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十話 代償①

『おいおい、こりゃ珍しいお客人だな』


 そこは異世界のゴミ溜めだった。

 王都の下町。その裏路地に不条は倒れていた。元々この国では衛生環境というものにあまり頓着はないのか、生ごみや衣類、廃材などがそこら中に落ちている。日本では考えられない光景だが、今の自分には丁度いい場所だ。

身体にはいくつもの打撲痕があり、口からは血を流している。立ち上がる力は無く、指先一つでさえ、全神経を使っても動かせない。息をするだけの生ごみの状態だ。これを生きているなどと言えるはずがない。

自分もまた、このゴミの一部になるのだと理解した矢先、奇妙な声が聞こえてきた。


『お前、この国の奴じゃないな。っていうか、魔力が全くねぇじゃねぇか。こりゃ凄ぇ。極端に少ない奴ならいくらか見たことがあるが、全くないって、珍しすぎるだろ。世界中探したってテメェしかいねぇよ』

「だれ、だ……?」


 見渡すものの、周りには誰もいない。人影はない。それどころか猫や犬等の類も見当たらなかった。


『ここだよ、ここ』


 ふと見ると、そこには一本の短剣が転がっていた。鈍色の刃はかけており、どうみてもボロボロ。切れ味など当に忘れているであろう代物。

 その鈍から声がしたのだ。


『ったく、何だよその眼は』

「……いいや、剣が喋るとか、流石は異世界だな。いや、もしかしたら死にかけて妄想でも見てるのか」

『それくらい口が回るんなら、死神が来るのはまだ先だよ。とはいっても、そう長くはないだろうが』


 短剣の言うとおりだった。今すぐではないにしろ、今日か明日、自分は死ぬ。これは変えようがない事実だ。


『にしても、お前さっき異世界とか言ってたな? もしかして王宮が魔王討伐のために召喚した勇者とかいう奴か?』

「……頭に、使いものにならない、がつくけどな」

『ガハハハッ、だろうな。異世界人って本来魔力量が桁外れにあるから召喚したって話だろ。それが全くのゼロってこれまたおかしな話だな』

「俺は、どうやら大勢召喚する際に紛れ込む外れ、らしいからな。珍しいが、全く前例がないってわけじゃないらしい」


 個人を召喚するのではなく、ある一定の者を召喚する際に起こるエラー。どうしても防ぎようがない事柄。


『んで? 使い物にならない奴に居場所はないって言われて追い出されたか?』

「まぁ……おおよそは当たってる」


 直接追い出されたわけではないが、間接的に言えばその通りである。いくらかは金を渡されたが、それもすぐに底を突き、結局はこの有様である。


「しかしまぁ……いつものことだ」


 そう。いつものことだ。勝手に巻き込まれ、そのことに対し何らの自分の意思をみせることもなく、ただ水のように流されていく。そんな事なかれ主義だからこそ、こういう状況になったというわけだ。

 生まれてこの方、二十五年。何かしらの目標を持ったことはなく、生きがいも感じたことはなく、刹那的な楽しみをただ感受し、将来自分がどうなるかなど考えたこともなかった。無論、自分がどういう風に死ぬのかも。

 だが、世界的にはこれでいいかもしれない。ここに来る前も、そしてここに来てからも自分は役立たずだった。仕事もできず、魔力もない。社会人としても勇者としても落第者。そんな人間が生きている価値などないのかもしれない。

ただ。


「やっぱり、死にたくは、ないなぁ……」


 例え生きる目的がなかったとしても。

 例え生きる価値がなかったとしても。

 それでも不条は死にたくないのだ。


『今の言葉は本当か?』


 そして、そこに悪魔の声が舞い降りる。


『死にたくないって言葉、そりゃ本当か』

「そりゃまぁ……誰だって、死にたくはないだろ」


 それは誰もが持つ当たり前の願いであり、望み。自殺願望を持っていない人間なら誰しもそう思うはずだ。

 不死身になりたい、永遠の命が欲しい……そんな世迷言を信じる者はいないだろうが、一方でそういうことを言う人間がいなくならないのもまた事実である。


『だったらよぉ。オレ様と手を組まないか?』

「何……?」

『オレ様はこう見えてちょっと特殊な剣でな。所謂魔剣ってやつ? まっ、言い方はどうでもいい。重要なのは、オレ様の持ち主になれば永遠の命とは言わないが、少なくとも今ここで死ぬことはない』


 それは甘い、そして都合のいい提案だった。

 しかし、どんなことにもタダでという事柄は存在しない。


『ただし、オレ様の力を使えばお前は代償を支払うことになる。まぁ、それはストックを貯めることはできる。が、それでも払い続けなきゃならねぇ。そしてよく覚えておけ。代償を全て払い終えてしまった時、お前は問答無用に死ぬこととなる―――それでもいいのなら、オレ様を手にしな』


