綺麗な天才探偵のお味噌汁の話【五人少女シリーズ】
短編、単品で、どこからでも読めるヤツです。
五人少女シリーズの中でも古い作品です。実は前後に続くストーリーがあったのですが無理やり切っています。
キャラ設定はシリーズ一覧にありますが、簡単に・・・
留音 格闘タイプ
衣玖 天才タイプ
真凛 サイコタイプ
西香 悪/不憫タイプ
あの子 神タイプ
「なぁところでさ」
夕食時。西香以外の四人で食卓を囲みながら、留音が口に食べ物を入れながら誰に言うでもなく話し始めた。
「あたしらって何するのが目的なんだったっけ」
「忘れたわ。でも目的があっても思い通りになるとは限らないものよ。いいじゃない、行き当たりばったりで」
衣玖はそう言って行儀良くご飯を食べる。それに真凛は「かっこいいです!」なんて目を輝かせている。ちなみにみんなの食べている晩御飯は真凛が作ったものだ。
「忘れたってさぁ、お前IQ三億とか言ってる割に意外と頼り甲斐ねぇよなぁ」
「なによ。毎日たくさん考えすぎてパンクしそうなの。どうでもいい事いちいち覚えてらんないわ」
ムスっとした衣玖にやや空気が淀んだが、留音は構わず夕食をかっこむと「ごっそさん」と手を合わせ、夕食を片しがてら、作ってくれた真凛をポンポンと叩きながら、爽やかにこう言った。
「いやー今日の豚肉の味噌汁も絶品だったぜー。あたしお前の味噌汁なら毎日でも飲みたいくらいだよ。……多分死んでる西香にも、食わせてやりたかったなぁ……」
想いを馳せるようにしんみりと西香を語る。ここにいないだけで多分死んでないと思うけど、確証もないので誰も否定しなかった。
「留音さん……」
ともかく、そんなプロポーズまがいの言葉を残し、留音はお風呂へ向かう。それは決まった日課……いつもと同じ……。
ただ一つの異変は、その夜、留音が何者かに殺害されたという事だった。
次の日の朝は真凛の悲鳴が朝を告げるコケコッコー的なのとなり、事件現場に真凛、衣玖、あの子の三人が集まる。
「留音さんが……留音さんがっ……」
「あぁそんな……ルー……」
三人とも悲痛な表情で変わり果てた留音の前に佇む。無造作に倒れる留音が不憫だと思ったのか、せめて安らかにと、そこにいる子が留音に触れようとする。
「遺体に触れちゃダメ!ここからは警察の仕事よ」
衣玖が大声で制止させ、その子もびくりと手を戻す。そう、犯人逮捕のために優先すべきは残された者が気持ちを整理するよりも、状態を保存し、手がかりを一つでも見つける事。その為に遺体に触れるのは得策ではない。
「衣玖刑事……お願いします!」
真凛の言葉にうむ、と頷く衣玖。刑事?
「私は刑事だったのね……ならばこの事件は私が解決してみせる……ルー、あなたの無念、私が晴らすわ」
グッと拳に力を入れる衣玖。IQ三億は伊達ではない、衣玖は早速留音の人差し指から伸びる文字に気がついた。
「……これは……Dying message!……Hm?」
「衣玖刑事!発音がネイティブですっ!」
指から伸びる文字……その紛れも無いダイイングメッセージにはひらがなで「に」と書いてある。見つけた衣玖が不敵に笑う。
「……ふ、さすがルーね。私が見る事を見越してこんなメッセージを……ふふふ」
「衣玖刑事!」
「もう犯人がわかったわ。バビュンと解決しましょう」
三人はそうして、とある庭園に訪れた。庭園中央にその人物は座っている……。
「あらお三方、いらっしゃい」
花の香りに包まれた美しい庭園で優雅に紅茶を飲むその人物はそう、西香だ。
「やはり生きていたのね、貴方」
衣玖は予想を確信に変えた事で残念そうに西香に言い放つ。
「え。そりゃそうですわ?」
西香は何言ってんだと言いたげに顔をしかめている。
「あのダイイングメッセージに書かれた『に』の文字……あれは明らかに貴方を指し示している。そう、死んだはずの貴方をね。正しくは……私たちに死んだと思わせた貴方を!」
バッ!と西香を指差した衣玖のテンションにつられて真凛もバン!と机を叩いた。
「衣玖刑事!どういう事なんですかっ?!」
衣玖は西香の使ったトリックを完全に見抜いていることを主張するように、西香をきっちりと見据えて真凛に説明を始める。
「いい?真凛。私たちはみんな彼女が死んだものだと思っていた。死人が人を殺せるわけがない。そこが盲点だったのよ。彼女は死んだふりをして、ルー殺害の完璧なアリバイを作るつもりだったの」
ぶー!!口に含んでいたお茶を吹き出す西香。
