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第十六話 英雄の種類

 安房里見義堯は内外に知られる名君だが、さすがに草木の成長まであやつることはできない。


 里見水軍の敗退/壊滅的打撃は、船隊の再建に膨大な材木を必要とし、里見領国の山林のなかで、どの程度、まかなえるか、と思えば、


(難しいんじゃないかなぁ)


 と松千代は思った。


 伊豆韮山領の帳面をたぐれば、一ヶ国~二ヶ国だけで船隊再建用の木材を集めることは厳しい、と分かる。海商へ訊いても『ふつう、一ヶ国や二ヶ国だけで船をつくることはない』との返答があった。


 つまり、山林の規模にくらべ、木材の搬出可能地は水深のある河川や平地に接した丘陵部に限定されるからだった。


 船隊再建に広範囲の物流が関与する以上、船隊そのものを半ば喪失した安房里見家の水軍回復力が鈍化するのは自明の理だった。その裏付けとなる情報資料がいくつかあがってもいる。松千代は複雑な心境から、珍しくため息をついた。


 天文十七年(一五四八)六月末。新暦でいえば八月かそこら。


 松千代らは伊豆韮山城へ帰っていた。小田原で内々の祝勝会と論功行賞用の書類を作成して、北関東戦線の父・氏康へ送付してから、だから、一ヶ月は小田原に、残りの二ヶ月は熱海などの温泉宿を転々としていた。


 小田原滞在時だけでは終わらなかった、戦傷者や、韮山領内の村落への手当てを済ますのがひとつ、適当にリフレッシュすることがひとつ。温泉宿はその点、大部屋はあるし、温泉はあるし、商家の支店もあるから、つくづく便利であった。


 で、戦後処理の仕事が終わったから、日常業務の再開のため、韮山へ帰ったのだ。


 松千代が現在、いるのは、城内の書庫であった。近ごろは急ぎの用件がないため、たいてい午後は自由時間となっている。よいことだ。起居する館から見れば奥向きの離れにあたる。


 たまに本の虫になるのは趣味人のゆえ。戦国期の書物を読めるのは松千代の幸福のひとつであった。


 かといって、毎日ではない。数日、書庫を利用すれば、ムズムズと外へ出たくなるのだから、松千代の多趣味ぶりはきわだっていた。落ち着きがない、といわれれば、それまでなのだが。


 ともあれ、周囲はうだるような暑さとセミの声がした。窓から外を見れば、光の激しさから、かえって陰影の濃い景色が広がっていた。


 たまに海で泳ぎ、みんなで貝や魚をとっては、その場で焼いて食べたりする。もちろん、たいてい午後からだが、この暑さならば、誰も小言を述べたりはしない。むしろ『お付き合いします』と汗をだらだら流しながらついてくる人間のほうが多いくらいだ。


 そもそも、小言を述べる可能性のある側近筆頭・山角康定は暑さに弱いのか、日陰から、うんざりしたような表情で見送ることが多かった。夏場、康定はほぼ無言なのである。


 康定らは似たもの同士であつまり、縁側にすわって、冷えた甘瓜をかじりながら囲碁をさしたり、昼寝をしたりしていた。あとの人間は帰宅部だ。


 松千代につきしたがって遊ぶのは外回り志望の山角定次(康定の次弟)、割となんでもやる山角定勝(康定の三弟)、ほか、年の若い小姓衆が大半であった。


 ちなみに、真田幸綱は山のほうが好きなのか、弟の矢沢頼綱やざわよりつなら一族や家来衆と、よくイノシシなどを狩猟に行き、肉が食いたい松千代や小姓衆から歓声があがっていた。後日、山方の郷村から害獣駆除の感謝の声が伝えられてもいた。


