十四話 奇襲①
不条がシロとクロに出会って丁度一週間。カレンダー上でいうなら一二月三一日、つまりは大晦日。外では昨日から降っている雪が積もりにつもっており、『鷹末』にとっては珍しい雪景色となっていた。
この時期になればテレビなら年末特番などで一色となっている。実際、不条達が見ていたテレビも今年の紅白歌合戦ついてや年末の番組についての話がほとんど。ただ、時折入ってくる報道ニュースは無視できないものとなっている。
『―――続いてのニュースです。先日街中で起こった謎の火災について警察はガス漏れ事故だと発表しました。年末に近づくにつれての不審火には十分注意してください』
たったそれだけの一文。しかし、このニュースを見て、「あー、そう処理したっけ」とつぶやく桂木に不条は問う。
「これも抗争のやつか?」
「ええ。あの辺りで大きな衝突があったそうで。何人かは捕縛できたんですが、被害が隠し切れないものになってしまって、おかげでこのありさまです」
と目の下のクマを指さしながら苦笑する。
この一週間、桂木は抗争の処理に駆けずり回っていたらしい。本来なら不条達を保護する、という名目を守るべきなのだが、そんなことを言っていられない程、状況は厳しかったらしい。
「けど、もう【研究所】側はほとんど壊滅状態に追い込んだので、これ以上の被害はないと思いますよ。元々【常世会】の傘下にあった組織みたいな形ですから、その大元とウチを敵に回したとなれば、こうなるのは時間の問題だったと思います。ただ……天堂は未だつかまってません。それに、天堂が実験によって誘拐した子供達の行方もまだ分からない状態です。いくら戦力を削いだとはいえ、天堂をどうにかしない限り、事が収まることはないでしょう」
それはそうだ。元凶をどうにかしないことには、解決というわけにもいかない。
「何か対策はしてあるのか?」
「近いうちに【常世会】の方で大規模作戦が実行されるそうです。ウチはそれに手を出さない、という形になりました」
本来ならば、法の機関である【特務係】が処理するべきことなのだろうが、相手は【常世会】
の組織。その【常世会】がケリをつける、というのならそれに従うべきだろう。
「とはいえ、です。【研究所】が勢いを失ったのは事実です。そういうわけで、そろそろ私の家を出ようと考えます」
その提案は妥当なものだった。
ここにきて一週間。狙われているにも関わらず、移動しなかったのは敵が移動中に襲ってくることを考えてのこと。
もう一つの【常世会】も現在は【研究所】の相手をしており、さらには【特務係】の関係者には一切手を出さない、という約定を果たしている。
ならば、その約定が生きている今現在こそ、彼らを安全な場所へと移す絶好の機会だ。
「それはいいんだが……今度は大丈夫なんだろうな」
「安心して下さい。新しい事務所を用意するにあたって、ダミーもいくつかしかけさせてもらいました」
「ダミー?」
「事務所を複数買い取ったんです。もしも襲撃されるとしても、その確率は大幅に減ると思います。それに嘘の情報いくつか拡散しておきましたら」
それはまた、金のかかる罠の張り方だ。
「そういうわけで、早速移動の準備を……」
その刹那、桂木の携帯から軽快な音楽が鳴り響く。「ちょっと待ってくださいね」と言いつつ電話に出る。どうやら相手は上司らしい。
最初はいつも通りの元気な声音だったのだが、それがだんたんと落ちていくことから内容はあまりよろしくないものなのだろう。
そして数分後、「では、また後で」と言いつつ携帯を切った。
「問題発生か?」
「やめてくださいよ、まるで私の携帯が鳴る度に厄介事がやってくるみたいな言い方……まぁ実際問題発生なんですけど」
はぁ、と大きな溜息をつく。
「それで、どんな問題なんだ?」
「今朝方また【研究所】と【常世会】の衝突が相次いだそうで……その事後処理に行くように、と……」
「なるほど……それなら仕方ないな。だったら移動は後日か?」
「いいえ。そういうわけにも行きません。後回しにしてしまえば、何かしらのトラブルが発生する可能性もありますし。それに、事後処理も今日一日使えば何とかなるような内容なので、取り敢えず、移動は夜、ということで。それまでに荷物をまとめておいてください。クロ君とシロさんにも言っておいてくださいね」
それじゃ、と言いつつ、桂木は出て行った。
相変わらず、忙しない女である。
*
「それで? みこはそのまま仕事へ行った、と」
「ああ、そうだ」
「……逃げたわね」
桂木の言葉をそのまま伝えるとシロはそんなことを呟いた。
逃げるもなにも、彼女は仕事で出て行ったのだが……しかし、シロの言い分も不条には一応理解できるものだった。
「今日という今日は、この惨状の有様をどういうことか説明してもらおうとおもったのだけれど」
この惨状。正確に言えば、脱ぎ散らかした服やコンビニの弁当や惣菜のパックの山、その他の洗濯物、ゴミの数々……それらが一挙に纏まって桂木の部屋に散乱していた。
「これは流石にひどいな……」
「あなたが言えた義理ではないんだけど」
確かにその通りである。
「っていうか、何? 何なの? わたし、昨日もこの部屋片付けたはずなんだけど、どうして一日、いいえ一晩でここまで部屋を汚くできるの? もしかしてあれかしら。わたしに対する挑戦? もしくは嫌がらせ? 自分の部屋を勝手に掃除するなという忠告? 何にしても質の悪いことにはかわりないのだけれど」
