日常の一コマ
ちょこちょこ書いていきたいと思います。
「そこのお前、どこの団?」
「僕は火魔法使えるから第一だよ」
「マジかよ〈炎帝〉の団かー。俺もそこ行きたかったなー」
「君は?」
「俺は第二。水魔法だからな」
「〈水妃〉のところだね。いいじゃないか、可愛いって有名だろ?」
「そうなんだけどよ、俺はユイットさんに憧れて騎士団入ったんだ。でも水魔法の適正だからなー」
「それは仕方ないね。でも同じ騎士団である以上、交流する機会もあるさ」
「だな、お互い頑張ろうぜ!」
「ああ!」
騎士団の入団テストに合格した人が集まる広場は賑わっている。
同じ団に入る人を探したり、合格した嬉しさから周りの人に片っ端から話しかける人。
200人程の志願生がいたが、試験に突破したのは30名である。
入団難易度が高いため、騎士団に所属しているというだけでも箔がつく。
そのためこの時期、この場所で騒がしくなるのは毎年の事であり、街の巡回兵たちもこの日だけは暖かい目で見守るのであった。
▽▽▽
「いらっしゃいませー……ってお前たちかよ」
「よう、相変わらず人いねーな!」
「いねーな!」
ヴァンが店でぼんやりしていると、元気よく2人の少年が入ってきた。
「どうせお前ら金ないから買わねーだろ。冷やかしならとっとと帰れ」
「どうせ客いないんだからいいだろ」
「いいだろ!」
そう言って目をキョロキョロしながら店内の商品を少年たちは眺める。
「見てて楽しいか?」
「おう!珍しいからな、こういう店は」
「楽しい!」
ヴァンの店は薬屋である。
約100年前に魔法革命が起き、それまでの魔法と比べて効果は著しく上昇し、進化、発展を遂げた。
特に回復魔法の発展は顕著であり、魔法1つで怪我や病気などが瞬時に回復するようになった。
そのため薬の需要はガクッと下がり、どんどん衰退していったため、もはやこの街の薬屋はヴァンの店のみとなっている。
「魔法で怪我とか直せるのに薬を売るなんて変わってるよな」
「まあ俺からしたらなんで魔法で治してるのかって話だけどな」
薬で治療する利点も勿論ある。
時間はかかるがじわじわと治していくため、体の負担が軽い。
魔法はすぐに治せる反面、体への負担は大きいのだ。
しかし戦闘を生業にするような者たちの体は頑丈だ。
だから多少体に負担が生じたとしても、長々と治療に専念するのではなく、さっさと治して稼ぎに行こうという発想になるのも仕方ないことかもしれないとヴァンは考える。
しかし皆が皆、そうした治療を好む訳ではない。
1人の老人が店に入る。
「おう、婆さんいらっしゃい。腰痛の薬か?」
「ここの薬を塗ってから痛みが随分引いたからのう。また貰えるかの?」
「はいよ、銀貨1枚だ」
魔法で怪我や病気は治せるが、老いからくるものには効果が薄い。
そのため薬による治療は若者にとっては無くてもいいかもしれないが、負担が軽い事も相まって年寄りにとっては有難いものなのである。
「ヴァンちゃんのお店が最後の薬屋だから、潰さんでくれよ?わしの腰が泣いてしまう」
「婆さんが生きているうちは大丈夫だ」
「ほっほっほ、そうかそうか。それなら安心じゃな」
「気をつけてな」
店から出ていった老人を見送り、店内で商品を眺める少年たちに声をかける。
「お前らもそろそろ帰れ。今日の営業は終わりだ」
「えー!?もうすこしいいじゃんかー」
「そうだそうだー」
「俺はともかく、エンリさんに怒られるぞ。晩飯メシ抜きになりたいのか?」
「うっ!それは…」
「つらい」
「じゃあさっさと帰れ…いや、もう暗いな。孤児院まで送ってやるよ」
ヴァンは2人の少年を連れて店を出て孤児院に向かう。
ヴァンの店から孤児院まではそう遠くはないが、もう日は落ちてあたりは薄暗くなっている。
それに今日は騎士団の入団合格の発表日だ。
軽くお祭り騒ぎになっているため、酒を飲んで羽目を外したりする者もいつもより多いだろう。
とはいえ騒ぎを起こせばたちまち衛兵に取り囲まれ、罰金を支払うことになるし、合格したものに関しては取り消しになることもあるため、滅多に騒ぎを起こすものなどいない。
「おかえり…ってヴァンじゃないの。久しぶりね」
「ようエンリさん。元気そうで何よりだ」
出迎えた女性はエンリといい、エンリは孤児院で院長をしている。
年はもう30の半ばといったところだったと思うが、相変わらず若々しい。手は荒れてしまっているが。
洗濯、料理、花壇の手入れ、掃除など、様々な仕事があり、当然体、特に手には影響が出るからだ。
そのため、ヴァンは自分の店から持ってきていた軟膏をエンリに渡す。
流石に手荒れ程度では魔法で治療なんてことは余程裕福な者ならともかく、普通はしない。
当然、魔法で治療するのはそれなりに金がかかるのだ。
「こいつらを送ったついでに手荒れを和らげる軟膏を持ってきた。使ってくれ」
「あらあら、助かるわ。最近手荒れが酷くってね。丁度良かったわ」
「そりゃ良かった。じゃあ俺は帰るわ」
「あら、夕飯は食べていかないの?」
「有難い話だけど、遠慮しとく」
「そう、この子たちを送ってくれてありがとね。気をつけて帰るのよ」
「俺はもうガキじゃないんだけどな…」
「気をつけて帰れよー」
「帰れよー」
いつまでも子供のような扱いをするエンリにヴァンは苦笑いし、子供たちに手を軽く振り、孤児院を出る。
「今日の夕飯なにー?」
「クリームシチューよ」
「わーいシチューだー」
扉を閉める直前、そんな声が聞こえてきた。
遠慮しないで食べていけば良かったかな、とすこしヴァンは後悔した。