十七話 逆襲②
話が決まった後の桂木の行動は早かった。片っ端から知り合いに電話をかけまくること数十分。たったそれだけの時間で天堂と二人の居場所を突き止めた。しかもそれだけではない。今のこの街の現状すらも完全に把握していたのだ。
「どうやら天堂は今日中にこの街を出ようとしてるっていうのは本当ですね。【常世会】も殲滅する準備を整えていたようです」
整えていた……その過去形に不条の顔色は悪くなる。
「お察しの通り、抗争は既に始まっています。ただ……抗争を始めたのはどうやら【研究所】の方らしいです。今現在も、【常世会】の各事務所を強襲しているそうです。」
「研究所が? どうして? 連中は逃げ出そうとしてたんじゃ……」
「だからですよ。各地で抗争が起きれば、【常世会】はそれに対応しなくちゃならない。その隙に乗じて、逃げる算段なんです」
「……つまり、あいつは自分の部下を捨て駒に使ったってわけか」
大将を逃がすために、殿を務め、囮となる。それは戦略的に間違ってはいないかもしれない。だが、それでもあの男のやり方は不条には納得できるはずもなく、腹が立つことこの上ない。
「そんな中、お前はあいつの居場所を突き止めたのか」
「ええ。私、交友関係だけは広いので」
淡々と答える桂木の横顔は今までに見たことのない出来る女の顔だった。不条は内心、彼女を見直しながら質問する。
「で? 連中がいるのは?」
「―――港です」
鷹末から出ていく方法は三つ。一つは車、一つは船、一つは飛行機。
しかし、車を使用する場合、橋を利用しなければならない。さらに、今は年末の渋滞ラッシュ。そして今日は大晦日。ラッシュは最高潮だ。こんな状況下で渋滞に巻き込まれるなど論外だろう。
ならば、方法は船が飛行機。しかし、飛行機の場合、ある問題点が生じる。それは積み荷の限度だ。
「積み荷? それって……」
「はい。天堂が攫った子供達です。あの男が集めた子供達の行方は未だ分かっていません。正確な数値は分かりませんが、調べた限りでは、百人や二百、なんて数ではないそうです」
確かに、それだけの数を運ぶとなれば、飛行機ではまずいだろう。船を選択する理由もうなずける。
「……不条さん。できれば……私は子供達も助けたいと考えています」
「それは……」
「分かってます。今の私達じゃそんなことできるわけないって……でも、それでも私は諦めたくない。だって悔しいじゃないですか。あんな男のせいで、人生を滅茶苦茶にされて、大勢の子供が不幸になってる。それを目の前にして止められないなんて」
「……シロやクロの話だと、【剣鬼】にされた子供はほとんどが天堂を崇拝してるっていってたぞ。だとしたら、敵対してくるのは目に見えてる。それでも……」
「ええ。それでも私は、彼らを助けたい……不条さん的に言わせてもらえば、これが私のやりたい事なんです」
言われ、不条は目を見開き、そして視線を逸らす。それを言われたら反論する余地が全くない。
「……まぁいいさ。俺も付き合ってもらってる身だ。子供連中と戦うことがあれば、なるべく傷つけないよう努力する。それから……」
「?」
「あんまり、今の言葉は言わないでくれ。何か恥ずかしい」
窓の外を見つけるその顔は、少し赤くなっていた。
*
夜の港は静かだった。
恐らく街中では年を越そうとしている人々によって騒がれている中、まるで正反対のように波の音くらいしか聞こえてこない。
そんな港にはいくつもの船が停泊していた。どれも似たような形、色をしており、特徴はあまりない。
そんな中。
「この船ですね」
桂木は自信を持って自分達が探す船を見つけ出した。既に彼女はここに来るまでの途中、どの船にクロやシロが乗っているのかすらも調べ上げていた。
何度も言うようだが、今日の彼女は本当に頼もしい。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ……と言いたいところだが、どうやらそう簡単にいかないようだ」
