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サマーパーティー その4 

 さっきまで一緒に踊っていたらしいレンドール王子とメイリィ・フォードが、談笑しながらバルコニーに出てきた。

 体格ではどう考えても勝てそうにないサンディル様は、わたしに口をふさがれてバルコニーの端にぐいぐいと押し込まれる。

 おそらく予想外の事態に流されているのだろう。

 このままだとサンディル様を襲う事すら可能かもしれない、すごいぞわたし。

 いや、襲わないけどね。


「殿下、ずっと踊っていらっしゃって、お疲れじゃないですか?」


「さすがに喉が渇いたな。少し休もう」


 二人は手に飲み物を持ち、バルコニーの手すりまで進んだ。


 仲、いいのね。メイリィは入学したばかりじゃない。

 ただの平民が学園のトップとあっという間に親しくなったのは、ゲームのヒロインだからなのね、きっと。

 わたしは唇をかんだ。


 わたしの腕が掴まれ、サンディル様の口をふさいでいた手が外された。

 暗いからよくわからないけど、少し顔が赤くなっているようだ。息が苦しかったのか、ちょっと涙目になっているのが小さな男の子みたいでかわいい。

 睨まれたけど、睨み返す。


 できることならこの場から逃げ出したいけど、明るい方へ行かないと会場には戻れない。

 これからここで、レンドール王子とヒロインの心の交流イベントが始まるのだろう。そんなもの、見たくないなあ……。


 そんなわたしの気持ちをよそに、二人の会話は続く。


「殿下も大変ですね、いつも気が抜けなくって。国王になるのって、かなりの重圧でしょう」


「まあな。しかし、生まれた時から決まっていて、覚悟はとうに決めてあるからな、やり甲斐のある仕事だと思うし」


 ドリンクを飲み終わったレンドール王子はグラスをテーブルに置き、バルコニーの手すりに寄り掛かっている。


「強いんですね」


 隣に立つメイリィがうっとりとレンドール王子を見上げる。


 やだやだー、ヒロインさん、攻略するのは別の人にしてくれない?

 なんならここにいるサンディル様を紹介しますけど。

 そんなに近くでレンドール王子を見たら、あまりのかっこよさに本気で好きになっちゃうじゃない、離れて離れてっ!


「わたくしに、何かできることはありますか? いくら殿下が強くても、時には癒されたいと思う事もあるんじゃないんですか」


 段々と聞いたことのある内容になってきたわ。


 けれど、レンドール王子はここでメイリィを見つめたり手を取ったりせずに、ただ肩をすくめた。


「大丈夫だ、一応俺の傍らに立って、俺を助ける……はずだが最近それも怪しいが、とにかく、伴侶となる者もいるからな」


「ミレーヌ様、ですね」


 うわー、目の前で自分の話をされるのって嫌だわ。


「お前にはミレーヌが随分迷惑をかけてしまったらしいな、済まなかった」


「いいえそんな! 殿下のせいではありません」


 はいはい、みんなわたしのせいですよ。


「ミレーヌ様だって、きっと悪気はないのですわ。わたしがでしゃばったりするから……でも、殿下とお友達になれて、わたし、本当に嬉しかったんです」


「メイリィは……優しいな」


 レンドール王子は呟くように言った。

 やだ、今の会話できっとメイリィの好感度がアップしてるわ。


「それに比べて、ミレーヌは……」


 ちょっと、違う女に婚約者の愚痴を言うつもり?


「俺の周りの者にくだらないイジメをするから妬いているのかと思えば、別の男に色目を使われて煽るような態度をしたり、見た目のいい男を従者として侍らせていたり、まったくどうしようもない女だ、おかげでこっちはヒヤヒヤするばかりでちっとも癒されない」


 うわー、評価最低でした! ショックなんですけど。

 でも、妬いてイジメをしたのは確かに認めるけど、色目を使ったり煽ったりなんてしたおぼえはないわよ。ライディの見た目がいいのはそういう人なんだから仕方ないじゃない、外見じゃなくてメンタルの強さで従者をやってるのよ、彼は。


「だってさ、最悪じゃん」


 サンディル様が笑いを含んだ声で囁いた。

 わたしは黙って俯いた。


 恋のライバルに自分のこと愚痴られるのって、堪えるわ。


「どういう訳か、婚約破棄したいなどと馬鹿げたことまで言い出すし……あれが何を考えているのか、さっぱりわからん」


 ため息混じりの王子に、メイリィは言った。


「もしかして……ミレーヌ様は王妃の座に着きたいのかしら……でも、誰か他に好きな人ができて、そちらを取ることにしたとか」


 ちょっと何を言い出すの、んなわけないでしょ! 適当なことを言って王子に揺さぶりをかけないで欲しいわ。


 でも、頭のいいメイリィにそんなことを言われて、王子は信じてしまったのかもしれない。顔をしかめている。


「やはり、ケインに乗り換えるつもりなのか? エルスタンの国の王妃に収まる気でいるわけか」


 違うわよ!

