ごめんね。君への好きを増やしたくて
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
――ねぇ? 私のどこが好き?
そんな問い掛けを、この一年間は良く聞かれていた。
その度に俺は、毎回違う事を一つ答えて……その後はお茶を濁していた。
「ねぇ、宗くん? 私の、どこが好きなのかしら?」
「そだなぁ……その髪型。今日の優は良い感じだな! ほ、ほら! 試験も終わったし……早く帰ろうぜ?」
今日も今日とてそんな事を聞いてくるのは、茶色い肩まである髪を風に靡かせた二宮優希という女の子。
大学受験を終わった今、二人でもし同じ大学に行けたとしたら、通算で……幼小中高大とずっと一緒になる幼馴染だ。
つまり、宗優関係で、幼馴染関係で……恋人同士関係だ。
「そうね! 電車の時間もあるし……急ぐのだわ!」
「おいおい、急に走ると危ないぞー!」
「はぁ~バナナうめぇ~。やっぱバナナって最高だな」
俺達の前を歩いていた凄いロン毛の男が、食べ終わったバナナの皮を放り捨てた。どこか既視感がある。嫌な予感もする。俺は急いで走り出した優に声を掛けた。
「優! 足元に気を付けろよ!」
「ふふーんっ! こんなのに引っ掛かるわけ無いのだわ!」
そう言ってバナナの皮を飛び越えた優。
俺も一安心して、その後ろ姿を追って行く。
「お姉さん! ボール!」
「……えっ?」
「優!!」
バナナを飛び越えて次の一歩を踏み出した優の足元に子供達が遊んでいたのか、ボールが転がって来た――――結果、それに足を取られた優が宙を舞い、落下していく。
優が……いや、優だけじゃない。俺の思考以外が全てスローモーションになっていた。このままじゃ……落ちる。角度からして頭から落ちるだろう。そんな事は絶対にさせない、させたくない。だが、思考とは違い、体はまったく動いてくれない。
ゆっくり、ゆっくり、優が落ちていく。
――――優には、記憶が無い。正確には、ちょうど一年前のこの時期にエピソード記憶……思い出を無くしていた。俺は、優が地面に落ちるその一瞬の間に、その時の事を思い出していた。
◇◇◇
俺、三峰宗太はアニメにハマっている。今日も今日とて優に、そのキャラの髪型や口調を真似してくれと頼んでいるのだが……結果はいつも芳しく無い。
「優、これ! このキャラのこの口調! 絶対に可愛いから!」
「はぁ~? 宗ちゃん、何をまたバカな事を言ってるの? 今日はテストで早く終わったから宗ちゃんの部屋で明日のテストの勉強する約束でしょ!?」
俺と優がちゃんと付き合いだしたのは高校の入学前。優パパに、早く付き合っておくように隣の家だが、呼び出されて忠告されたのだ。
小さい頃からずっと一緒だがら、この先もずっと一緒に居ると思って特に気にしてはいなかったが、優パパ曰く――
『それじゃ、駄目だ! 宗くんなら安心できるが、変な奴に捕まったらどうするっ!!』
……と、言う事で俺は優に告白して、正式に付き合い始めた。
だからと言って、何かが変わる事もなければ優がモテモテで嫉妬する……なんて事も無かった。男子の注目は、同じクラスの東千里さんが集めていたしな。
俺達はひっそりとしていた訳じゃなく、親公認どころかクラス公認みたいにもなっていた。
「勉強は……休憩の後で良くない?」
「ダーメ! 宗ちゃんはあたしが監視してないと自分一人じゃサボるでしょ? さ、急ぐよ!」
流石、良くわかっていらっしゃる。ここから家まではそう距離は遠くなく、優は走り出した。
「はぁ~バナナうめぇ~。やっぱバナナは最高だな」
俺達の前に坊主頭の男がおそらく、通り過ぎたばかりのゴミ箱に皮を放り投げて入れようとしただけなのだろう。運がない。そんな言葉で済ませて良いのか分からないが――俺の方を振り返っていた優が、そのバナナの皮を踏んづけた。
一瞬の出来事なのに、凄く凄く遅く、スローモーションになって見えた。突然の事で動けなかった俺の目の前で優が頭から落ちていった。
「ブベッッ!!」
「ゆ……優ーーーーっ!!?」
