一話 双子①
不条斬雄。二十五歳。独身。彼女歴無し。
この紹介文に無職、という項目が付くとは正直思っていなかった。
「クリスマスイヴの日に会社辞めるって、流石にどうなんだろうなぁ」
寒空の中、自分の車を運転しながら、ふとそんなことを口走る。
今にも雪が降ってきそうな曇天に対し、しかして心の中はそこまで暗くはなかった。職を失った、というよりは辞めたというのが理由か。
別段、仕事でヘマをやらかしたわけではない。いや、まぁ営業としての業績は芳しくなく、どうしてもしたい仕事、というわけでもなかった。それでも周り、特に上司は良くしてくれていた。正直言って、仕事環境の中であれほど恵まれたものはないと言っても過言ではない。
ならば、何故辞めたのか?
それは所謂一身上の都合というやつで、それ以外に言い様がない。
幸い、無趣味且つ服装等にも余計な金を使うことはなかったため、貯金はそれなりにある。今まで働いていた稼いだ分も無論、学生時代からのバイト代も含めれば二年は普通の生活ができるだろう。
それだけの時間があれば十分だ。
「さて、これからどうしようか」
退職の手続きも終わり、世話になった人達への挨拶回りも終わった。明日からは完全に会社に行くことはなく、やることもない。
再就職? ハローワーク? ああ、確かにそんなものがあるのは知っている。
だが、自分には必要無く、関係のないことなのだから、どうでもいい。
とはいえ、だ。
逆に何か目的があるのか、と問われればそれは否。やりたいこと、したいことが正直なところ思い浮かばない。映画を見に行く? ショッピングをする? それとも何か趣味でも見つける? どれもパッとせず、しっくりこない。これは今に始まったことではなく、仕事を辞めると決めた時からだ。
しかしまぁ、取り敢えずはだ。
(腹が減ってはなんとやら、だ。とにかく今日のところは美味い料理が出る外食にでも……)
その時である。
車の目の前に、何やら人影のようなものが飛び出してきた。
「っ!?」
声にならない焦りと驚愕と共にブレーキを踏む。タイヤが聞いたことのない音を立てながら動きを止める。
急停止の衝撃は凄まじかったが、何かが当たったような感じはしなかった。しかし、だからと言ってそのままスルーするわけにはいかない。
不条はそのまま車から降り、前方を確認する、
見るとそこに倒れていたのは一人の少年。外見から察するに年齢は十五、六と言ったところだろうか。服装は小汚く、まるで林道でも走ってきたかのような姿。一方でその顔は真逆な程整っていた。ショートな金髪は自毛だろうか。肉付きはあまりよろしくはないが、どこぞのイケメン事務所所属のアイドルと言われても、正直信じるかもしれない程だ。
だが、それは今は関係ない。言うべきことは言わなければ。
「おい、何してんだ!! 急に飛び出すとか……」
瞬間。
「動かないで」
気づくと林に隠れていた少女が何かを向けていた。それが拳銃である、と気づくのに然程時間はかからなかった。
見ると少女の顔は少年とそっくりである。違う点があるとすれば、長い金髪をツインテール状にしていることくらいか。
「妙な事をすれば即座に撃つわよ。私、こういうの使い慣れていないから、変なところに当たっても知らないわよ。それが嫌なら、両手を上げなさい。ああ、これが玩具だと思うんならどうぞ勝手に。その場合、命の保証はしないわよ」
少女の言葉に、しぶしぶながら従う。
「……分かった」
言われたように両手を挙げ、動かずそのままの姿勢を保つ。一方で少女は「上手くいったわ、クロ」と言うと、倒れていた少年がのそり、と起き上がる。
「うぅ……本当に死ぬかと思った」
「泣き事言わない。ほら、さっさと後ろに乗る」
分かったよ、と言いながら少年はそのまま車の中へと乗り込む。一方で少女はこちらを睨み、警戒をしながら周りの様子も伺っていた。そして、誰もいない事を確認すると。
「悪いけど、運転席に戻ってもらえるかしら。ただし、両手を挙げながらゆっくりと」
両手を挙げてたらドアが開けられないんだが……そんなツッコミも今は余計な命取りだろう。幸い、車から出てくるときにドアは開けっ放しなので、少女の言うとおりにそのままの状態で車に乗り込む。
そして同時に少女は助手席に乗り、銃口をこちらへと向けたままの状態で言う。
「あなた、これからどこに向かうつもり?」
「無論、帰るつもりだが?」
「自分の家に?」
「まぁな。生憎と泊めてくれる友人も彼女もいないんで」
「家には他に誰かいるの?」
「いいや。マンションの一人暮らしさ……それがどうかしたか?」
こちらの言葉に少女は数拍の間をあけ、分かったと呟きながら続ける。
「なら、そのままあなたの家に向かって頂戴。家に着いたらいくつか要求させてもらうわ。抵抗すればどうなるか、言わなくても分かってるわよね?」
「……ああ」
「なら車を出して。あまり速度は出さないように。急ブレーキとかで銃が暴発するのは、あなたも望まないでしょう?」
「……はぁ。分かったよ」
その言葉と同時、ギアをドライブに入れ、アクセルを踏む。言われたように速度はあまり出さず、法定速度を守りながらの安全運転。
そんな中、自分の置かれた状況を整理し、まとめ、そして心の中で呟く。
不条斬雄、退職した日にカージャックに遭いました。
新作、投降しました。
文庫一巻分の内容で完結させるつもりですが、反応がよければ、もう一つの連載と一緒に続けます。
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