 わたし……ミレーヌはね、レンドール王子が好きで好きで、あの七面倒くさい王妃教育を幼児の時からずっと頑張ってきたのよ!

 じゃなかったら、遊びたい盛りの子どもが勉強を全力でやると思う?

 王妃の座なんてどうでもいいの。

 わたしはレンドール王子が好きなだけ。

 それを、乗り換えるだなんて……。

 結局、わたしのことを全然信じてくれていないのね。


 わたしは悲しくなって、肩を震わせて涙を流した。

 ばかばか、レンドール様のばか、もう知らない。


「おい、ミレーヌ……なに泣いてるんだよ」


「うるさい」


「……お前、子供だな」


 そういいながらも、騎士らしくフェミニストなサンディル様は、わたしに胸を貸してくれた。ついでに頭も撫でてくれる。完全に子供認定されたようだ。


 しかし、そのサンディル様の優しさが裏目に出た。


「あれがもっとおとなしく俺の隣におさまってくれれば……いや、おとなしいと面白くないな。……! 誰だ? そこにいるのは?」


 わたしがしゃくりあげた声が聞こえてしまったのか、レンドール王子に気づかれてしまったようだ。  

 顔を上げると、彼はすぐ近くに来ていた。


「ミレーヌ、まさか、こんなところで逢い引きをしていたのか」


「レンドール、俺はそんなに趣味が悪くない」


 冷静に言い返すのは、サンディル様。


「じゃあなんで抱き合っているのだ」


「こんなのと抱き合うかよ。まあ、こんなのでも一応女の子だからな、泣いていたら無下に扱う訳にもいかず、まあ成り行きで」


「成り行きで人の婚約者と暗闇で抱き合うとは」


 わたしはレンドール王子に腕を強く引かれた。

 そのままサンディル様から身体を引き離されたわたしは、レンドール王子の腕の中に倒れこむ。


「まあ、またこれが何かやらかしたのだろうが、手を出すなよ」


「出さねーよ。でも、つんつん女のべそかき顔は意外と可愛かったけどな。こう、いじめられた子ウサギみたいにへにゃあっとして」


「お前、泣かせたのか?! 何ををした?」


「泣かせたのはお前だぞ。お前こそ、他の女と婚約者の前でイチャイチャして女を泣かせてんじゃねーよ」


 呆れたように言うと、サンディル様は「あのふたりにかかわるな、犬も喰わないから」なんて言いながら、メイリィ・フォードを連れて向こうに行ってしまった。メイリィはまだレンドール様の事が気になるらしく、ちらちらこっちを振り返りながら、サンディル様に促されて会場に戻って行った。心の交流イベントがまだ中途半端だものね。


「さて、ミレーヌ。聞かせて貰おうか」


 真正面からわたしを抱き込んだレンドール王子が、頭の上で言った。

 怖くて上を見れない。


「なぜお前は、少し目を離すと他の男の腕の中にいるんだ?」


「それは……レンドール様こそ、メイリィ・フォードと仲良くして」


「俺は抱き合ったりなどはしていないぞ」


「わかりませんわ! あのままいたら……だって、メイリィ・フォードはどうしようもない女のわたしと違って、優しくて、一緒にいると癒されるのでしょう? 国王になる重圧をわかってくれる人なんでしょう? レンドール様は、メイリィ・フォードが、す、好き、なんでしょう?」


 わたしはまた悲しくなって、しゃくりあげながら言った。


「お前は……メイリィ・フォードをそんなに目の敵にして。彼女を何だと思っているのだ?」


「こ、恋の、ライバル?」


 そうよ、大好きなレンドール様をわたしから奪ってしまう、悪魔のような恋のライバルなのよ!