「ちょっとお待ちください!!わたくし死を偽装した覚えなんてありませんけど!?というか留音さん死んだんですの!?わたくし犯人扱い!?」
ソーサーにお茶をこぼしながら本気で焦るように訊き返すが、衣玖にしてみれば三文芝居も甚だしいというところみたいだ。
「だまらっしゃい!白々しい……じゃあ真凛、そこの子も。昨日彼女が生きているという確信を持っていた?ルーが晩御飯の時に言った『多分死んでる』って言葉に違和感はなかったわよね?」
衣玖の問いかけに真凛は「た、確かに」と頷く。もう一人のその子はおろおろとしているが。
「……ほら、私と真凛はそう思っているから多数決であなたは死を偽装していたという事になりました」
「なりました、じゃありませんわよ!貴方達!いい加減わたくしがほんの一日でも顔を見せなかっただけですぐ死んだ事にするのやめてくださいませんか!?」
「Shut up!それに貴方に繋がる証拠はまだあるの……ルーのDyingメッサゲよ!!」
「衣玖刑事!思い出したようにちょっとネイティブです!」
「もういいですわ。留音さんがわたくしを名指しする可能性もありませんし、どうせ突飛な話でしょう。仕方ないから聞いてあげます」
やれやれとお茶を入れ直す西香に、衣玖はふふんと笑い「それはどうかな」と余裕の態度を見せた。
「ダイイングメッセージの『に』……これはルーが私に宛てた犯人の名前なのよ。それが何故『に』であなたに繋がったか……?それはね、ルーは知っているの。私があなたの名前を割と頻繁に間違えてしまう事を……そう!私があなたの名前を『にしか』だと思っちゃう事を!」
名探偵よろしく人差し指からレーザーを出して攻撃!西香はそれを弾き飛ばして反論した。
「思っちゃう事を、じゃありませんわよ!!リアルにショックなんですけど!?超絶失礼な上に間違ってる名前で犯人扱いされるなんて!……とにかく、普通そんな回りくどいメッセージなんて残しませんわよ。『に』で始まる別の言葉を考えてみたらいかがです?例えば……『にく』」
Kabooom!西香は爆死した。
「Oh NooOOOOー!」
「衣玖刑事!多分死んでます!!」
そんな……!衣玖は膝をつく。なんということだろう。でもこれは真犯人の妨害工作である事は間違いないとIQ三億と書かれた衣玖の脳細胞が囁いている。
「にし、……じゃなくて西香の死は無駄にはしない。恐らく犯人は『にく』という言葉を恐れたのね」
にく……肉……牛さん、鳥さん、豚さん……料理……!え……まさかそんな!?衣玖の中で線が一本に繋がった。
「ふっ、そうだったのね……真凛。やっと事件の全貌が見えてきた。真犯人はあなたよ、真凛巡査」
ビシ、と指された真凛は一瞬目を見開き、ゴクリと唾を飲み込む。まさか巡査だったというのか。
「……い、いやですよ衣玖刑事……ど、どうしてわたしになるんです……」
「やっとわかったのよ。ルーの残した言葉は、本当は肉だった。彼女のボキャブラリーに登録された『に』の言葉は肉しかない。それに漢字で肉と書けないことを合わせれば、もう肉としか考えられない」
あの世から声が聞こえる。「そんな事ねぇぞ!?」あの子がビクついて辺りをキョロキョロ。
「うっ……確かにそうですが……で、でも!それでどうしてわたしに繋がると言うんですか!?」
また声が聞こえる。だから!そんな事ねぇぞ!!もう一回あの子がキョロキョロ。
「当然の疑問ね……でもいい?肉は料理するもの……そしてうちのお料理担当は真凛。何故ならわたしはキッチンを実験場に変貌させ、未来料理を作ったのをあなたに殺されかけるほど怒られてから使ってないし、ルーは卵かけ御飯を料理と言い張ることしかできない無能……西香はよく覚えてないけど、とにかく肉を調理できるのはあなたしかいないのよ、昨日は豚"肉"料理だったしね」
衣玖の完璧な推理に反論の術をなくした真凛はただがっくりとへたりこみ罪を認めるのだ。
「IQ三億には敵いませんね……そうです刑事さん、わたしがやったんです……だって、だって留音さんがあんなに酷いことを言うから!!」
ラーラ〜〜ララ〜〜……ララララー……犯人が聞いてもいない動機をつらつら語るシーンになると流れるお決まりのBGMに乗せてどうぞ。
「これはそう、昨日の深夜、物音が聞こえてキッチンに出ると、冷蔵庫を覗き込む留音さんがいました。わたしはなにしてるんですかと聞くと……」
「おぉ真凛。いやちょっと小腹が減っちまってよ。あ、今日の味噌汁の残りないの?白飯あるからぶっかけて食いたいんだけどさぁ」
バカな留音さん……物覚えが悪くて、わたしの言葉は全然聞いてくれない……。
