命張って戦う理由は単純だ―――」


 切っ先を天堂へと真っ直ぐに突きつけ、断言する。


「あいつらは子供で、俺の友達だからだ。子供が、友達が、困っていたら手を差し伸べる。そういう、当たり前のことだよ」

「―――くだらない」


 一蹴される。それもそうだろう、と内心苦笑した。

 だが、そんなくだらない事が不条には無く、できなかった。今まで自分の事を友達だと呼んでくれる者はおらず、そして大人だというのに彼は異世界で子供を助ける事を放棄した。

 馬鹿馬鹿しいと笑えばいい。

 愚かしいと蔑めばいい。

 だが、それが、それこそが。

 彼が人生の最期でただ一つ、自分で決めて、やり遂げようとする理由なのだ。


「ならば、そのくだらない理由と共に、死になさいっ」


 腕を使い、剣を回す。円を描くかのようなその仕草と共に、周囲の風が集まってくる。その勢いは今までの比ではない。竜巻。文字通り、龍が渦巻いているかのような形。放たれれば、この船はもちろん、港も半壊してしまうかもしれない。

 そんな一擊を前に、不条が取った行動は単純明快。

 防御でも、回避でも、逃走でもない。

 ただ、前へと大きく一歩踏み込んだ。


「なっ!?」


 虚を突かれた天堂は戸惑いを隠せない。

 例え身体を強化していてもこの一擊を喰らえばまともではいられない。にも拘らず特攻を仕掛けるなど愚の骨頂。これを単なるやけくそな行動と切って捨てるのは簡単だ。だが、実際に目の前でやられれば目を丸くさせてしまうのも無理はない。

 その迷い、一瞬、刹那。それが勝負の分かれ目となった。

 今の不条は人間の力を究極に高めた能力を持っている。故に目を一瞬離した僅かな時間で十メートル以上もある距離を詰めるのは造作もない。

 気づき、天堂はそのまま【妖刀】を振り下ろし、竜巻を放つ。

 だが、同時に不条の一擊が再び激突した。


「ァァァアアアッ!!」


 完全に竜巻を放たれる前に何とか止めた。だが、のしかかってくる剣圧、それから重量、そして衝撃。それら全てが全身を駆け巡り、激痛が迸る。


「死ね、消えろ、……不条斬雄ぉぉぉおおおっ!!」


 痛い、重い、苦しい。

 鬩ぎ合いの中で心に漬け込んでくる負の感情。もういいだろう。頑張っただろ。よくやっただろ。だから休もう。ここまでにしよう。これ以上傷つく必要はない。

 そんな言葉を不条は跳ね返し、剣を握る。


「ァァァァァァァアアアアアアアッ!!」


 そうだ。ここで終われない。諦められない。

 自分はもう死ぬ身だ。どうあっても助からない。それは理解できてるし、納得もしている。死に対しての恐怖は無論あるが、しかし、今自分の力となるのはそこではない。

 ここで負ければ、シロが悲しむ。

 ここで倒れれば、クロが苦しむ。

 ここで諦めれば、桂木が殺される。

 今日という日まで僅かであったが、自分と一緒にいてくれた者達。彼らとの記憶が不条の脳裏に駆け巡る。

 そうだ。ここでは負けられない、倒れない、諦めない。

 何故ならば。

 不条斬雄は、もう逃げないと決めたのだから―――っ!!


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 雄叫び、怒号、爆発。

 身体に残っている体力。

 消えかけている寿命。

 それら全てを剣に宿し、力と変える。

 同時に、天堂の【妖刀】から小さな音が聞こえた。かと思えば、それは徐々に大きくなり、ひび割れの音であると気づいた時には既に遅い。

 次の瞬間、【妖刀】は真っ二つに折れ、そのまま不条の剣が天堂の身体を切り裂いた。


「なん、だ、と……っ」


 真正面からの一擊。もはや天堂を守るべきものはなく、振るうべき力はない。力尽きた彼はそのまま膝をおり、地面へと沈んだ。そして、彼が彼奴っていた竜巻はその勢いを弱まられ、霧散していく。

