癒しのお菓子 その1
ダンスパーティーも無事に終わりもうすぐ夏休みというある日、わたしは放課後のひとときを侍女のエルダが入れてくれたお茶を飲んでゆっくりと過ごしていた。
「そういえば、お嬢様は最近いじめをやめたみたいですね」
「ぶっ」
わたしはあやうくお茶を噴き出しそうになったのをこらえた。
こらえたが、どうやら少し鼻の方に行ってしまったみたいで、つんとする。
穏やかな午後のひと時に爆弾を投げ込んだのは、グリーンがかった銀髪に濃い緑の瞳で、見た目的には申し分のないイケメン従者であるライディだ。
「ああ、そういえば、小物臭がぷんぷん漂うようなくっだらないいじめをなさっていたそうですね」
こちらも見た目は美女のエルダが答える。
「イェルバン家の令嬢ともあろう者が、実家の権力を笠にきて一庶民の娘相手に嫌味を言ったり仲間はずれを強要したり、どこのガキだってくらいに品性に欠けるふるまいをずいぶんと楽しそうにしていましたね」
「あほらしくて注意すらためらうレベルですよね。お茶のおかわりはいかがですか」
まっすぐな金髪をきりっと束ねたとび色の瞳の美女であるエルダに言われたけど、わたしは鼻に入ってしまったお茶のせいだけではなく涙目になってカップを置いた。
平坦な口調で淡々と言われるのって、結構こたえるのよ。
「しゅ、主人に向かって小物臭とか、失礼だわ」
「主人としての尊敬が欲しいなら、それなりの行動をしていただかないと」
「やることのレベルが低すぎてお粗末ですわ」
うわーん、ふたりの目が冷たい。
「もうやってないもん」
「うわあ、『もん』とか言っちゃってあざといですね」
「涙目になるとちょっと可愛いからって、それで全部許されると思ってるんですね」
鋼のメンタルを持つライディとエルダは、とにかくわたしに容赦ない。
「そういえば、いじめられていたメイリィさんは、毎日お嬢様にキツイことを言われて涙目になっていましたよね。学園に来るのが辛かったでしょうね」
「貴族のお嬢様に言い返すことなどできない立場ですからね、よくやめずにがんばりましたよね」
「……だから、反省しているも、しているわよ」
あやうくまた『もん』と言いそうになった。
いじめをしていたのは、わたしに日本の女子高生としての記憶が戻る前のことだから、記憶が戻ってからはやっていない。
だって、子どもの頃から『いじめは良くない!』って刷り込まれているからね。
でも、やっぱりわたしはミレーヌなのだから、やったことに対する責任はある。
「ふうん、悪かったと思っているんですね」
「だからやめたでしょ! もうしていないでしょ!」
涙目のままなんとか抗議をすると、ライディの透明な緑の瞳が、わたしの目を覗き込んだ。
ライディ、顔近いよ!
パーソナルスペースを考えようよ!
彼はなぜかわたしの顎にくいっと指をひっかけて言った。
「でも、謝ってませんよね」
「……」
「俺は毎日お嬢様に付き添っていますけど、まだ謝ったところを見ていない」
「……」
「未来の王妃であるお嬢様は、自分の非を認めてきちんと謝ることもできないヘタレなんですか」
目の前にアップになったイケメンが、プレッシャーをかけてにっこりと笑った。
そんなことがあった翌日、わたしがライディを連れて歩いていると前方にメイリィ・フォードが見えた。
一瞬足が止まったけど、ライディの方をチラッと見たらわたしを試すように緑の瞳がきらめいたので、ふんっと気合を入れて彼女の方へと足を早めた。
ひとりで歩いていたメイリィ・フォードは、わたしに気づくとびくっと身体を震わせ、身を翻そうとした。
「お待ちなさい、メイリィ・フォード!」
上からぴしゃりと言葉を投げつけてしまう。
ああ、うっかりいつものように高飛車お嬢様モードになってしまったわ!
