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十六話 逆襲①

 それは、異世界でのある日のことだった。


『ああ? 強い敵を倒すにはどうしたらいいか、だと?』


 不条の言葉にネイリングは呆れたかのように答える。


『そんなのオマエ、無理に決まったんだろ』

「無理って……」

『当たり前だろうが。自分よりも実力がある奴を倒す、なんてそんなもん矛盾してるじゃねぇか。まぁ不意打ちだとか、隙をつくとか色々ある。それこそ、オマエの場合なら【フルウィング】使えば強くなれるしな。だが、本当に強い奴っていうのは、そういう諸々に対処できちまう。まぁ、そんな奴は数が限られてくるが』


 だが、そういった連中は確実に存在する。

 異世界に来てからというもの、不条は闘いというものに足をつっこんでいる。今まで喧嘩もまともにしたことがなかった彼にとって自分より強い魔物はもちろん、人間だって山のように存在する。

 そういった者達とやりあっていくには実力がなければならない。そういう意味でなら【フルウィング】の能力はあっているといえばそうなのだが、しかし結局のところ、相手を斬れる実力がなければ始まらない。


『っていうか、そういうのは常日頃の努力とかで実力を高めてこそどうにかできるもんだろ。一朝一夕の力でどうこうできるもんじゃねぇだろ』

「そうだな……全く持ってその通りなんだが、お前に言われると全く説得力がないな」

『うるせぇ……しかしおかしなことを聞いてくるな。オマエなら、自分よりも強い奴と遭遇したところで、逃げると思ってたんだが』

「大抵の場合はそうする。が、常に逃げられるってわけじゃないからな。最悪の場合は想定しとくべきだろ。ほら、最後の切り札的な」


 逃げるが勝ち、というわけではないが、しかし結局のところ自分という人間ができる選択肢などそれくらいだ。今まで散々逃げてきた。その性格を今更変えられるとは思っていない。

 だが、それでも想定外の事態というのは存在する。

 逃げられず、戦うしかない。そういった状況になれば自分だって戦うしかないのだから。


『最後の切り札、ねぇ……まぁないことはないが』

「本当か」

『ああ。だが、これは禁忌の力。本来なら使うことが許されない代物だ。【フルウィング】と違って、こっちは使用するだけでオマエに絶大な力を授けるだろうよ。それこそ、最強と言っても過言じゃない程のな』


 ただし。


『だからこそ、その分の反動はでかい。何せ、禁忌だからな。払う代償は今までの比にならないぜ?』


 それはそうだろう、と不条は思う。

 今までだって寿命を少しずつ対価にしてきたのだ。それ以上の力を望むのだから、対価もそれ以上のものでなければ釣り合わないだろう。

 とはいえ、だ。これはあくまで想定の話。使えるかもしれないから聞くだけであって、使用するとは限らない。いいや、そもそもその使用に命を全て支払うとするのなら論外であり、使うわけがない。

 何せ、不条斬雄という男はどこまで行っても臆病者なのだから。


「で? その対価ってなんだ?」

『おっ、喰いついたな。何だ、気になるのか?』

「当たり前だろ。使うかどうか別として、どんな力で、何を対価にするのか、それくらい聞いておいて損はないだろ」

『ケケケッ。まぁオマエがそういうんなら仕方ない。特別に教えてやる。その対価ってのはな―――』


 そしてネイリングから詳細を聞いた不条は決意した。

 自分は絶対に、この力を使うことはないだろう。

 例え、自分が死ぬかもしれない状況になったとしても。


 *


 目が覚めると知らない天井があった。


「……最近多いな、このパターン」


 そんな事を口にしながら上半身を起こし、周りを見る。白いシーツのベットに消毒液のキツイ匂い。どうやらどこかの病院の個室らしい。その個室のベットに上に自分は寝かされている状態だった。

 などと状況を整理していると。


「不条さんっ!!」


 ドアが開いたと同時、桂木が飛び込むように病室へ入ってきた。


「目が覚めたんですね、よかったぁ……心配したんですよ!! 帰ったら家は荒らされてるわ、シロさんとクロ君はいないわ、血まみれの不条さんは倒れてるわ、もうパニックです!!」

