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十一話 代償②

「嘘をついていてごめんさない」


 顔を見た途端、クロは唐突にそんなことを言いながら頭を下げた。それが一体何のことなのかを聞き返すのは野暮というもの。

 取り敢えず、不条は彼の肩に手を乗せながら言う。


「気にするな。人に言えないことくらい、誰だって持ってるもんだろ。それこそ、今回は内容が内容だ。そう簡単に打ち明けられないのは当たり前だ」

「でもっ……でも……それでも、ぼくが大勢の命を奪ったことは変わらないし、そのことを命の恩人であるあなたに言わなかったことは事実だ」


 その内容は確かに言い変えようのない真実なのだろう。

 クロが大勢の子どもの人生を台無しにしたこと。中には命まで奪ってしまった者もいること。そしてその事を黙っていたこと。これを別にどうでもいい、という一言では片付けるわけにはいかないだろう。


「確かにそうだ。そして、これはもう言ったが、お前がどれだけ謝罪しようと、どれだけ悔い改めようと、お前が奪った子供の人生は返ってこない」

「ちょっと不条さん、それは言い過ぎじゃ……」

「いいんです、ミコさん。不条さんの言うとおり、ぼくの罪は何をしたって消えない。それから逃げることはできないんです。それに不条さんはぼくたちが巻き込んだんです。どんな事を言われようが文句はありません」


 握りこぶしを作りながらそんなことを口にするクロ。

 正直なところ、クロの苦悩を不条は知らない。彼がどんな心境で命を奪ったのか、いや奪うように仕向けられたのか。当人でないのだから分からないのは当然だ。

 だが、彼が今、そのことから目を背けず、気弱ならがも向き合い続けているのは理解できた。

 ならば、だ。やることなど一つに決まっている。


「クロ。ちょっとこっち向け」

「? えっと……痛っ」


 顔を上げたクロに不条はすかさず、デコピンを食らわす。

 あまりにも予想外だったためか、クロはそのままおでこを抑えるような形で不条に視線を寄せる。

 唐突だったためか、驚きもあって涙目になった。


「え、あ、な、何を……?」

「今のでチャラにしてやる」

「え?」


 何のことか分からないと言わんばかりな、素っ頓狂な声が出てしまった。


「昨日俺を巻き込んだことも、今さっきのことを黙ってたのも、これから巻き込まれることも、全部ひっくるめて今ので全部チャラにしてやるって言ってんだよ」


 確かに不条は今回の件には巻き込まれる形となって関わった。けれど、不条にはいくらでもこの状況から抜け出せる機会はあったのだ。それをしなかったのは自分の意思。

 その上で、彼は最後にこう言ったのだ。

 これから巻き込まれることも、と。


「どう……して……」


 震えた声で、クロは尋ねる。


「ぼくは……大勢の子どもを殺したんですよ……? 脅されていたとはいえ、やりたいと思っていなかったとはいえ……ぼくは人の命を奪ったんですよ!?」


 それは、初めてクロが見せた激昂。いや、自らに対しての憤怒か。

 自分の罪は絶対に許されない。そう断じている。

 しかし。

それでも不条は言うのだ。


「そう思ってるんなら、それで十分だろ」


 そう、言った。

 その言葉にクロはおろか、シロまで顔をポカンとさせてしまっている。そして、桂木は微笑している。まるで、彼ならそう言うと分かっていたかのように。


「人の命を奪っておいて何も感じない奴を助けたとなったら、俺の目が腐っていたってことだからな……だから、そうじゃなかったと思えて、少し嬉しいよ」

「不条、さん……」

「確かにお前のしたことに対して嫌悪する奴もいるだろう。理由なんて関係ない。殺したという事実は変えられない。だからお前は悪なんだと、そう結論づける奴は必ずいる」


 その言葉は、クロの心をきつく締め付ける。


「だが……幸か不幸か、俺はそこまで善悪にこだわる人間じゃあない」


 と言いながら、不条はクロの頭を撫でる。


「今、お前の目の前にいるのはただの無職のろくでなしだ。そんな俺が、それでも通すべき筋があるっていうんなら、それは一つしかない」


 笑みを浮かべ、不条は続ける。


「困ってる子どもを助ける。大人として、当然の義務だろ?」


 その言葉に、クロとシロはただ聞き入るばかりであった。


「なぁ、桂木。お前はどう思ってるんだ?」

「どうもこうもありません。不条さんと同じですよ。私の仕事云々よりも、子どもが助けを求めているのなら手を差し出します」


 まるで当然のように言い放つ桂木の答えに、不条はやはり微笑する。


「そういうわけだ。俺はこういう性格なわけだ。綺麗事だの偽善者だの、別に罵ってもらっても構わねぇよ。だが、代わりに俺は絶対にお前を守ってやるよ。ああ、関わらないでだの言われても、無意味だからな。ここまで関わっちまったんだ。嫌だとか止めてとか言ったらマジで拳骨食らわすから、覚悟しろよ」


 その言葉に、クロはしばらく呆けたように顔を見上げていたげていた。

 そして、大粒の涙を流し始めた。

 それは、絶望の涙ではなく、あまりにも暖かかった言葉に触れたからであった。

 しかしながら、そんなことはまるっきり分かっていない不条はおろおろするのみだった。


「んじゃそういうことでさっさと夕食にするか。せっかく飯が冷めちま……お、おい、泣くなよ。い、いやそんなに俺のデコピン痛かったのか?」


 困ったような顔をしながら慌てふためいていた。

 その姿を見て、桂木はやれやれと言った表情になる。


「全く……不条さん。そんなんじゃ、説得力ありませんよ?」

「いや、説得力と言われても……子ども相手にこういう事いうのは慣れてなくてだな……」

「はぁ……さっきまでちょっと格好良いとか思ったけど、撤回するわ。やっぱりあなたはダメな大人ね」

「いや、ちょっと待て。その通りなんだが、ちょっと待て。何だが全く納得のいかない状況なんだが!?」


 説明を求む、などと叫ぶ不条を他所に「ほらそれよりご飯でしょ」と言いつつシロは夕飯を並べ、桂木もまた準備する。

 その光景は、どこか可笑しく、笑えてしまう。

 故にだろうか。

 先ほどまで、泣いていたクロの顔に微笑みが見えたのは。

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