 斬り伏せた敵を見下ろし、一息吐くと。


「悪いな……俺の勝ち、だ……」


 そう言い放ち、そして自らも倒れる。

 使い果たした。気力、体力、寿命……己が持つ何もかもを。最早腕一本、指一つ、動かすこともままならない。

 そんな不条の元に、シロ達が駆け寄ってくる。


「きりおっ、ねぇ、しっかりてよ、ねぇ!!」

「不条さん、不条さんっ!!」


 双子の少年少女は不条の名を必死に呼んだ。こ

 対して、不条はすでに血の気がない表情になっていた。


「ははっ……ああー……こりゃ……もうダメだな……」

「馬鹿っ。そんな弱気な事言わないでっ。今すぐ私の【妖刀】の力で治してあげるからっ。ちゃんと治してあげるからっ、それまで頑張って!! 絶対に助けるから!!」

「桂木さん、すぐに救急車の手配をっ」

「分かったわっ」


 必死になって自分を助けようとするその姿に、けれども不条は苦笑で返すしかなかった。

 不条には分かる。これはどうしようもないものだと。怪我の治癒、なんてものではない。もう寿命が尽きてしまったのだ。ここにあるのはその残滓。あと幾ばくかの残りカスで何とか息をしているようなもの。

 恐らく、この場にいる全員、それを理解しているだろう。だが、それでも彼らは自分を救おうとしている。その事実がどこか歯がゆくて、申し訳なくて……少し嬉しかった。こんな自分にも涙を流してくれる人がいることが、どうしようもなく嬉しかった。


「馬鹿……馬鹿よ、貴方。どうして、ここまでするの……どうして、自分の命を簡単に捨てられるのよ……こんなこと、されたって私……困るのよっ」


【妖刀】を腕に刺しながら、シロは大声でそんな事をいう。

 だから、だろうか。不条は不器用に笑いながら、口を開いた。


「そいつは……悪いな……」


 口が思うように回らない。喋りづらい中、不条はどうにか言葉をつないでいく。

 目の前にいる、彼らにどうしても言いたいことがあったから。


「けどよ……それでも、俺はお前らを、守りたかったんだ……」


 声が掠れた。口に広がる血の味は、あまりに現実味を帯びていて、否応なしに迫る『死』を告げてくる。

 不条が二人を守ろうとした理由。それは様々であり、子供だとか、友達だとか、一緒にご飯を食べたとか、昔の罪滅ぼしとか、それこそ山のようにある。

 中には間違ったものもあるのだろう。偽善と呼ばれるものも混じっているのだろう。

 けれども、だ。

 彼らを助けようと思ったその心は、決して間違っていないと断言できる。


「クロ……これからは、お前が、シロを守れ。兄貴として、家族として……助けてやれ」

「ふ、じょう、さん……っ!!」


 クロは不条の名前を呼ぶと、小さく頷く。


「……桂木、さっきも言ったが……こいつらの事……頼んだぞ」

「そんなの……そんなの、言われなくたってやりますよっ。だから、そんな今にも死にそうな声で、言わないで、くだ、さい……」


 怒っているのか、悲しんでいるのか、よく分からない声音でそんなことを叫ぶ桂木に不条は笑みを零した。

 そして。


「シロ……」

「嫌っ。聞かない。そんな遺言みたいな事、絶対聞かないっ。あなたは私が助ける。絶対に助けるっ。だって約束したじゃない。一緒に海に遊びに行こうって。破らせるもんですか。ううん、海だけじゃない。これからあなたと一緒に皆で色んな事するの。だから、だから、だから……」

「シロ」


 最早聞き取るのも難しい声音で、それでも不条はシロの言葉を遮りながら、彼女の顔を見た。唇を強く噛み、こちらを睨みつける瞳には涙が溜まっていた。


「悪いな……こんなダメ男に付き合わせて。でもな……俺は、お前らと一緒にいれて……楽しかった。今までの中で、一番、幸せだったんだよ……」


 他愛ない誰かとの日常。それが、不条が最も欲しかったもの。現実世界でも異世界でも結局は手に入らなかった。

 だからこそ、彼は命を張って守りきったのだ。

 霞んでいく視界の中で、もはや誰が誰なのかがおぼつかない。頬に何か冷たいものが伝わる。しかし、それが何なのかすら認識できずにいた。

 けれども、それでも、まだ不条は言葉を続ける。


「誰でも良かったんじゃない。お前達だから……お前達だったらからこそ、俺は、がんばれたんだよ……だから……ああ、泣くなよ」

「うるさいわよっ。そんな事言うんなら、死なないでよ!! 頑張ってよ、私達のために、もっと生きてよっ!!」


 シロの言葉にそれはできない相談だっ、と心の中で呟きながら不条は笑う。

 ああ……本当は泣かせたくなかったのに、やっぱり自分はどこまで行ってもダメ人間のようだ。

 けれど、それでも。

 どうしようもない男は、最期に言うのだ。




「ハハッ……何だ……悪くない、最期じゃねぇか……」




 そう言うと、不条は瞳を閉じ、そして体中の全ての力がなくなった。

 誰かの絶叫が聞こえる中、不条は真っ暗な世界へと眠りについていく。

 そうして。

 この瞬間、不条斬雄は確かな死を迎えたのだった。

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