「あ、ああ。それは大変だったな。悪い」

「悪い、じゃないです!! 謝るのは私の方で、私がみなさんを守るべきだったのに、油断して家を空けてしまったばっかりに……」


 守るべきだった。

 その言葉に、不条は俯きながら答える。


「……いや。あれは誰がいたって結果は変わらなかった。ああ、違うな。また言い訳をしそうになった。これは、完全に俺の実力不足で、俺の責任だ。俺が弱かったから、あいつらを攫われちまった」


 そう。守るべきだったのは自分。力の限りを尽くして、死力を尽くして、それでも助けるべきだったのだ。

 だというのに今、自分はベットの上でこうして寝ている。

 ふと、そこで違和感を覚える。

 不条は天堂に深手を負わされたはず。だというのに、自分にはその傷跡はおろか、包帯すら巻いていない状態だ。


「……俺は、確かに斬られたはずなんだが……」

「私が見つけた時には、不条さんは血まみれでしたが、傷はありませんでした。恐らく」

「シロ、か……」


 彼女の【妖刀】―――『清正』の力は治癒。その力で傷を塞いでくれたのだろうということは容易に想像できた。


「あの時急に目の前が真っ暗になって……」

「それは、眠りの術だろう」


 不意に聞いた覚えのある、けれども聞きたくもない男の声が聞こえた。


「【剣鬼】が扱う術の一つでね。対象の者に急激な眠気を誘うものだ。もっとも、相手が動かずじっとしていなければ使えない代物だがね」


 ふと視線を入り口へと向ける。そこにはやはり、桐谷が立っていた。


「……どうしてあんたがここにいる?」

「いや何。部下から君が天堂とやりあったと聞いてね。話を聞きにきたまでだ。まぁ……そちらのお嬢さんにも用はあるんだが」

「ひぃぃぃっ!?」

「ひひひっ。そんなおびえなくてもいいだろうに」


 ふと桐谷は持っていた籠を「ああ、見舞いの品はここでいいかな?」と言いながら、棚の上に置く


「安心したまえ。先日の失態は自分の責任だ。君は上手くやり、私は騙された。それだけのことだ。その件について、どうこう言うつもりはない」

「は、はぁ……」


 言われるものの、未だ怯えている桂木から視線をこちらへと向ける。


「随分とやられたようだな」

「ああ、おかげさまで」

「ひどい言いがかりだな。だが、それで十分理解できただろう。君が相手にしようとしている人間……いや、【剣鬼】がどういう奴なのか」

「……何が言いたい」

「分からないかね? ここで、この件から手を引けと言っている」


 その言葉に目を細める不条をしかして桐谷は歯がにもかけない。


「ふざけるな、と言いたげな顔だな。しかし、ワタシとしては十分真面目だ。君の実力では奴には敵わない。それは、既に身にしみているだろう?」


 その言葉に反論する余地はない。

 不条は天堂と戦い、そして敗北した。いいや、戦いになる以前に敗北していた。


「あの男はああ見えて幹部を務めていた男だ。人間個人はもちろん、武装した集団でも相手にならないだろう。無論、少し腕に覚えのある者が挑んだところで結果は見えている。今度戦えばもはや命の保証はない。いや、確実に殺される」

「そんな事……っ」

「分かっている、と? 怖くない、と? いいや、いいや。それはないだろうに。何故なら君は逃げる事には慣れているが、相手を倒すことには向いていない。それが君の戦闘スタイルだ。だが、それでは奴に勝てない。それは君が一番よく分かっているだろう?」


 生き残ることだけを考えてきた。だからそのためならば何でもやってきた。だからこそ、余計な戦いを避け、勝てない相手からは逃げてきた。逃げて、避けて、防いで、そしてまた逃げる。その繰り返し。そんな自分の在り方を桐谷は見抜いていたのだ。


「そして、これは君達【特務係】にも言えることだ」

「それは、どういう……」

「今晩、我々は【研究所】の連中に対し、殲滅作戦を行う事を決定した」

「殲滅作戦って……!? 正気ですか!?」

「ああ、正気だとも。あの少年を取り戻した天堂はもはやこの街に用は無くなった。恐らく今晩中に街から離れるだろう。そして、外の組織と手を組む気だ。そうなってしまえば、我々は無論、君らにとっても困る事態になるはずだ。何せあの少年の力は、言ってしまえば【剣鬼】を創り出す能力。【剣鬼】の数を人工的に増やせるというのはどこの組織も狙っているだろう。そして、手に入れてしまえばそれこそ戦争が始まる」