夜の港を見渡す。予想外、というわけではない。そもそも、こうなることが分かった上でここにやってきたのだから。
「そろそろ出てきたらどうだ? 隠れる気なんてさらさらないんだろう?」
響き渡る声。それに呼応するかのように人が一つ、二つとコンテナの影から現れる。その数ざっと三十。しかも全員十代半ばの子供だ。
そんな彼らの中心にいたのは―――
「やっぱりお前が来たか、ムラサキ」
「……気安くボクの名前を呼ぶな、人間」
イラつくその顔には痛々しい痣がいくつも見受けられる。そして、それは彼に限った話ではない。見てみると他にも包帯を身体に巻いている者や傷や痣を持つ者も多くいた。
「……なぁお前ら。そんな事されてまで、何であいつに従う?」
「何で? ……そんなの決まってる。ここしかボクらが生きていく場所がないからさ。ボクらは人間に捨てられたからね」
「人間に捨てられた……?」
桂木の疑問の言葉にムラサキは痛々しい笑みを浮かべて答える。
「そうさ。ここにいる全員、人間に捨てられたのさ。貧しいからって口減らしにされた奴、子供なんていらないからってロッカーに押し込められた奴、両親が勝手に自殺して置いていかれた奴、お前は才能がないからって見放された奴、顔が醜いから殺されかけた奴……ここにはそういった人間に捨てられた連中ばかりなんだよ。そんな中、あの人はボクらを拾ってくれた。ご飯もくれる、生きる場所も目的もくれる。痛いし、苦しいし、愛情なんてない。知ってるさ、ボクらがただの駒でしかないなんて。でも……それでも、ここが、ここしか、ボクらが生きていく場所はないんだよ」
口元は笑みを浮かべているが、しかしその瞳はどこまでも寂しく、そして哀しかった。
ムラサキの話を聞き、不条は理解する。彼らは人間を心底信用できない。裏切られた存在なんだと。勝手な都合で捨てられ、生きる場所を奪われた。そんな中、道を指し示したのが天堂だった。
その目的が人道を外れているものだったとしても。その方法が残虐非道だったとしても、生きる場所を与えてもらえた……その事実が彼らを縛り付けているのだ。
そこに反論できる言葉を不条は持ち合わせていない。可哀相だ、悲劇だ……そんな言葉など余計に彼らを傷つけるだけなのだ。
だからこそ。
「そんなことはないわ」
前へと踏み出したのは不条ではなく、桂木だった。
「誰でも生きる場所がある。でも、そこだけでしか生きられない、なんてことはないの。今の貴方達はその場所しか見ていないからそう思うだけ……外を見て。きっともっといい場所があるはずよ」
「もっといい場所がある? ……あは、あはははっ!! 何それ。偽善者丸出しのセリフ。気持ち悪いし、反吐が出る。さぞ裕福なところで育ったんだね。温かいご飯を食べて、家族に愛されて、何不自由ない人生を送ってきた人間がいいそうな言葉だよ……そんな人間にボク達のことが分かってたまるかっ」
人の不幸を他人が分かるわけがない。
そんな言葉に、桂木は一度目をつぶった後、口を開く。
「そうね……貴方達の気持ちは分からない。だって、私は貴方達じゃないんだから。でも―――理解はできる。私も同じだから」
その一言に不条はもちろん、ムラサキさえも言葉を無くした。
「私も両親に捨てられて、そして親戚の男に預けられたわ。その人は酒癖が悪くてね。いつも暴力の毎日。辛い事しかなかたった。でもそこしか生きていく場所がなかったから、私はその場所に居つづけた」
でも、と言って桂木は続ける。
「ある日、私の前にこう言ってきた人がいたわ。自分の人生は自分で選べ、その上でもしも助けが欲しいのなら叫べって。きっとその声を聞き届けてくれる誰かがいるはずだからって」
言うと桂木はまた一歩を踏み出し、手を差し出した。
「貴方が助けを求めているのなら、私が必ず助けてあげる。そして教えてあげるわ。貴方が生きる場所は一つじゃない。ここじゃない別の場所でも生きていけるんだってことを」