坊主頭が振り返って、走って逃げた。だが、そんな事より優だ。俺はすぐに駆け寄ってスカートを直し、意識があるのか確かめた
が……優は目を閉じたままだった。
「……ゆ、優!! ど、どうすれば良いんだ? えっと……救急車!救急車は何番だ?」
「……ぅ……うぅ」
俺はスマホを取り出した所で優の呻き声に気付き、優に声をかけ続けた。
「優! 大丈夫か? 優!?」
「……ぅう……こ……こは……? いたっ……うぅ、痛い…………ん? ……あなたは、誰?」
俺は、急いで救急車を呼び出して優を病院まで連れて行く事に決めたのだった。
◇◇
「宗くん!!」
「宗太くん!!」
優を病院に運んでからだいぶ時間は経過し、連絡を入れていた優の両親が仕事が終わってから二人揃って病院へと到着した。
「すいませんでしたっ! 俺がついていながら……こんな……本当に申し訳ありません!」
場所は病院のロビー。他の患者さんもいるから大声を出す訳にはいかなかったが、到着してすぐに俺は頭を下げていた。
「いや、さっき話を聞いた通りなら……宗くんが悪い訳じゃないわ」
「あぁ……早急に病院に連れて来た上に、連絡もありがとう。それで……優は?」
俺は、優の両親を……検査が終わって病室に居る優の元へと案内した。その間も沈黙である。今の優をみた両親がどう思うかが……怖くて仕方なかった。
優の居る三階のフロアに着いて、病室の前まで来ると二人は我先にという勢いで部屋に入っていった。
「優ちゃん!!」
「優!!」
「えっと……どちら様、なのだわ? 宗くん、これで合ってるのかしら?」
本当にすいませんでした! 優が、優が何も覚えて無いのを良いことに……俺の好きなアニメキャラの口調が自分の口調だと教えて、本当にすいませんでした! あと、宗『ちゃん』を宗『くん』と変えさせて頂きました。
だが、これを素直に言う訳にもいかない。俺は、記憶が無くても、優が俺を覚えていなくても、ずっと優と一緒にいるつもりだ。それだけは優の両親に伝えようと思って口を開いた。
「優パパ、優ママ。お医者様の話では、エピソード記憶という思い出を貯める部分が上手く働いていない……らしいです。何かのきっかけで思い出す事もあるらしいです。ですが今は、ご覧の通り……自分すらも忘れているのです。でも、優が覚えて無くても僕は優が好きです。優が記憶が無くて怖いと思っても色んな優を教えて、そして、これからも優との思い出を作っていこうと思ってます。ですから……」
「宗ちゃん……貴方。優ちゃんは宗ちゃんと居た方が回復が早いかもしれないわね?」
「あぁ……そうかもしれないな。優、私は君の父親でこっちは私の妻。君のお母さんだ」
「父親……母親……」
その単語だけで、優の両親の顔が悲痛に歪む。優は普段、お父さんとお母さんと……そう呼んでいるからだ。
「失礼します。ご両親でしょうか? 医師の林田です。優さんの症状について説明をさせていただきますので……別室へとお願いします」
「分かりました。宗太くん、しばらく優を任せる」
「優ちゃん、また来るからね」
そう言って二人が医者と共に出ていき、部屋には俺と優の二人になる。
「優、幼稚園の頃は覚えている?」
「幼稚園。単語の意味は知ってる。けど、分からない。景色、人、建物……何もわからない」
優の記憶が無い事はショックを受けている。優の中で俺は、目覚めた時に一番近くに居た人に過ぎない……という事になっているからだ。
「今度、アルバム持ってくるよ。思い出として実感出来なくても、俺はお前の幼馴染兼恋人をやめるつもりは無いからな」
「私は……貴方を知らない。幼馴染という言葉、恋人という言葉。その意味は分かるけど、私は知らない。それで、貴方は平気なの?」
勿論、平気なわけ無い。優が俺の知らない優になってしまったのだから。優が俺の事を知らないという事が恐ろしい。もし、この先の優が、俺とは別の道を歩き出したとしたら……俺は幼馴染だから付き合えたという現実を突き付けられてしまう。
俺と優の出会いは必然で、一緒に居るのは運命だと思って生きてきたから。
