願い星の伝説
天気は晴れ。風もなく、月の明かりもない。星を観測するには絶好の日和。
今日は夏の課外授業。キャンプをしながら星の観測をするという、年に一度の特別授業。
しかも、今日は偶然にも流星群が見れる可能性がある。
生徒は思い思いに期待に胸を膨らませてその時を待っていた。
「先生、まだ見れないの? 流星群」
夜空を見上げながら男の子をそう言った。
「もう少し待てば見れるわ」
望遠鏡やカメラをセッティングしながら私は返事を返した。
「もう少し、もう少しってさっきからそればっかり。別に俺、星興味ねぇし」
男の子はそう言うと退屈そうにあくびをして、歩き出した。
「もう。そんな時間ピッタリに来るわけないでしょ。ちゃんと待ってなさいよ」
そこへ一人の女の子がやってきて、男の子の前に立ちふさがる。
しばし二人がにらめっこしていると、
「じゃあ、流星群が来るまで先生がお話をしてあげるわ」
二人をなだめるように私は二人の肩をぽんと叩いた。
「どんな話?」
「私も聞きたい!」
男の子は相変わらず興味がない感じだが、女の子の声は弾んでいた。
「今日のお話は、願い星の伝説よ」
「「願い星?」」
二人は声を揃えて、一度顔を見合わせた。
「そう。その流れ星を見た人は、たった一つだけどんな願いでも叶うと云われているの。これは、願い星に願い事をして大切な事を知った、そんなお話よ」
私は、流星群がまだ来る気配のない夜空を一度仰いだ後、話を始めた。
…………
………
……
十年前の夏。あの年も毎日暑い日が続いていた。ショウは仕事帰りに頻繁に山に登っては星の観測をしていた。
なんでも、滅多に見られない星が見れる年らしい。
子供のように目を輝かせて話すショウに負けて、私も付いて行く事になった。
「ねぇ、まだ見れないの?」
星にはさほど興味もなかった私にとっては、待ってる間の時間は退屈なものだった。
周りに明かりはないが、星明かりだけでも十分辺りは見る事が出来る。
「もう少しだろうから待ってなって」
ショウはカメラをセッティングしながらそう言った。
「さっきからそればっかり。別に私星興味ないし」
私はショウの近くをうろうろ歩きながら小石を蹴った。
「まぁ、そう言うなって。俺が調べた情報だと今日明日辺り見れるんだって」
ショウはそう言うとカメラのシャッターを切った。
「そもそも、その……願い星って何なの?」
特に聞く必要はなかったのだが、退屈していた私は何となくショウに聞いてみた。
「あれ? 言ってなかったか? 願い星ってのはな、十二年に一度だけ現れるという流れ星だ。その流れ星に願い事をすると叶うっていう伝説があるんだ。初めて目撃されたのはもう三百年も前だって云われてる。それはもう、ただの流れ星に比べたら相当綺麗らしい。しかも見た人は、宝くじが当たったとか、理想の相手と結婚出来たとか。夢が叶ったみたいだぜ」
願い星の話をしているショウは子供っぽく無邪気だった。
「ふ~ん」
特に聞く気のなかった私は適当に返事を返した。
「ほんとに興味ないんだなぁ」
半ば呆れながらショウは言った。でも、それをショウは特に気にしてる様子はなく、撮れた写真を確認している。
「だって、流れ星に願ってもそれが叶う証拠なんてないじゃん。それじゃどっちだって一緒でしょ?」
「ロマンなんだよ! ロ・マ・ン! お前にこのロマンが分からないかなぁ。俺は願い星を見たい。確かに願いが叶うかどうかは別としても、星好きとしては一度見たい。だって十二年に一度なんだぜ? 今回を逃したら次は十二年後だぞ?」
ショウはそう言うと両手を広げて空を仰いだ。
ショウは別に怒ってるわけではなく、それよりも楽しそうで、どこか嬉しそうだった。
「そんなに綺麗な星なら私もちょっと見てみたいかなぁ」
さっきの言葉をちょっと反省した私は、まだ空を仰いでいるショウに向かって言った。
「だろ? 今日は一生忘れられない夜になるぜ」
ショウはくるっと振り替えると、満面の笑みでそう言った。
「今日見れたらね~。それより、ショウの願い事ってなんなの??」
「それは言えねぇな。今言ってしまったら面白くないだろ? 願い星が見れたら教えてやるよ」
私から見ると、ショウは普段から楽観的で、そんなに悩みも欲もないような気がする。それでも叶えたい事がショウにはあるのか私は気になった。
「ふーん。じゃあ、私も何か願い事しようかなぁ」
満天の星々をひとつひとつ見ながら、私は願い事を考えてみた。
「しとけしとけ。叶ったらラッキーだろ?」
ショウはまたカメラをセッティングしたりレンズを覗いたりしている。