「……じゃありません……」
「え?」
「味噌汁じゃありません!!」
そう。わたしは何度も言ってきたことでした。留音さんが味噌汁だと言い張る汁物は、十中八九豚汁です。お肉は豚派のわたしの大切なお料理の一つ……それが豚汁。
「いつも言ってるじゃないですか!豚さんの入った汁物は豚汁だって!」
「えぇ?別に変わんねーじゃん、豚汁も味噌汁も同じようなもんだろ?まぁ無いならあたし特製のTKGで……」
その時、わたしの中で何かがぷつりと切れました。味噌汁と豚汁は違うものです。だってわたしの作る味噌汁にはお肉もお魚も入れません……昔ながらのお味噌汁……なのに!!!そう思ったら手が勝手に動いていたんです。
気付いた時には目の前に血を流して倒れる留音さんの姿がありました。そしてわたしの手には凶器となった血の滴る金の豚さん人形……その日は夢だと信じて眠り、次の日……あとは刑事さんの知っている通りですね……。
「そういう事だったのね……」
衣玖は深い息を吐きながら少し同情するように目を伏せた。ちなみに、舞台はいつの間にか崖の上に変わっていますが、バグではなく仕様となります。
「わたしはただ……豚さんを使う料理がどれだけおいしいのか……それを知っていてほしかった。豚さんの入っていない料理と同じ扱いである事が嫌だったの……!それだけのはずだったのに……どうしてこんなことにぃ……っう、うぅう……」
悲しいすれ違いが作った悲しい事件……衣玖は思う、人々の過去の過ちが取り返せないことに気付いた時の瞳は、本当に悲しいものだと。実に三億もの事件を解決してきた熟練の刑事である衣玖も、こればかりは慣れない。
「……きっと、あの料理を味噌汁と呼んでいたのは、ルーの優しさだったのよ……」
いたたまれないし、今の真凛にこんな事を言うべきかどうか、もう少し考えるべきかもしれないと、衣玖の心ではわかっている。それでも留音の無念は伝えねばならない。
「ど、どういうことですか……?」
そんな馬鹿な。そう言いたげに真凛はしっかりと衣玖を見据える。衣玖は真剣でいて優しげな眼差しでそれに応えた。
「いい?本当の豚汁はね……お味噌が入っているの。でもあなたが豚汁と言い張るものには……?入ってない。すごく美味しいのは認めるけど、あれは豚汁ではないのよ……」
そう、衣玖は豚汁についての関心が高い。なぜならIQ三億だからだ。当然にぼしや胃カメラの詳細も熟知しているし、潰しやすいペットボトルの秘密だって知っている。
「そ、そんな……!?嘘です!豚さんの入った汁物は全て豚汁のはずです!だって豚さんの汁と書いて豚汁っ……そうでしょう!?」
物事の価値観が変わることに抵抗する真凛が声を張り上げる。でも人間がいくら騒ごうが、物事の本質や真理が変わるわけではないのだ。
「これは本当の事よ。それでも豚汁だ豚汁だと言い張るあなたのために、ルーは世界の真理を無視してまであれを味噌汁だと言い続けた。なぜなら全ての豚汁は味噌入りだから。例えあなたの料理に味噌が入っていなくても、豚汁だと思っているあなたの料理を味噌汁だと言うことで、架空でもお味噌を加えているつもりだった……少しでも豚汁に近づけるために。ルーひとりだけが真凛の豚汁論を守り続けたの。まるであなたを……残酷な豚汁の真実から守るかのように」
まるで決壊したダムのように涙を流す真凛。真実の愛を得ていながら、それを壊した自分。豚という食材。そして、出汁。絆は汁物にあったのだ。
「じゃあ……じゃあっ、わたしの作っていたあれは……っ!!」
「ただの、豚の煮込みスープよ……それを味噌汁だと言ってもらえていたあなたは……ずっと、愛されていたの」
「う、う……っ。私は……愛されていた……!」
「私のドクロは……最後まで認めてもらえなかったけどね……」
「うわぁぁぁぁああん」
こうしてまた、悲しい事件に幕が下りた。たったひとつのすれ違いが、こんなに大きな惨劇の幕を上げてしまう。そんな人間の業の深さ……それが愛の裏返しである事もまた、衣玖刑事の事件簿には綴られる事だろう。
ちなみにひとつ、付け足しておく。
留音は、お吸い物も味噌汁と呼ぶ。
この前に衣玖の好きなドクロマークが完全否定される話がありました。
一話完結じゃなかった時に書いてた頃の話です。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。マーク否定の話はシリーズ一覧からドクロを布教しようとした話、みたいなのがあって、それです。