そう。かつて自分が助けられたように。
綺麗事、偽善者……そういう風に見える人間もいるだろう。実際、今の彼女は【特務係】ではない。ただの一般人でしかない。非力な一人の女性だ。
「う……うるさいっ、黙れっ。そんな安い言葉なんかに騙されるかっ」
ムラサキは【妖刀】の切っ先を向ける。少しでも斬られれば呪いがかかる。特にムラサキの場合は毒だ。死に直結してもおかしくない。無論、彼女もそれは知っているはず。
にも関わらず。
彼女は前へと進んだ。
「っ!?」
同時にムラサキは一歩後ろへと下がる。
おかしい、おかしい、おかしい。
相手は武器を持っていないただの人間。しかも女。組み伏せることなんて簡単だし、殺すことだって他愛ない。今すぐその刃で胴体を真っ二つにすればいい。それで何もかも解決できる。それは相手も分かっているはず。
なのに。それなのに。
自分に近づいてくるその思考が理解できない。
「来るな……くるなぁぁぁあああっ!!」
理解不能。ある種の恐怖が、ムラサキに刃を振るわせる。
この時点で不条は一歩出遅れた。桂木との距離は離れており、けれども彼女は既にムラサキの間合いの中に入っている。どう足掻いても間に合わない。
真上からの一撃に、けれども彼女は逃げない。
そうして。
「やれやれ。ここまで来ると綺麗事も馬鹿にできない」
そんな声と共に、ムラサキの刀は弾き飛ばされた。
何が、誰が、どうして……そんな疑問をこの場の誰もが想う中、不条は桂木を助けた男に視線を向けて、言葉を詰まらせる。
「あん、たは……」
「桐谷、さん……?」
そこには【常世会】幹部の一人・桐谷刈也が立っていた。
そして、いつも通りの不気味な笑みを浮かべて口を開く。
「こんばんは、お二人とも。今日は実にいい夜だ」
「どうして、ここに……」
「おやおや、これは奇妙な事を聞く。ワタシの目的は【研究所】だ。ならばここにいるのも不思議な話ではないだろう? 尤も、ここに来れたのは君らのおかげだがね。これは、年長者としての忠告だが、敵からの贈り物はよく確認することだ。中には盗聴器、なんてものをしかける輩がいるかもしれないからね」
右手に持っている黒い無線機。それを見た瞬間、二人は全てを察した。
だが、腑に落ちない点が一つ。
「……どういうつもりだ?」
その疑問は当然のもの。先程の一擊。敵対しているはずの自分達を彼は守ったのだ。
しかし、不条の言葉を不敵な笑みで返す。
「女性に凶刃が迫っていれば守るのは当然だろう。……さて、先刻忠告させてもらったように、ワタシの邪魔をするというのなら容赦はせんよ。だが……」
言いながら視線をムラサキ達の方へと向けると同時、一同は一歩後ろへと下がる。
その様子を見ながら、桐谷は続ける。
「しかし生憎とこちらは手が離せない。この状態で誰かがあの双子を連れて行ったとしても、それは仕方のないことだ」
その言葉の意味を不条と桂木は理解する。しかし、それ故に分からない。
それは、向こうも同じである。
「【常世会】の奴が……何で【特務係】の奴を助けるんだよっ」
「別に助けているわけではないのだがね。まぁ強いていくのならあの天堂が育てた兵士がどれくらいのものなのか、確かめてみたくなっただけだ。それともワタシ相手では怖いのかな?」
「―――いいよ、殺してやるよ、クソジジイ」
もはやムラサキ達の意識は桐谷へと向いていた。恐らく、これもあの老人の思惑通りなのだろう。
そして、その背中は告げている。
早く行け、と。
何かしらの作戦なのかもしれない。裏で思惑を働かせているのかもしれない。
しかし、それでも不条は言うのだ。
「すまない、感謝する」
敵である老人に言い残すとそのまま駆け出していく。
それを確認し、その上で桐谷は言い放つ。
「ではこれから『授業』を始めるとしようか。何、心配することはない。ワタシが教えることはただ一つ―――本当の強者というのがどういうものか、味あわせてやろう、クソガキ共」




