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十二話 代償③

食事が終わり、不条は一人ベランダに立って夜空を見上げていた。


「何一人で黄昏てんのよ」


 振り返ると風呂上りのシロが髪の毛を吹きながらそこに立っていた。桃色のパジャマはぶかぶかであり、サイズが合っていない。故にか、胸元が少しはだけていたため、すぐさま視線を逸らす。


「? 何よ」

「別に何も。っていうか、そんな格好で外でたら風邪ひくぞ」


 いいながら、自分の上着をシロに渡す。臭いか、それとも自分のものというのが嫌なのか、明らかに険しい顔をしていたが、受け取ると同時に即座に着る。


「……あったかいわね」

「そりゃさっきまで俺が着てたからな」

「あなたは大丈夫なの?」

「別に。これくらいは余裕だ」


 あっそ、と相槌を打つとシロはしばらくの間、夜景を眺めていた。


「……あなたの話、信じてあげるわ」

「? 何だ藪から棒に」

「だから、異世界に行ってたってことよ」


 言われて、理解する。と同時に大きなため息を吐いた。


「っていうか、まだ信じてなかったのか」

「当たり前でしょ。喋る剣を持ってたって、大した証拠にはならないんだから」

「結構驚いていたくせに……じゃあ今更なんで?」


 不条の問いにシロは視線をこちらに向けながら答えた。


「……あなたは【研究所】とわたし達の関係を知った。それでもクロを助けてくれた。こうして守ってくれてる。なら、信用するほかないじゃない?」


 小首を曲げながら笑みを浮かべるその表情はシロが不条に向けて初めてみせたものだった。

 そして、瞳を夜空へと再び向けながら、彼女は続ける。


「お願いがあるの。クロを嫌わないであげて」


 それはシロから初めて言われた「お願い」だった。


「クロがあんな連中に手を貸したのはわたしのせいなの」

「だろうな」


 言うとシロは驚いたような顔つきでこちらを見る。


「そう難しい話じゃねぇだろ。あのクロが子供にんなことする理由っつったらそれくらいしか考えられねぇからな」


 クロという少年に出会って、不条は未だ日が浅い。だが、あの少年が子供を死ぬかもしれない実験に自ら協力するとは思えない。考えられるのは脅し。そして、脅しに効果的なのは大事なものを壊す、ということ。

 つまり、シロというわけだ。


「シロ、こっち向け」

「何……ぎゃっ」


 振り向きざまにデコピンをかますと、奇妙な声を上げる。


「な、何すんのよっ」

「お前もふざけたこと抜かすからだ。嫌わないでほしいだぁ? んなことだったらさっさとお前らなんか見捨てて逃げてるっつーの。それともなにか? お前らには俺がそういう人間に見えるっていうのか?」

「……、」

「俺はロクでなしだが、クズのつもりはない。困ってる子供がいたら助ける。でもな、俺だって神様仏様じゃねぇんだ。誰でも助けるわけじゃねぇし、救えるとも思ってない」


 ただ。


「お前らは何というか、悪い奴じゃないって分かったからな。放っておけなかった。これはそれだけの話だ」

「悪い奴らじゃないって……わたし達、思いっきりあなたに迷惑かけたんだけど」

「そこは自覚あるのか」


 言われ、うぐ、と唸る。

どうやら彼女も反省、というか罪悪感は持っているようだ。


「とはいえ、俺がされたことって言え銃で脅された程度のことだからな」

「それを程度って言えるあなたの感覚はおかしいと思うのだけど」

「確かに。でもよ、そっちだっておかしいだろ。普通脅してる相手の部屋片づけたり、飯作ったりしねぇぞ」


 とはいえ、だからこそ、彼らのこと、放っておけないと思うようになったわけだが。 


「……変な人ね。お人よしにも程がある」

「さてな。変人呼ばわりはよくされるが、お人よしっていうのは違うと思うぞ。基本、俺自分のことしか考えてないから」

「だとしてもわたしから見れば十分人が良すぎるわよ。そういうところは、クロと一緒」

「あいつと……?」


 言われて思わず首を傾げそうになる。


「……クロはね、昔から優しい性格だった。自分のことをどれだけ馬鹿にされても、傷つけられても怒らないし、やり返さない。でもね、わたしが殴られたり、馬鹿にされたらすごく怒ってくれるの。まぁ、あんななりだから結果はいつもボコボコにされたけど」

「そうだな」

「でも……でもね。どれだけボコボコにされても、どれだけ自分が傷ついても、最後まで立ち向かっていく姿は……」

「格好良い?」


 不条の言葉にシロは小さく頷く。


「自慢の兄貴ってわけだ」

「頭に情けないがつくけどね。まぁ、あなたもどうしようもないダメ人間っていうのは同じかもしれないけど」

「余計な一言が多いんじゃないか? 事実だが」

「それを素直に認めちゃうところがまたダメなのよね……自覚がありながらそれを変えようとしないんだから」

「生憎とこの性格で生きてきたからな。もうどうしようもない」


 ああいえばこういう。そんなやり取りが気兼ねなく続いた。


「そういえば、思ったんだけど。異世界の話が本当だとするなら、あなた、実年齢は三十五歳なんじゃない? ってことは、ある意味年齢詐称ね、それ」

「こらこら、言いがかりだぞ。確かに精神的な面ではそうかもしれないが、肉体的には嘘偽りはない」

「まぁ、そうなのだけど……何でしょうね、この言い表せない腹立ちは」


 いや、勝手に腹を立たれても困るのだが……。


「異世界じゃそういうことは珍しくないの?」

「さぁな。異世界の全てを知り尽くしたわけじゃないからな。少なくとも、俺の近くには若返りの術やら不老不死やらを使う魔法使いはいなかったな。不死身な騎士とかはいけど」

「そういうのはいたんだ……」

「ただし、外見は骸骨だが」

「うえ……羨ましくない」


 それはそうだろう、と不条は思う。本人もあまり自分の姿が好きじゃないって言っていたのだから。


「ねぇ。異世界の話、聞いてもいい?」

「どうしたよ、急に」

「いいでしょ。聞きたいのよ」

「子どもか、お前は」

「子どもなんでしょ? わたし達は」


 言われ、言い返せない不条は「全く」と呟きながらも思い浮かべる。


「……そうだな。じゃあまずは、俺が行った国の話でもするか」


 そうして不条は己が体験した異世界の話を語っていったのだった。

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