「そうなる前に……」

「ああ。天堂、そしてあの子供達共々、【研究所】を潰す」

「ふざけるなっ!!」


 不条の怒号がすかさず飛んだ。


「あいつらは……まだ子供だ。子供なんだぞ。それを大人の勝手な都合で殺すっていうのかっ。笑い話にもならない」

「ああそうだ。これは笑い話等ではない。放っておけば、必ず厄災が起こる。我々はそれを看過することができない……というのが上の方針でね。まぁワタシとしても否定するつもりはないよ。そして、それは君の上司も同じ意見だろう」

「……どういう意味、ですか」

「我々の取り決めは互いに互いの邪魔をしない。そして身内に手を出さない。そういったものだ。だが、あの二人は君らの手元から離れ、天堂の手に渡った。これが、どういう意味か、君ならわかるんじゃないか?」

「……連中の手に渡った時点で、シロさんとクロ君は我々の保護下から離れた。だから彼らを殺したとしても取り決めを破ることにはならない」

「そういうことだ。加えて言うのなら、今度の作戦の邪魔立ても一切認めない。それこそ、契約違反とみなされるだろう。つい先ほど、そちらの上司に忠告し、受け入れてもらった」

「それで、俺らにも釘を刺しに来たってわけか」


 幹部がわざわざご苦労なことだ……そんな言葉を吐き捨てる。


「なら、俺も【特務係】とは手を切るだけだ。そうすりゃ俺は【特務係】とは何の関わりのない一般人だ。俺が何したところで、あんたらの取り決めを破ることにはならない」

「不条さんっ!? 何を……」


 唐突な不条の言葉に桂木は驚きの言葉を挙げる。

 一方の桐谷も同じく予想外と言わんばかりな表情を浮かべていた。


「これは驚きだ。そこまでするかね、あの二人に。それはあまりに無謀で、無知で、無茶だ。はっきり言って、君、そんな性格じゃないだろうに……まぁいいだろう。そうしたければそうするがいい。だが、我々の邪魔をするというのなら、相応の覚悟をしたまえ」


 桐谷はそのまま立ち去って行く。忠告はしたぞ、と言いたげな背中を見せながら。

 それを確認した後、不条は桂木に向かって言う。


「桂木。あいつらは今、どこにいる?」

「まさか、本当に行くつもりですかっ!? 無茶ですっ。相手は【研究所】の【剣鬼】ですよ、いくら数が減っているからって危険すぎますっ。それに場合によって【常世会】も敵に回すかもしれないんですよっ」

「だったら、【常世会】も相手するまでだ……心配するな。迷惑はかけない。お前の上司には俺が【特務係】とは手を切ったと伝えてくれ。後は場所さえ教えてくれれば、一人で何とかする」

「一人でって……そんな事させられるわけないじゃないですかっ。不条さん、今の貴方は暴走してます。焦る気持ちも分かりますけど、今は……」

「今は、何だ。シロとクロが攫われて、それを追ってる【常世会】の連中はあの二人ごと始末しようとしてんのに、黙って安静にしてろってか? ……冗談じゃねえ」


 鬼気迫る顔つきで桂木を睨む。その中には殺気も交じっていたかもしれない。しかし、そんな彼に対し、彼女は一歩も引くことなく、告げる。


「落ち着いてください。こんなの、いつもの不条さんらしくないじゃないですか」

『ああ、全くその通りだよ、嬢ちゃん』


 今まで何も言ってこなかったネイリングが、ここでふと言葉を漏らした。それは怒りのような、呆れ果てたような、そんな声音。


『こいつは基本、ダメ人間だ。何事においてもまずは自分の事が大事。勝てない相手と戦うなら逃げる。死ぬかもしれないのならとにかく逃げる。逃げて逃げて逃げて、そんで生きてきたクソ野郎さ。その醜いまでも生きようとするあり方は、まぁ人間らしいと思っていたんだがな』


 だが、と言って一拍置いた後、再び話を続ける。


『最近、何か妙になってきてなぁ。子供を助けたいだの、人助けがしたいだの、らしくないこと並べやがる。挙句はこの様だ。ボロクソにされながらも、他人を救おうとしてやがる。気色悪いったらありゃしねぇ』