「私の願い事かぁ……」
結局、特にこれと言って、願い事がすぐ出てくる事はなかった。どうせ見えるなら、願い事が決まってからにしてほしいなと私は思った。まだそんなに興味はなかったが、来る前よりも少し興味が出てきた私がそこにはいた。
が、その日は願い星が見れる事はなかった。
その帰り道、
「結局見れなかったね」
私は車の助手席に乗って外を見ていた。
暗い山道は今にも何か獣が出てきそうな気配がする。
「なんか残念そうじゃないか」
ショウがちょっとからかうような口調でそう言った。
「別に。せっかく来たなら見たかっただけ」
確かにそうだった。夜中にこんな山奥まで来て、二時間も三時間もただ待っていて終わるのも、もったいないと思ったからだ。
「見れるのは明日かもしれないぜ。明日はどうする?」
「ごめん。明日は発表のレポートを作らないと。その後サークルの集まりもあるし」
見てみたい気持ちもあったが、明日はどうしても無理だった。私は残念なような、そうでもないような少し複雑な気持ちだった。
「そっか。じゃあ、俺一人で行ってくるよ。見れたら写真は撮ってきてやるからさ」
そんな話をしている内に車は私の家の前に到着した。
「はいはい。期待しないで待ってますよー。じゃあ、おやすみ」
私はいつもの調子でショウにそう言うと、バタンと車のドアを閉めた。
扉越しにショウが手を振り、車が遠ざかっていった。
そして次の日の夜。
サークルの活動が終わった後、私はショウに電話をかけた。
「おかしいわね。星を見るのに夢中で電話に気付いてないのかしら。まぁ、いいわ。どうせ後でまた、今日も見れなかったとかって連絡してくるでしょ」
私はその時は特に気にする事もなく、疲れていた事もあってすぐに家に帰った。
結局、その日はショウからの連絡はなかった。
次の日も全く連絡はなく、メールも電話も繋がらなかった。気になった私は学校の後ショウの家に向かった。
「見れなかったから落ち込んでるのかしら? ショウに限ってそれは無さそうだけど」
ショウの家に着いた時、私は異変に気付いた。
「ショウの車がないわ。まだ帰って来てないのかしら」
いつもなら、停めてあるショウの車がそこにはなかった。まだ仕事から帰って来ていないのか、あるいは直接山へ行ったのだろうか。
しかし、ショウの家のポストには二日分の新聞が無造作に詰め込んであった。
心配になった私は大学の友達に車を借りてショウと行った山へと向かった。そこで私が見たのは、横転した車と、その車に挟まれて倒れているショウの姿だった。
「ショウ! ショウ!! しっかりして!」
すぐに駆け寄って声を掛けた。
ショウは「うぅ……」と苦しそうな声を絞り出した。まだ息はあるが、体温はかなり下がっていた。
私は震える手で電話をかけ、ショウはすぐに救急車で病院に運ばれた。
「先生! ショウは大丈夫なんですか?」
病室の外で待っていた私は先生にすぐさま駆け寄った。
「何とか一命は取り留めました。しかしまだ意識が戻っていません。それに、長時間車に挟まれていたので、後遺症が残るか最悪の場合、もう足は動かないでしょう……」
先生からそう聞いた私は、ショックもあったがひとまず安堵した。その後の事は、ショウが目を覚ましてから話をすればいい。そう思っていた。
しかし、何日経ってもショウは目を覚まさなかった。一ヶ月、二ヶ月とあっという間に日が過ぎていった。
そして、事故から三ヶ月が過ぎ、私はふと願い星の事を思い出した。
ベッドに横になっているショウに私は話しかけた。
「ショウ……。どうして、あなたはそんなに願い星を見たかったの? そこまでして叶えたかった願い事って何だったの? でも今は、答えられないわよね……」
いつものような、ショウの軽口が聞こえないのが少し寂しかった。
「もし……もし、まだ願い星が来てないとすれば、まだ見れる可能性があるのなら」
私はそれから毎晩願い星を見に行った。いつ来るかも分からない星を。
でも、今の私は願い星の伝説を信じていた。
「今日もダメみたいね……。でもきっと明日なら」
それから月日が流れ、私とショウが星を見に行った日からちょうど一年が経ったある日。
「徐々に体が弱ってきています。このままでは持って後二週間ほどでしょう。ご家族は?」
先生は淡々とそう言った。もう何人も看取ってきたからだろうか。その言葉にあまり感情は感じられなかった。
「ショウは早くに両親を亡くしていて、兄弟もいないので身内は……」
「そうですか。では、あなただけでも傍にいてあげて下さい」
先生なりの心遣いだったのだろう。軽く会釈すると先生は病室を後にした。