でも、だからこそ、俺はいつもの俺で優に接しようと思っている。等身大の俺で、そんな俺を好きになってくれた優に変わらず好きになって貰いたくて。
「平気だよ。優、俺の手を握ってみてくれ」
俺の言葉に首を傾げつつも、俺が居る場所の反対側である左手をそっと出してくる。ほらな。偶々かもしれないし、体に染み付いた癖だろうが……今はそれが、少しだけ嬉しく感じる。
「あれ? 私は……」
「そ、お前は右利きだし、今は右手の方が近い。でも左手を出した。ほら、俺の右手とお前の左手。繋がってる事に違和感が無いだろ?」
幼稚園の頃から、掌を合わせ繋いで来た手なのだから、しっくり来る。あぁ、この手はこの手と繋ぐ為にあるのだと、そう感じる。もしかしたら優には違和感しか無いのかもしれないが、それはしっくり来るが故のものだろう。優が俺を理解していた様に、俺も優を知っている。
「分からない。……何故でしょう。何故、この手は……こんな、っに、暖かいのですか? 何故こんなにも……っ、涙が、涙が溢れてくるのですか? 何故、私は……忘れてしまったので……っく、うっ……うぁあぁあぁあぁぁあああ……」
優が心の内を吐き出した。心の叫びを涙と一緒に。ボロボロ流れ出す涙を、今は出し尽くした方が良いと思って、俺は手を繋いだままでそっと待つ。何を言うでも無く、ただ待った。
それからしばらくして、優が泣き止んで平静さを取り戻した。落ち着いた優に、俺はそっと語りかける。
「俺がお前をちゃんと覚えている。大丈夫、任せておいてくれ。ちゃんと、俺の事も教える。安心してくれ。優、泣き終わって疲れてるだろうから、休んだらこの漫画を読んでくれ。さっきも見せながら少し教えたが、この漫画のキャラがお前と似た喋り方だったから。あと、髪型は……こんな感じだ」
「うん……っく……読む。ねぇ、私は……これからどうしたら良いのかな?」
今日したかった事、明日したかった事、それを忘れてしまった優は俺に聞くが、そんな問題は簡単な事だ。難しい事じゃない。
「優は……うん。俺の隣に居たら良い。そしてまた、一緒に同じ道を進んで行こう」
「…………うん!」
最後に少しだけ笑顔を見せてくれた優を見てホッとする。そんな綺麗事を言っておきながら優を少し変えようとしている自分がクズの様にも思えてくる。
だが、口調や語尾の変更作戦を変更するのかと聞かれれば、答えは――もちろんノーだ。
「失礼するわ。話し合いが終わったわよ、宗くん……優は数日、検査で病院に残る事になるわ。宗くんの両親にも伝えておいて貰えるかな?」
「宗太くん……申し訳無いが、学校のお友達にも優についての説明をお願いしたい。医師の先生からは、友人との思い出や記憶が無いから……嘘が嘘だと見抜けない状態だと聞かされた。優を守って貰いたい」
俺は土下座をする。何についての土下座かは言えないから言わない。優の両親はこうなってしまった事に対しての謝罪と思っているだろう。
純粋じゃなくて、本当にごめんなさい。俺の作戦が成功したら、今までの優に対する気持ちが更に……いや、別にそれに変動は無いか。優への気持ちについて、上も下も特に無いから。
でも、好きなポイントが一つ増えるので……本当にごめんなさい。
「優は俺が守ります」
その一言だけ告げる事にした。
◇◇◇
それから、優が学校にも復帰出来て、少しずついつもの日常が戻って来た頃に……俺の計画も芽を出し始めた。
「宗くん、遅刻するわよ! 急ぐのだわ!」
「まっ、ちょっとま! 今着替え中だから」
朝はいつもの様に起こしてくれて、一緒に学校へ向かう。
「宗くん、お弁当を作ってみたのよ。一緒にどうかしら!」
「さんきゅ」
昼は優が作ってくれる弁当を堪能する。
「今日は部活もないわね! 宗くん、遊びに出掛けるのだわ!」
「そだな、どこか寄って帰るか」
放課後はデートをする。
その会話の一言一言が俺を癒し、優を可愛くする。最初はクラスメイトも戸惑っては居たが、俺達の様子を見ては呆れ、すぐに馴染んでいった。男子の皆は東千里さんに夢中だし、俺は別に女子に異性としての人気があるわけでは無い。
そんな、優との思い出を作る為にも――