 それはどこかで聞いたことのあるような話。しかもこちらに選ばせていながら答えなど一つしかないと分かっている。悪魔との契約とは正しくこんなことを言うのだろう。

 きっとこの短剣の条件を呑めばろくでもないことに巻き込まれるのは目に見えていた。

 それでも、不条に他に選択肢は存在していなかった。

 故に、だからこそ。

 不条は短剣に手を伸ばし、その柄を握る。

 ……が。


「やわら、かい……?」


 手に感じる違和感。短剣の柄とは思えない感触。それに少し、生暖かい。

 そこで視界が一転する。

 瞼が開き、自分が今まで眠っていたこと、夢を見ていたことを自覚する。既に夢の内容は曖昧になっており、おおよそのことしか覚えていない。

 しかし、だ。今重要なことはそこではない。

 一つ。自分の怪我が治っていること。。

 一つ。自分はベットで寝かされてあること。

 一つ。自分の手がシロの胸をダイレクトに揉んでいること。

 そして……目元に涙をためながらこちら睨んでいるシロの顔があった。

 状況は大体把握した。

 ならば言うことはただ一つ。


「……できればグーじゃなくて、平手で頼む」


 次の瞬間、ハリセンでしばくような音が響いた。


 *


「つまり、寝相が悪く誤ってシロちゃんの胸を鷲掴みしてしまってそうなってしまったと」

「その通りになる」

「最低ですね」

「返す言葉もない」


 頬を赤く腫らしながら、はぁと溜息をつく。

 この歳になって年下の、それも未だ二十歳を超えていない少女の胸を揉むとか、セクハラ以外の何物でもないだろう。


「ここは?」

「私の家です。事務所が襲撃されたんで、落ち着ける場所がここくらいしかないので」


 その言葉になるほど、と納得する。見渡すと女物の衣類やら化粧道具が置いてあるのがわかる。それにどことなく、良い匂いがしていた。


「敵に見つかるんじゃねぇか?」

「その可能性はありますけど、でもそれはどこにいても同じです。ただ、今は【特務係】と【常世会】は一時的休戦状態になってますし、【研究所】はウチと【常世会】に追撃されていますから、こっちにくる余裕はないと思いますよ」


 一時的休戦、という言葉に不条はあることを思い出す。


「お前、あの時言ったこと、本当か?」

「会合の事ですか? まぁ大方は本当ですよ」

「大方?」

「会合が終わるまで互いに手出ししてはいけない、というところだけは、ぶっちゃけるとはったりだったんですが……」

「一番大事なところじゃねぇか……」


 あの時、確認の電話をされていたらどうなっていたことか……。


「ま、まぁ会合後には休戦が約束されたので、結果オーライです」

「……次、あの男に会った時、お前殺されるかもな」

「それはもう言わないでください。あまり考えたくないので……」


 それはそうだろう、と心の中で呟く。しかし同時に目を付けられたのもまた事実。何せ、あの状況下ではったりをかましたのだ。次に何をされるか、分かったものではない。

 しかし、だ。彼女がそうしなければならない理由はこちらにあった。


「とはいえ、そっちのおかげで助かったのは事実だ。ありがとう」


 その言葉にしかして桂木は身体が固まったかのようにこちらを向いたまま動かなくなった。


「なに目を丸くさせてるんだ?」

「いえ……不条さんってちゃんとお礼を言える人なんだなって」

「よし、取り敢えずそっちが抱いてる俺の印象を聞こうか。文句はその後にしてやる」

「い、いやだって。不条さん、見た目からしてダメ人間丸出しじゃないですか。事実、女の子の胸とかも触っちゃうし」

「人を見た目で判断するな」


 ダメ人間なのは事実ではあるが。

 そして胸を触った件についてはもう反省したのでやめてほしい。いや、本当に。

 などと思っていると、ふと気が付く。


「そういえば、シロとクロはどうした?」

「あの二人なら今、夕食を作ってくれてますから」

「そうか……」

「それにしても、あの二人、特にシロちゃんはすごいですね。掃除とか洗濯とか、料理までできるんですから」


 それは確かにそうである。子供にしてあの家事全般におけるスキル。しっかりしている、というレベルではない。シロに関して言えば、将来有望な主婦になるだろう。

 それがわかる分、年上として自分が情けなくなるが。


「……なぁ、一つ聞いていいか?」

「はい、何でしょう」

「お前は……クロの【妖刀】の能力を知ってたのか」


 その言葉に、桂木は一瞬動きを止め、そして苦笑する。


「……ええ。知っていました。その能力を使って【研究所】が何をしてきたのか、その結果多くの子供達が死んでしまったことも」

「それを知った上で、あいつらを保護しようと?」

「当然です。彼らは【研究所】の被害者なんです。例えその能力のせいで多くの子供の人生が奪われたとしても、彼らが生きていく道を指し示し、導く。それが私達の仕事ですから」


 偽善……世間一般的にはそう見られるかもしれない。何をどう言おうとクロは大勢の子供の未来を奪ったのだ。自分の意思ではなかったにしろ、それは許されない事。それをやり直すチャンスを与える、なんてのは甘く、生易しいと言う連中もいるかもしれない。

 だが、桂木の瞳はどこまでも真っ直ぐで本気だった。

 それを確認できただけでも、十分である。

 とその時、ノック音がし、ドアが開かれる。

 見るとそこにはドア越しにこちらを覗くシロの姿があった。


「……夕飯、できたから。冷めない内に食べなさい」

「お、おう……分かった。なぁ、シロ」

「……何?」

「ちゃんと言ってなかったな。さっきは悪かった。すまん」

「……もういいわよ。お互いさっきのは掘り返さない。それでいいでしょ。ほら、怪我は治ってるんだから、さっさときなさい」


 返答するとシロはそのままドアを閉める。


「大人……だな」

「大人ですね」


 大の大人が二人、そんなことを言い合っていた。

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