 つまり、それぞれ夏場をエンジョイしているのだった。松千代の場合、書庫で本の虫になるのは心地よいが、みんなで遊ぶのも楽しかった。


 もちろん、あと一ヶ月もすれば稲刈りだから、松千代らは年貢の徴収や勘定でいそがしくなるだろう。大名領国の税は多岐にわたるが、年貢はその主柱であった。


 なお、現段階の韮山領の田んぼはおおむね、早稲わせ種を作付けしている。気候の安定しない、災害の目立つ時代のため、さっさと稲刈りを終えられる品種のほうがよいからだ。


 当然、現代の早稲種ほどの収穫量はないし、強くもないけれど、ほかの品種よりは気候に合っていた。


 また、これは農政改革の序の口なので、松千代はまだまだ手を加える所存であった。


 たとえば、田んぼの管理がしやすい正条植えや、明治期の木製草刈り機、あるいは大陸産の黄牛の輸入と和牛との交配の計画や、窒素供給源としてのゲンゲ(レンゲソウ)の導入など。


 これらは土地によって、いろいろ配慮せねばならない事柄が多い(正条植えや木製草刈り機、黄牛による耕作は現状の曲がりくねった田畑ではやりにくいし、ゲンゲは場合によっては麦作と栽培時期がかぶる)ため、現段階では領内の土地をしらべ、どこにどんな計画をあてはめようか、と考えている。まだ、やってはいないわけだ。


 つまり、今後の農政(韮山領内、と限定的ながら、農地再編計画)の進展次第で、これらは順次、取り入れる考えだった。


 肝は湿地の乾田化だが、これはこれで語ることが多いので、次の機会とする。


 さて、安房里見家の戦後の話にもどろう。


 史実上、永禄えいろく七年(一五六四年)、房総半島北部へ、北条家の勢力が浸透した際、ようやく裏切りを決意した、安房里見家の重臣かつ縁戚、勝浦かつうら正木まさき時忠ときただ(≪槍大膳≫正木時茂の実弟。時忠自身も歴戦の部将だし、天然の良港・勝浦を領し、海上交易に従事する、海の領主でもある)が、この時点で内通の動きを見せていた。


 海商を通じ、松千代のところへ、父・氏康への交渉の仲介を依頼してきたのだ。もちろん、北条方への寝返りを視野に入れてのことだろうが、まだ確定ではない。安房里見家の謀略の可能性は残っている。これは真田幸綱も似たような意見らしく、


「今後の交渉次第でしょう。お気にかかるのでしたら、風魔党の忍びに探査をお命じになられればいかがですか?」


 と言ったので、勝浦時忠の交渉依頼の一報は、小田原へ使者を立て、かくかくしかじかと言いふくめて転送してもらった。そのうえで、松千代は自分につけられた風魔党の忍びの一隊へ指示し、時忠の身辺を探ってもらった。


 すると、配下の水師・水夫たちの生活を見てやらねばならない、勝浦時忠の苦悩を感じる情報資料が多数、おくられてきたから、


(マジ通謀かも知れない……)


 と、松千代は思いはじめた。大局的判断は今生の父にまかせるとしても、情報の遅れがないよう、風魔党の忍びには継続した資料請求と予算(この場合のそれは大半が計算しやすい松千代の私的事業の利益から、だから、いわば私財である)の分配をしていた。


 すると、先述のように、安房里見家の材木不足が深刻、という情報資料がだいぶ集まったわけだ。鉄製武具も不足している、という。


 房総半島に砂鉄は多いはずだが、そう何度も領民に労役をかけられない、という事情が透けて見えた。これは松千代だって同様だからだ。ゆえに私的事業を興して、ゼニカネの貯蓄と投資で領国危機を乗り切ろうとしている。自身が財閥化する危険性は承知のうえで、だ。


 むしろ、だからこそ、松千代の場合はポケットマネーの切り崩しにためらいがない、という側面があった。


 貯蓄と投資による社会進出・財閥化は貯蓄を持たない人間から見て『あのゼニカネの力でどうかされるのはこちら』という意味で脅威なのは確実だから、


『自分の目的は産業振興による財政状況の好転であって、お金の力で他者を支配したいわけではないよ』


 と、折に触れて、言葉と行動で伝えるのは大事だった。


 よって、目的を考えるのなら本来、忌避すべき、貯蓄の軍事費(国防費)への放出はもはや必要経費であった。


 これはほかの有徳人うとくにん――中世富裕層も同じであった。かれら彼女らは必要に応じて社会的投資をおこない、それを美徳とする精神性を持つことで、ほかの人間からの非難を避けていた。