病室に二人きりになり、私はまだ目を覚まさないショウの手を握った。
「ショウ。待ってて。必ず帰ってくるから」
そう言うと、私は握った手を離し足早に病室を後にした。
そして、これが最後のチャンスと思い山へ向かった。
「もし、本当に願い星がどんな願い事でも叶えてくれるのなら、どうかお願いです。ショウを……ショウを助けてください。他には何も望みません。私の願いはそれだけです」
私は両手を組み、祈るように空に向かってそう呟いた。
相変わらず夜空は満天の星空で、ひとつひとつが煌々と光を放っている。
最初は星になんか興味がなかった。だが、季節事に移り変わる星々を見ている内に、私は星の事が好きになっていた。
とその瞬間、光の尾を引いた一つの流れ星が、空を横切るように飛んできた。
「あ! あれは、もしかして……!」
光が降ってきたかのように、辺り一面が明るくなる。願い星だと私は悟った。
だが、見とれている暇などなく、私は精一杯その星に願いを込めた。視界から消えていく最後の最後まで。
願い星が通りすぎ、辺りには先程と同じように暗闇が戻る。
そして、私は病院に向かった。
「ショウ。私、見たよ、願い星。信じてなくてごめんね。私、一生懸命お願いして来たから。だから……だから……死なないで」
私はショウの手をぎゅっと握りしめた。しかしそこで、私は疲れ果て眠ってしまった。
次の日、私は頭を触られている感覚で目を覚ました。それが朝だったのか、昼だったのかはよく覚えていない。それどころではなかったからだ。
「ん……うぅ」
まだぼんやりする頭と視界。私は鈍っている頭を起こした。
「よぉ。学校は……行かなくて……いいのか?」
聞き覚えのある声に私の意識は一気に現実に戻った。
「ショウ……? ショウ! 良かった……。 願い事が叶ったのね。願い星のおかげね!」
「願い星を見たのか? な、俺の言った通り、だっただろ」
切れ切れのかすれる声でショウは言葉を振り絞り、あのいつもの感じで微笑んだ。
「バカ! 日付が一年も違ってたんだから……。一年間毎日星を見に行く羽目になったんだから」
ショウの顔がかすんでいく。後から後から涙が溢れてくる。
「そうだったのか……。星は綺麗だろ?」
ショウはすっと手を伸ばし私の頭を撫でる。
「星なんて……。星なんて、興味ないんだから」
ぼろぼろと涙を流しながら、私は笑った。疲れている事や願い星を見た事も、どうでもいいくらいに私は嬉しかった。
すると、ショウは私の手を取り真剣な顔をする。
「なぁ。もし、お前が良ければ。俺と……俺と結婚してくれないか? お前には、俺の傍にいてほしい。マユ、それが俺の願い事だ」
その言葉に、私は無言で頷いた。
その後、ショウは順調に回復し退院する事が出来た。
だが、やはり足は動かないままだった。
私は無事に大学を卒業し学校の先生になった。
それから十年の月日が流れた。
……
…………
………………
「これが、願い星の伝説のお話よ。おしまい」
話を終え、私はまた夜空を見上げる。十年前と変わらぬ星空がある。
「素敵なお話ですね。まさか、先生の事だったなんて」
女の子は想いにふけるように目を閉じた。
「俺も願い星見たくなってきた! 俺も願い事叶えたい!」
先程と違って男の子の目はキラキラと輝いていた。
「どうせヒーローになりたいとかでしょ? 全く男子の考える事は」
女の子はそう言ったが、女の子の目も夢を抱いた目をしている。
「ち、違う! そんな子供っぽい願い事じゃないもんね」
男の子はちょっと強がりを言ったが、当てられた! と言った顔をしている。
「て言うかお前はどうなんだよ! あっ!」
男の子は喋っている途中で空を指差した。
男の子が指差す方向で流星群が一つ二つと流れ始めた。
流星群は次々に増え、空一面に流れた。周りにいた生徒や他の先生から感嘆の声が聞こえてきた。
「さぁ、観測しましょ!」
私は立ち上がると一度手を打ち鳴らした。
「「はい!」」
二人は元気よく返事をした。
今日は二人にとってきっと思い出の一日になるだろう。私を変えてくれたあの日のように。
ちょうどその頃、車椅子に乗った男性がベランダから夜空を眺めていた。その傍らには望遠鏡が置いてある。
「あ~。やっぱり家からじゃ見えないかぁ。もう少し周りの明かりがなければ。俺も見に行きたかったなぁ。ま、流星群はまた見れるし、なにより、願い星は後二年後だ!」
私は、これからもあの人と一緒に生きていきます。
素晴らしい、とても素敵な人生のきっかけをくれた……星に、願いを込めて。
おしまい