農業と巨石文明
中東にとんだついでに欧州への巨石文明について書こうと思う。その前に、中東の農業を拡散したハプロが有る。GJREになる。細かく言う必要が有る。J2、G2A、R1B、E1b1bになる。この中でJ2は微妙になる。調べてみるとJ2が集団の中心であったろう地中海式農業は近代の出来事になる。近代の農業発展で、土地柄のせいで上手く取り入れてる事が出来なかった地中海だけ独自に発展した農業になるから。古代に関係があるわけが無い。
だが、古代にアナトリアの農業を運んだ集団は島伝いに進んでいる。J2はイタリアまではそういうルートで広がっている。ただその後はEと良く似た分布図になっている。EはJ2と混血して欧州に広がった集団と独自に広がった集団に分かれていると思っている。ミケーネ文明に侵入した印欧語族との戦いで、黒人と白人の図になってて、クレタ島はJ2が多い事で有名な島になる。
J2の島民が黒かったとなる。おそらく島伝いに広がったJ2はEと混血して広がっただろうと見てる。南部のJ2の分布は特にEと良く重なってるから。J2と独立したE集団として有名なのが、フェニキア人になる。もしフェニキア人がEとの混血人種ならユダヤ人はJ2がもっと高い頻度で出るはずだから。
ユダヤ人とフェニキア人は同盟関係にあったため仲が良く混血が進んで行ったから。だが地中海すべてに影響があったフェニキア人は地中海に多いJ2と後からどのみち深く混血していく事になる。ハプロから系統として違うのが分かる。E1b1b1b例えばこの集団は内陸型のベルベル人に多い。地中海沿岸だが多分この系統は違うと思う。
E1b1b1b2、この系統の下位グループにユダヤ人が居る。他にも地中海全域に広がっているため、この系統がフェニキア人じゃないか?と見ている。これに対してE1b1b1a1b1(V13)この系統は欧州だけに多く現れる。多分これが早期にJ2と混血した集団じゃないか?と見ている。じゃシュメール人か?はちと飛躍だと思う。
それと言うのもG2Aがアナトリア農業の拡散の種ハプロだが、アナトリア農業は東アナトリアだけを指したもので、アナトリア全体ならJ2が一番多いハプロになる。当時先端だった農業に絡んで北上したEがJ2と混血してGとともに地中海の島に広がったのではないか?と見ている。
ただ途中から道は違うと見ている。G2Aはそのイベリア半島に向かってそこから東まで進んで北上するルートを辿っている。バルカン半島に多い、I2と後は行動をともにしている。どこかで原住民だったI2と混血したと見ている。このルートが重要で、バスク人とストーンヘンジのルートになる。
ここにさらにビーカー人というのが絡む。金属加工の専門家らしい。ビーカー人と巨石文明は関係ない。G2Aがこのビーカー人から影響を受けて金属加工文化を欧州に広げていく事になる。これはかなり後の時代。だがこのビーカー人R1B集団になる。巨石文明とR1Bが同一視されるのは多分誤解。G2Aの集団と後の時代で混血か?文化的に交わったからだと見ている。両者は時代が全然ずれている。
バスク人はこのあと来る印欧語族の移動でR1Aに先行したR1B集団によって父方がG2A集団から摩り替わってしまったものだと見ている。他にも全く関係ないけど、エルトリア人の先祖だったり、欧州の変な言語はG2Aがかかわってるのがちらほらある。
さて、シュメールどこへ行った?いや実はこれシュメールより面白い。これが弥生に繋がる。そのためにR1Bと切り離すための前段階として話したのが大きい。この集団突然イランに向かう。そしてインドにも行く。当然東西に分かれたのだろう。スリランカにも行ってしまう。そして最後にインドネシアにまで行ってしまう。
ここまで来たかーー。これで弥生人と近くなる。さてこの移動おそらく複数回行われている。ちょっと変だと見ている。これ交易の可能性がある。ドラヴィダと関係があるので、これをシュメールと結びつける話もあるけど、確かに船を絶対に使っている。だがまあそこは会えて触れない。イランに立ち寄ってるため可能性は無いとは言えない。
南インドは良く分からないけど、インドネシアへの移動は遺跡によってはかなり古い可能性が言われている。まさにシュメールの時代になる。南インドへは鉄の伝播で関係してくる。ヒッタイトから広がった鉄技術だが南インド早過ぎるって話が出ている。それは船をつったからじゃないか?と言われてる。謎の船集団が中東を中心にインドネシアに至るまでを網羅している。
ここでまた話が飛ぶ。アフリカでは青銅器時代が無くていきなり鉄器時代になる。誰かが伝えなら中国と同じだろう?となるが、どうも調べてみると確定は出来ないが、鉄が広がる前から鉄器生産が行われていたのじゃないか?との話になる。ここで通説の誤解を解いておかないといけない。
ヒッタイトの前にアナトリアで鉄生産がされていたというのは、それなりに有名な話だと思う。だがこれ、実際はもっと広範囲で鉄生産が行われていたのじゃないか?って話がある。じゃ何故青銅器文化が主流だったのか?で鉄は粗悪な金属製品だったからになる。何故ヒッタイトが優れた技術だったのか?で炭素を混ぜた鋼にアナトリアの鉄生産技術を改良したからがある。
確定はしてないが、アフリカですでに鉄生産は行われていた可能性は否定できない。それが何?シュメールの黒人。フェニキア人の黒人。黒人は独自に高い文明を持っていた可能性がある。ここから、シュメールは高度な造船技術を持っていた、フェニキアは優れた航海技術を持っていた。
G2Aがインドネシアに行くのに何か関わっていた黒人集団が居たのではないか?と見ている。シュメールの時代から複数回インドネシアまで行った可能性がある。もちろん測定のミスで、単純にインドから鉄器時代にインドネシアに移っただけかもしれない。それでも巨石文明、支石墓。それらがG2Aの低い頻度だが出る地域では残されているのは事実。