「どうだろな。あいつがわざとそんな事をするとは思えないんだが……」
「そうね。そうよね。わたしもそう思う。っということは、別に嫌がらせでも何でもないってことよね? つまりは、彼女にとってこれが『自然』ってことよね? その認識で間違っていないってことよね?」
鬼気迫る勢いでこちらへ確認を取るように聞いていくる。口元はニヤリとしているものの、その瞳は明らかに笑っていない。むしろ怒りを通り越して呆れている、といった具合か。
そこへすかさずクロがフォローに入る。
「し、しょうがないよ。桂木さん、ここ最近帰ってくるの遅いし、疲れてるんだよ、きっと。だから家事や片付けくらい、ぼくらがやってあげようよ」
「ええそうね。そうでしょうね。わたし達は住まわせてもらってる身なんだから文句を言うのは筋違い。ええ、ええ。分かってる。分かってるわ、そんなこと。でも、でもね……流石にこれは女として失格でしょうがっ!!」
怒声が部屋に響き渡る。だが、この場において今のシロに立てつける者は誰一人としていない。むしろ、桂木がいなくて良かったかもしれない。いれば、確実に一時間以上の説教コースが待っていただろう。そして、クロや不条も巻き添えになるのは目に見えていた。いや、実際今もこうして巻き込まれているわけだが。
「皺だらけの服っ! 中途半端に潰してる缶ビールっ! おつまみとして買った菓子類の袋っ! どうしてこれを放って置きっぱなしにできるのか、わたしには理解できない、いいえ、したくないっ!! っというか、こんな状態の女子の部屋を見て、きりおはどう思うの?」
「いや、その汚いなって……」
「それだけっ!? じゃあ聞くけど、こういう女性と付き合いたいと思える!?」
「それは……無理だな」
「でしょう!? 無理でしょう!! といっても、きりおの家も相当汚かったけどっ!! 絶対に付き合っている女子はいないと思ったわ!!」
痛いところを突かれる。そして、真実なので言い返せないのがまた辛い。
「とにかく! このままこの家を出るわけにはいかないわ。そういうわけで、今日は全員で掃除よ」
「ええー、またー? 一昨日もしたばかりじゃ……」
「黙らっしゃい!! こんな状態で出て行くなんて、わたしのプライドが許さないわっ。さ、取り敢えずこの部屋から片付けるわよ。ほら、分かったらゴミ袋と雑巾持ってくる!!」
リーダーシップを発揮するシロに不条もクロも逆らわず、ぶつぶつといいながらも従う。こうなった彼女に対しては何を言っても無駄であり、口論したところで負けるのは目に見えていた。
それからというもの、ここにいるのも今日が最後ということで大掃除が始まった。無論、桂木の部屋だけではなく、各部屋全て。
まぁそれだけの広さをやるとなれば時間もかかるわけであり、最後の部屋をする頃にはすっかり陽も沈みかけていた。
「あとはここで終わり、か……全く、シロの綺麗好きにも困ったもんだな」
「本当ですよ。研究所にいた頃も暇さえあれば掃除掃除ってうるさかったんです」
「それはまた大変だな」
「まぁおかげで衛生環境は整ってましたけど」
そりゃそうだろ、と呟く不条。毎日毎日、あれだけ掃除をするとなれば、部屋だって綺麗なものだろう。実際、汚い部屋で住みたい人間など、誰もいない。
「こりゃ新しいとこ行っても、すぐに掃除だって言い出しそうだな」
「そうならないことを祈りますよ」
勘弁してほしい、と言わんばかりな表情で言う。
「……クロ、一つ訊いてもいいか? お前、これから何かしたいこととかあるか?」
「どうしたんです? 突然」
「いやな。この前シロに何かやりたいことはないのかって聞かれたとき、何も答えられなくてな。色々と考えてるんだが、イマイチこれだってものがない。お前、どこか行きたいところとか、やりたいこと、あるのか?」
その問いにクロは俯き、間を開けながら返答する。
「正直……ぼくもありません。そんな事、願ったりするなんてやっぱりおこがましいっていうか、そんな権利ないんじゃないかって思ってしまって……」
クロの言い分は尤もであり、理解できる。自分だって同じ立場ならそう思うはずだ。ここでそんなことはないだの、気にするなだのとは到底言えない。
「だったら、取り敢えず海に行くか」
「え?」
「いやな、シロがわたしは海が見たいって言ってたもんでな。やりたいことがないなら連れてけだとさ」
「また強引な……」
「けどまぁ、やりたいことも、やるべきこともないのは事実だ。お前の場合は違うが、それでも妹に付き添うことくらいは別にいいだろ。それで楽しく過ごしても誰も文句は言わねぇよ。とはいえ、だ。流石に冬の海は寒いからな。夏までお預けってことで。それからのことは、その時考えればいいんだしな」
「……そうですね。不条さん」
「ん?」
「ぼく、泳ぐの苦手なんで、その時は教えてくださいね」
……男に泳ぎの指導とか、嬉しくないことこの上ない、と思いながらも不条は「考えとくよ」と返す。
「んじゃ、これもさっさと片付けるか。煩いのが来る前にな」
はい、と返事をするクロの表情は、どこか明るく感じたのは気のせいではないだろう。