 それはお前ではないと。

 そんな姿は不条斬雄ではないと。

 相棒は語るのだ。


『なぁ不条斬雄、マイマスター。オマエ一体何様のつもりなんだ? 目の前で困ってる見知らぬ人間を命がけで助ける……言葉の上じゃ確かに高尚だ。だがな、それはあくまで言葉の上、綺麗ごとにすぎねぇ。っていうかよ、何で赤の他人に身体はれんだよ。子供だから? 助けを求めてたから? おいおい冗談も大概にしろよ。そんなもんで人は自分の命を懸けられないんんだよ……今のお前は正義の味方でも物語の主人公でもねぇ。ただの頭が狂った異常者でしかねぇって自覚あるか?』


 弱きを助け、強気を挫く。その心掛けは立派だ。決して間違ってはいない。

 だがしかし、それは自分には、不条斬雄には似合わず、当てはまらない。

 そんな資格はないのだと、告げられたのだ。


「俺、は……」


 反論しようとするも、言葉が詰まる。それは、ネイリングが言っている事を否定できないから。その通りだと呟く自分がいる。


『なぁ、もういいだろ。いい加減、慣れないことはやめろよ。あの嬢ちゃんも言ってただろう。お前はよくやった。大人としての義理やら義務やらは、当の昔に果たしてるだろ。ここから先、お前のような外野が口を出していい道理はないし、理由もねぇ。違うか。なら、ここらいつものお前に戻れよ。そう、いつも通りに逃げればいいんだよ』


 逃げればいい。

 その言葉は不条の人生にいつもついて回ってきた。

 勉強が辛ければ逃げればいい。どうせ頑張ったところで一番になれるわけでもない。もし一番になれたとしてもつらい思いを一生続ける気力などない。

 スポーツが苦手ならば逃げればいい。努力をどれだけ積み重ねたところで、才能を持つ者に勝てるわけがない。それでも上を目指す飢えもない。

 仕事が嫌なら逃げればいい。別にどうしてもしたい仕事というわけでもなかった。それでも続けたのは関わってきた人たちへせめて迷惑にならないようにするため。

 そうやって逃げて逃げて逃げ続けてきた。そんな人生を歩んできたからか、異世界で「お前は必要ない」と言われた時、思ったのはただ一つ。

 良かった。面倒に巻き込まれずに済む。

 大勢の子供達が戦いを強制させられ、中には命を落とした者もいた。そんな中、戦力外だと言われ、自分のためだけに戦ってきた。それは辛く、苦しく、楽しいことばかりではなかった。それでも魔王退治という一番の厄介ごとに首を突っ込まなくて、安堵していたのだ。

 そして、彼らが命掛けで魔王を退治した後、自分はのうのうと元の世界へと戻ってきたのだ。

 不条斬雄の人生とは、つまりそういうものでしかない。

 その事実を再確認した後、苦笑する。


「逃げればいい、か……確かに。そうだな。いつも通りに逃げれば、確かに楽だな」

『だろ? なら……』

「けどよ―――それはできない」


 重く、けれども強い意思で不条は呟く。


「ネイ、それはできないんだよ。俺はもう、逃げないって決めたんだ」

『ああ?』

「俺は生きてきた中で、ずっと逃げてきた。楽な方へ楽な方へ、ずっと逃げてきた。現実から逃げたいと思ったこともあった。だから異世界に召喚されたのかもしれない。そして異世界でも俺は逃げ続けた。戦いから、責任から、覚悟から。子供が世界の命運をかけて命貼っている間、俺は自分の命可愛さに知らぬふりを通した。そして生き残った。多くの、子供達の命の上で、俺は生き残って帰ってきた……その事を情けないと思わない日はない」


 闘わなくてよかった安堵。しかし、それについて回るのは本当にそれでいいのかという罪悪感。それを感じないほど不条という人間は屑ではなかった。


「そして気が付いたんだ。俺の人生には何もないって事に。空白だ。真っ白だ。異世界にいた頃は帰ることだけを考えていたが、いざ帰ってきたところで何かしたいことがあるわけでもない。もう俺の人生には何もない。そうだ。そうだよ。俺はいつもそうだ。自分で何もつかもうとしてこなかった。 流され、与えられたことしかやってこなかった。そして、結果を残してこなかった」