春は、雛祭り、花見、ゴールデンウィークには遠出。
夏は、海やプール、バーベキューに花火大会。
秋は、紅葉に焼き芋、二人で◯◯な秋を探した。
冬は、お鍋やコタツでミカンを食べたり、贈り物をお互いに交換した。
定番中の定番なイベントを可能な限りはしてきたつもりだ。その度に思い出が増えて、その度に優を好きになった。
優の記憶は戻る兆候も見せなかった。良くある、思い出の場所に行って思い出す……なんて事も無かった。でも、それで構わない。今の優だって昔と遜色無いくらいに魅力的で好きだから。
優はたまに昔の記憶が無くて悲しそうな顔をするが、その度に優の好きな所を一つ言った。
それがどんどん重なり、今度は優が、自分から聞いてくる様になった。最近は言う事も減って、苦労する毎日だが、何やかんやで探せば出てくる辺り、魅力的なのが証明できてしまう。
そして、あの事故があってから約一年。殆どの高校生にとっての最後のイベント、大学受験を終えて……。
俺は今、落ちていく優を見ていた。
◇◇◇
「ブベッッ!!」
「ゆ……優ーーーーっ!!?」
俺は、またしても間に合わなかった。
掌から何かが零れ落ちていく感覚。
不安、恐怖、様々な感覚が、俺を襲った。
「ゆ、優! 大丈夫か!? 優!! 返事をしてくれ!!」
「お、お姉さん?」
「どうしよう……どうしよう……」
別に子供達を責める訳じゃない。事故だった。誰かの悪意でこうなった訳じゃない。とりあえず優を助けないと。えっとスマホ……スマホ……。
「ぅ……うぅ……いったぁ~……っ!!」
「お、おい……優? 優、大丈夫か?」
何とか意識はあるみたいだ。だが、目を開いて体を起こそうとした瞬間に……優が固まった。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「優! 優!!」
頭を抱えて痛がる優に、情けない事に声をかけてやることしか出来ない。頭をぶつけている。前の時を思い出した……今度はあの時よりも酷いのかもしれないと、怖くなってきた。
しばらく痛がった優は、ピタッと動きを止めてゆっくり立ち上がった。
そして――そのまま子供達の頭を撫で始めた。
「え? ……えっ? 優?」
「君達、ありがとう。もう帰っていいわよ。今度は気を付けて遊ぶんだよ?」
子供達を帰して、その後ろ姿を見つめている優を見つめていた。
訳が分からない。俺は混乱する頭のまま、優に声を掛けた。
「優?」
「なぁに? このあたしに何か話かな? 宗ちゃん」
あたし……だと? それに、宗……ちゃん。
俺は冬のこの季節にジワッと嫌な汗を流していた。
嘘だろう。嘘だろう……と何度も自分の中で繰り返すが、どうやら嘘では無いみたいだ。しかも、しかも……だ。あの笑みにあの台詞、おそらくこの一年を忘れてはいないのだろう。
「あわ……あわわわわわわ……」
最悪だ。最悪のパターンだ。俺の計画は潰え、その上優は記憶を取り戻した。記憶を取り戻せたなら素直に嬉しい。この一年の記憶があるのなら、それも思い出として残ってくれて喜ばしい。
だが……だが!! 俺の計画がぁ~……。
「やれやれ……そこまで落ち込まなくても良いじゃないの。ほら、一緒に帰るのだわ」
「……あれ、今?」
落ち込んでいる俺に左手を差し伸べながら、優はそう口にした。
俺は固まってるし、何なら優はもっと固まり、少し汗もかいてる様子だ。
「あ、あれ? おかしいのだわ! つい、口に出てしまうのだわ!」
左手を引っ込めて、両手で自分の口を触っている優を――俺は抱き締めた。強く、強く抱き締めた。
空からは雪が降り始め、街行く人達も歩を早める。そんな中で、俺は大きな声で叫びを上げた。
「優!! 大好きだ!! お前が、お前だけが大好きだ!!」
「このタイミングで言われても……嬉しく無いのだわーーーーっ!!」
俺の叫びも優の叫びも、同じ空へと霞んで消えたが、俺達の思い出だけは、もう……消えることは無いだろう。
ハッピーエンドなのだわ!
なのだわ口調が好きなのだわっ。
褒めて伸ばしてくれると、嬉みなのだわ!