「ちょっと話があるの。聞きなさい」
「お嬢様、どつきますよ」
「……少々お時間をいただいてもよろしくて?」
ライディに低い声で囁かれたわたしは、あわてて言い直した。
「わたしのような者に何か御用ですか」
ふわふわの金髪に丸いピンクの瞳をした彼女は、今日はわたしに何を言われるのかと脅えた顔でこっちを見ている。
その表情は、思わず守ってあげたくなるようにいたいけで可愛らしい。
さすがはヒロインである、もてもてになるのがわかる気がする。
「ええと……」
呼び止めたのはいいけれど、なかなかその先を言い出せなくて下を向いてしまうわたし。
ああ、早くしないとライディにどつかれる。
「その、ね」
「はい?」
「あの……」
目をうるうるさせながら、メイリィはわたしの言葉を待っている。
やだもう、こんなに可愛い子が恋のライバルだなんて。
わたしなんかに勝てっこないじゃない。
「……悪かったわ」
「え?」
「だって、だって、あなたはふわふわした金髪で瞳なんかピンクで綺麗で可愛いし頭もいいし魔力も強いし、優しくてお菓子作りなんかも得意で気も回るし、レンドール様を癒せるでしょ! みんなあなたの事を好きになるじゃない、レンドール様だって好きになるじゃない、わたしなんか全然かなわないもん、メイリィみたいに可愛くないし、上から目線が身に付いちゃってるし、癒し系じゃないんだもん、だから、あなたにレンドール様をとられちゃうと思ったのよ! あなたがいなくなれば、レンドール様も……わたし、だから……ごめんなさい」
「……」
「今までいじわるしてごめんなさい!」
わたしは頭を下げて、ぎゅっと目をつぶった。
メイリィは黙ったままだ。
いつまでたっても言葉が降って来ないので、わたしはおそるおそる頭を上げてメイリィの顔をうかがった。
彼女は、口元を押さえて赤くなっていた。
「あの……?」
「ミレーヌ様……」
脇にいた従者が、「なんですかそれ新手のいじめですか」と呟いた。
失礼な。
謝罪しただけじゃない。
「そんな……熱烈にほめていただくと、わたし、なんだか……照れちゃうんですけど」
ほめていた?
わたしはぽかんとしてメイリィの顔を見つめた。
「ああもう、無自覚なんですか? わたし、こんなに面と向かってほめられることなんてないから、やだもう恥ずかしいわ、どうしよう……」
真っ赤になって涙目になってうろたえるメイリィは、とてもかわいかった。
「もうもうっ、何を言っているんですか! ミレーヌ様こそすごくかわいいです、品があるお嬢様だし、庶民のわたしとは大違いです」
「メイリィの方がかわいいわ、みんなの心をなごませるし、男の子にもてもてで……わたしにない魅力をいっぱい持ってるから、だからレンドール様だって……わたし、優しい言葉をかけられないし、お菓子だって作れないし……」
「お菓子なんて、慣れればすぐに作れますよ。それからわたし、殿下のことはただのお友達で、ミレーヌ様の考えているようなことはまったくありませんから。わたしがこの学園に入ったのは、魔法の勉強をしていい就職口をみつけるためなんです。だから、恋愛とか興味がないんです、安心してください」
「えっ、そうなの?」
てっきりイケメンハーレムを作るために入ったんだと思っていたわ。
ここは乙女ゲームの世界にそっくりだけど、まったく同じというわけではないのね。
「わたくし、あなたの事を誤解していたみたいだわ。ごめんなさい」
「いいんです、誤解が解けてよかったです」
そういって、メイリィはふわりと笑った。
「そうだわ、ミレーヌ様、もしよかったらわたしがお菓子の作り方を教えましょうか?」
「え?」
メイリィがわたしの手を取って言った。
「意外に簡単にできるんですよ。そうですね、クッキーなら初めてでも大丈夫だと思うわ。どうですか? 作って殿下にプレゼントしたら、喜ばれるんじゃないかしら。ね?」
「いいの? わたくしに教えてくださるの? メイリィ……あなたって、いい方ね!」
「殿下とのこと、応援させてください」
この子、まじ天使!
ありえないほどいい子だわ。
わたしもメイリィの手を取って、ぎゅっと握った。
「ありがとう。あの、もしよかったら……あんないじわるをしていたくせに、むしがいいって思われるかもしれないけど、その……」
「ミレーヌ様、よかったらお友達になってください」
「いいの? 本当にいいの?」
「はい」
天使天使天使! まじ天使!
「もう、そんなウルウル瞳で上目遣いしないでください! へにゃ顔したりして、かわいいんだからっ」
なぜかメイリィに頭をいい子いい子されていた。
「一緒にお菓子を作りましょうね。クッキーをおぼえたらケーキも焼きましょう。きっと殿下はびっくりされますよ。学園の厨房をお借りしましょう、ミレーヌ様はいつがいいかしら? 今先生に頼んできちゃいますね」
しっかりもののメイリィはあっという間に厨房の手配や材料の調達までして、わたしたちは明日の放課後にクッキー作りをすることになった。
そしてなぜか、ライディに「この人たらし」と呟かれた。