 何も手に入れようと思わなかった事の報い。向上心の無さを絵に描いたような人間にとって当然の人生であり結果。

 そして、このままただ朽ちるのを待つだけなのだと、そう思っていた矢先。


「そんな時、俺の目の前にあの二人がやってきた」


 銃を持った双子が自分の下へと転がり込んできたのだ。


「最初は面倒事はごめんだと思った。けどよ、一緒に飯食って、喋って、遊んで……こいつらと一緒にいるのは悪くないって、楽しいって思うようになったんだよ」


 それは他愛のない日常。誰かと一緒にいるという普通の人間にとってみれば何のことはない光景。

 だが、誰とも本気で関わろうと思わず、何も手にしてこなかった男からしてみれば、どんな宝石よりも価値がある代物だったのだ。


「今更自分の性格を変えられるとは思ってない。自分の人生に意味を見出す、なんてことも考えてない。これは俺が選んで進んできた人生だ。なら、それを受け入れる。だが、あいつらは違う。あいつらにはまだ未来がある。これから生きるべき権利がある。それを奪われることが、俺には我慢できない」


 自分の人生は無価値で無意味だった。それは別に構わない。

 だが、あの二人の人生までそんな未来になるのは嫌なのだ。


『……それが、お前が命を張る理由か?』

「俺は大勢の子供を助けなかった。それを贖えるとは思ってない。けどよ、それでも、せめてあいつらは……あいつらぐらいは、助けてやりたいと、そうおもったんだよ」


 別に正義の味方になるつもりはないし、物語の主人公を語るつもりもない。ただ、助けたいという思いが今の不条を突き動かすのだ。


『しかしよぉ、そりゃあお前、結局のところ自己満足ってことだろ?』

「否定はしない。どんな呼び方されても構わない。だが、これは俺が自分で決めたことだ。そして―――もう逃げないと、そう決めたんだ」


 シロは「助けてほしい」とは言わなかった。クロは「救ってほしい」とは言わなかった。

 彼らは何も言っていないし、望んでいない。だから不条の行動をエゴだと、自分勝手だという者もいるだろう。そして、その通りだ。不条は自分がやりたい事をやり通そうとしているだけにすぎない。

 我儘であっても、身勝手であったとしても、自分が決めたことを、やりたいことを最後までする。

 それだけの、シンプルな話なのだ。

 不条の言葉を最後まで聞いたネイリングは幾何かの時を開けた後『けっ』と呆れかえったかのように呟く。


『ここまで言っても変えないとは、相当にイカれちまったな、オマエ』

「かもな……お前には最後まで面倒かける。すまない」

『ハッ、それこそ今更だ。オマエはオレ様のマスターだ。なら、俺はそれに従うまでだよ』

「ああ……ありがとうよ」

「……馬鹿じゃないですか」


 ふと、今まで黙っていた桂木が口を開いた。


「傷ついて、ボロボロになって、そんな状態になってまで、命を懸けてまで二人供を助けようとして、救おうとして……そんなの見せられたら、尚更放っておけないじゃないですかっ」


 言いながら、彼女は自らの携帯を取り出す。そして、数秒後相手が出た途端。


「係長。私、今日限りで【特務係】やめます。……理由とか事情とかはまた今度説明します。それじゃ」


 言い終わると同時、彼女は相手側の声が聞こえるにも拘わらず、そのまま電話を切った。

 あまりの事で、目を点にさせる不条に桂木は苦笑しながら言う。


「これで、私も【特務係】とは関係ない一般人です。さ、行きましょうか」

「は、えっ、お前……」

「何驚いてるんですか。ほら、さっさと仕度してください」

「ちょ、ちょっと待て。驚くなって、そりゃ無理だろ。大体、これは俺の勝手な都合でお前には関係……」

「関係ない……わけないじゃないですか。今日まで一緒に暮らしてきたんですよ? 私だって二人を助けたい気持ちに変わりはありません」

「だからってお前……仕事を辞めるって、考えなしにも程があるだろ。これからどうするつもりだよ」

「うーん、そうですねぇ。とりあえず、この件が終わったら、責任取って一緒に仕事探してくださいね。このご時勢、再就職するのは中々難しいですからねー」

「いや、それが分かってるなら……」

「だから」


 桂木は人差し指で不条の言葉を止める。

 そして、屈託のない、微笑みを浮かべながら。


「一緒に……みんなで帰ってきましょう」


 そう、言い放った。


「……ああ。もちろんだ」


 自らの言葉と共に不条は己の中で覚悟を固めたのだった。

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