癒しのお菓子 その2
「さあエルダ、お前のエプロンをわたくしに貸しなさい!」
翌日の午後、授業が終わったわたしは高らかに叫んだ。
侍女は「はいはい」と言いながら、ライディに白いエプロンを渡す。
「今日は、クッキーを作るのよ」
「はいはい」
「メイリィ・フォードと友達になったのよ」
「はいはい」
「なんと、メイリィはわたくしの恋を応援してくれるというのよ、なんて美しい友情でしょう」
「ものすごい手のひら返しですね」
「呆れを通り越して、いっそ清々しいな」
「これもわたくしが潔く非を認めて頭を下げたからです。勇気ある振る舞いですわ」
「自画自賛」
「うっとおしいな」
「なによ、お前たちがわたくしを誉めないからでしょう! わたくしは誉めて伸びる子なのよ」
「はいはい」
「偉い偉い偉いからもう黙りなさいお嬢様」
歯をむき出して笑いながら、ライディがわたしの頭をグシャグシャと撫でた。
「痛い痛い痛い、乱暴ものっ!」
わたしはライディの手から逃れて頭を押さえた。
「あのね、子どもは叱ったら倍誉めないといけないのよ」
「確かにお嬢様はお子様ですが、うっかり誉めるとすぐ調子に乗りますからね」
エルダがそう言いながら乱れたわたしの髪を素早く整えた。
「早く行かないと、メイリィさんを待たせてしまいますよ」
「あら、いけない。行くわよ、ライディ」
わたしは従者の開けたドアから出て、エルダを振り返った。
「上手くできたらお土産に持って帰るからね!」
エルダは口の端でふっと笑い、「行ってらっしゃいませ、お嬢様」と頭を下げた。
「では、行きますわよ!」
厨房で、エルダのエプロンを着けたわたしは気合いを入れる。
手に持った卵を、そっと台に打ち付けた。
こん、こん、と慎重に何度か叩き、卵にひびが入る。
「ひびの真ん中に両方の親指をかけて」
「こうかしら?」
「そうです、そのまま開くように力を入れて……そうよ」
器の中に、ポトンと生卵が落ちた。
「できましたわ!」
前世の記憶があるけれど、残念な女子高生だったわたしは恥ずかしながら卵もろくに割れない女子でした。
バレンタインデーの友チョコも、溶かして型に流し込むだけなのに何故か油と変な固まりに分離させて失敗してましたが何か?
「上手にできましたね。殻が入っていないか、よく見てください。殿下が食べた時にガリッとしたら大変ですからね」
「ええ、レンドール様に卵の殻を食べさせる訳にはいきませんもの」
そんなことをしたら、変なお仕置きをされそうだしね。
卵の殻を確認したら、さっきバターとお砂糖を混ぜてふわふわになるまでかき混ぜたものに加え、またよく混ぜる。
そこに、メイリィが小麦粉を振るいながら入れた。
「ここはさっくりと、底からこすりあげる様に混ぜて、あまりこねないで」
「わかったわ」
炒った木の実と干して刻んだ果物を入れたクッキーだねを、天板にスプーンで落として焼いたら出来上がり。
「すごいわメイリィ、わたくしクッキーを作れたわ」
「あまりオーブンに近づくと火傷しますよ。あら、鼻の頭にたねが付いているわ」
メイリィが鼻を拭いてくれた。
「ありがとう」
わたしが言うと、メイリィは笑った。
「本当に、ミレーヌ様は率直な方なんですね。いじめもわかりやすかったし。あら」
メイリィがうっかり言っちゃった、と口を押さえた。
「……いいのよ。本当の事だから。わたくし、腹芸が苦手なのよ。貴族として必要なのに」
わたしはため息をついた。
「だから、あなたにレンドール様を取られると思って突撃しちゃったの。くだらない事をしてごめんなさい」
「陰険な事をされるよりも、むしろよかったですよ」
メイリィが落ち込むわたしを慰めてくれた。
「この学園に入学する時、辛いことがあるのはある程度覚悟はしていたし、このくらいでは負けませんよ。庶民は打たれ強いんですから」
「たくましいのね」
「ええ、いい就職口を見つけるためには頑張りますよ、わたし!」
このヒロインは、見た目と中身が随分違うみたい。
「そろそろ焼けたかな」
熱いからここはわたしがやりますね、と言って、メイリィがクッキーの乗った天板をオーブンから出してくれた。
「まあ、ちゃんとクッキーだわ!」
「味見してみましょう」
あつあつのクッキーを頬張りながら、わたしたちは美味しい美味しいと笑った。
メイリィと一緒に作ったクッキーは、なんだか特別に美味しい気がした。
「ライディ、こっちにいらっしゃい」
部屋の隅で待機していたライディを呼んで、口にクッキーを放り込んだ。
「どう? 美味しい」
「うまい」
イケメン従者はもぐもぐと口を動かしていて、それがちょっとかわいくて笑ってしまった。
あの王子にやるのはもったいないな、という呟きが聞こえたのは気のせいだろう。
後片付けをして、レンドール王子の分のクッキーを紙袋に入れた。
喜んでくれるかな?
そういえば、わたしがレンドール王子に手作りの物をプレゼントするのは初めてだ。
今まではお金にものを言わせていたからね!
メイリィに「頑張って!」と見送られ、わたしは王子のいる建物に向かった。
王族であるレンドール王子は、寮ではなく特別な離れに暮らしている。
ちなみに、隣国の王子であるケインもそっちにいる。
わたしは離れをノックして、王子への取り次ぎを頼んだ。
実は、入学した当初に、レンドール王子会いたさに何度もここに押しかけて、わたしは出入り禁止になっているのだ。
「お渡ししたい物があるから、レンドール様に取り次ぎなさいと言っているのよ」
「しかしながら……」
「中には入らないわ。レンドール様はいらっしゃるんでしょう? お会いできないとおっしゃるなら、これをお渡しして帰りますわ」
本当は直接手渡ししたいんだけど。
レンドール様の従者がしばらくして戻って来た。
ちょっとびっくりした様子だ。
「殿下が中でお待ちいただくようにとおっしゃってます」
あら、出入り禁止は解かれたのかしら。
ライディを連れたわたしは王子の部屋に案内された。
「従者の方はここで待機していただきます」
促され、クッキーを持ったわたしはひとり中に入った。