 中世の非難はしばしば暴力(一揆・同志的連合)をともなうので、倉を持ち、貯蓄と投資を繰り返すことで利益をあげる富裕層にとって、社会的投資の有無は死活問題といえた。


 こう述べると『結局は利益か』と人間のえげつなさを感じるひとはいるかも知れないが、よくいえば、社会的投資を選ぶ富裕層は比較的、善良な部類であった。


 松千代の場合は産業振興政策に必要不可欠な労働者層を輩出する郷村から政策の合意を取り付けるうえで必要な行動だった。もちろん、松千代個人の甘い(よくいえば純真で、理想主義的な)性格も、理由としては大きい。


 ともあれ、鍛冶師だって原材料が入ってこなければ武具をつくれないから、安房里見領国の武具不足は重篤だろう。


 というか、元々、砂鉄だけで鉄資源をまかなうのは不可能なのだ。品質はもちろんだが、人件費がかかりすぎる。外部から鉄製品や鉄塊インゴットを輸入し、溶かして使うのがいちばん安い(比較的、であって、日用品とくらべれば鉄資源が高いのは当然だ)。


 しかし、重ね重ね、安房里見家は船隊が壊滅しているから、ここでも苦境が見て取れた。


 先述のように、勝浦時忠と里見義堯は縁戚。身内といってよい立場なのだ。実兄は勇名をはせる≪槍大膳≫。裏切りの決意だけでたいへんすぎる。それでも……ということなら、よほど、なのだろう。


 これは、里見領国の持つ、国力の限界というべきなのか。あるいは、名君といっても人間、里見義堯の限界といってよいのか。


 鎌倉由比浦の合戦で、松千代側が負けていれば、自分が里見義堯の苦しみを味わっていたろうから、心中、複雑である。なにが勝負を分けたのか。政策なのか。それとも、別のなにかなのか。


 運なのか。ならば、それはなにで決まるのか。


 松千代は書庫の薄暗さのなかで、本を半開きにし、土壁に背中をあずけた。ひんやりしている。セミの声を聴きながら、珍しく、倦怠感というか、世の無常を感じた。


(そりゃ、オレの主導する作戦で打ち負かしたんだけどさ……安房里見家は、これから、どうなるんだろう。和議を受け入れてくれるのなら、オレが安房里見家の存続の便宜が立つよう、奔走するんだけど――)


 内政指導が望みなら、いくらでも協力するよ。知恵くらい、いくらでも貸すよ。情報の秘匿の重要性は知ってる。けど、技術は公開しないと発展しない、ということも、知ってるんだよ……松千代はそう思う。


 マジメな誰かが技術の整理・体系化をおこない、頭のよい、あるいは、抜け目のない誰かがさ、技術の簡便化を進めるんだよ。で、市井に普及すれば、そこでまた、似たようなことが起こる。そうして技術は発展するんだ、と。


 たかだかオレ独り。松千代はそう思う。義堯公。あなたはどう思いながら、戦っているのですか……とも。


 一緒に戦国を生き抜こう。協力し合えば、きっと……里見義堯と会えれば、松千代はそう言うと思う。だが、北条との和議だけはやらない、と豪語してやまない里見義堯とは、会える気がしなかった。むしろ、松千代の想いを伝えれば、里見義堯は傷つく可能性すらあるのだった。


 その時、外から松千代を呼ぶ声がした。


 ――第三者視点。たぶん、ここで松千代が示す反応が、この世界線の安房里見義堯/野心に生き、よろこびも、かなしみも、怒りも、にくしみも、なにもかも、自分自身が背負い続けるしかない孤高の人間・他者から屹立した大英雄といってよい存在との、違いになるのではないか。


「は~い。なんですかー!?」


 余談ながら、英雄にも種類はある、とは述べられよう。あとは、ひとがどんな英雄を選ぶか、でしかない。

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