 わたしはレンドール様に縋り付きながら、激しくしゃくりあげた。


「わたくしは、レンドール様が、大好きなのに、お嫁さんになりたくて、ずっと、頑張って、きたのに、」


 彼が黙っているので、わたしは服をきつく握って言いたいことを全部ぶちまけた。


「なのに、レンドール様は、メイリィ・フォードを選んで、わたしのことを邪魔にして捨てるのでしょう! わたしの気持ちなんて重いだけで鬱陶しいだけで、だから……」


「……」


 心の中を言い当てられたせいか、レンドール様は何も言わなかった。


 ああ、もうおしまい。

 悪役令嬢ミレーヌは、レンドール様の前から退場するわ。


 わたしはレンドール王子の服から手を離し、胸を押しやって、離れた。


「さようなら、レンドール様。もうあなたの前には現れませんわ。正式な婚約解消はまた、後日に」


 捨てられる前に姿を消すのは、ミレーヌとしての最後のプライドよ。


 わたしはきびすを返して、寮へ帰ってしまうつもりで建物の出口へと向かおうとしたが。


「きゃあっ」


 強い力で再び引っ張られて、気がつくと元通り、レンドール様の腕の中にいた。


「まったく、勘違いばかりして、本当にどうしようもない女だな、お前は」


 キツイ事を言っているはずなのに、なぜか声音が甘く感じられて、わたしはレンドール王子を見上げた。

 彼は整った美しいその顔に甘い笑みを浮かべていた。


「何をひとりでこじれているんだ? いいか、ちゃんと話を聞け。俺はお前と婚約解消する気はないし、後釜にメイリィ・フォードを据える気もない」


「それでは、愛のない結婚をして、身分の低いメイリィ・フォードを愛人として迎えると……さ、最低ですわ!」


「……お前の中で俺はどんな人物なんだ。この頭を割って覗いてやろうか?」


「痛い痛い痛い、暴力とは卑怯ですわ!」


 ぐりぐりとこめかみにゲンコツを当てられ、わたしは泣き声をあげた。


「ほう、この頑固な石頭も痛みを感じるのだな」


「当たり前ですわ。それに、わたくしは別に頑固ではありません」


 んもう、ずきずきするわ。横暴王子め。


「とにかく、俺はお前以外の者と結婚する気はないし、愛人を持つ予定もない。だから、これまで以上に勉強に励んで、俺の隣に立つのにふさわしい女になれば良い。俺はお前の能力をかっているし、まあ、見ていて面白いし、その……割と気に入っている。だから、余計な事を考えるな……まだ納得できないのか?」  


「できませんわ。どうしてわたしなのか、わがままで高飛車で、意地悪な悪役令嬢なのに」


 そういうと彼は声をあげて笑った。


「確かにその通りだな、まったく俺は女の趣味が悪い。仕方がないな、こうすればわかるか?」


「え?」


 顎に指をかけられ、強引に上を向けられたわたしの顔に、レンドール王子の青い瞳が近づいて来たかと思ったら、唇をふさがれた。


「んっ」


 王子の唇がわたしのそれを挟み込み、舌でペロリと舐めた。

 わたしは頭が真っ白になって、固まったままレンドール王子にされるがままになっている。


 柔らかな唇はしばらくわたしの唇を優しく食んでいたけれど、やがてちゅっ、とかわいらしい音を立てて離れていった。


「な、い、今のはっ」


 キスですか?

 なんでレンドール王子がわたしにキスなんかするんですか?

 そういえば前にもされたような気がするけど、あれはその場の勢いだと思っていたわ。


「俺はお前が気に入っていると言っただろう。お前は俺のものだ」


「きゃあっ、何を」


 レンドール王子はドレスの胸元に指を引っ掛けて下に下ろすと、とんでもないことにそこに唇を寄せた。

 やめてー、わたしは本当に男性に免疫がないのよ! 顔が近づいただけでパニックになっちゃうレベルなんだから!

 わたしは顔を強張らせて、自分の胸に顔を埋めるレンドール王子を見下ろした。


 これって、セクハラ、よね?

 しかも、普通じゃやらない、すごくエッチなことよね?


「や、そんな、不埒な真似は、痛いっ」


 彼は白い膨らみを痛いほど吸い、わたしを見上げてにやりと笑った。


「これは、お前が俺のものだという印だ」


 見ると、そこには赤い跡が付いていた。

 わたしは慌ててドレスを上げ、それを隠す。


「やめて、変なことしないで」


「これでわからなければ、違うところにも付けるが」


「ダメです、もうやめて」


 違うところって、いったいどこよ?!

 ものすごく嫌な予感しかしないので、わたしは後ずさりながらイヤイヤと頭を振った。


「俺の部屋に来るか? 鈍感な箱入り娘のお前にもよくわかるように、丁寧に教えてやるが」


「い、行かない! 絶対に行かないから!」


「ほらまた、そんな煽るような顔をする」


 顔を火照らせ、動揺して涙目になったわたしを、レンドール王子は楽々捕まえてまた腕の中に閉じ込めた。


「今夜は俺以外を見るな。さあ、踊りに行こう。あのいまいましい従者と踊った回数以上俺と踊らないと、さっきの続きをするからな」


「ひっ」


 何やら不穏なことを言っているけれど、どうやらわたしはまだこの大好きな婚約者の側にいていいみたい?


「レンドール様は、もしかしてわたしのことを……」


 恐る恐る尋ねると、彼はまたわたしの唇に軽くキスを落として笑った。


「いろいろ面倒な女だが、今のところ、かなり気にいっている。いいか、疲れたら休んでもいいが、俺から離れたら許さないからな。わかったか」


「はい」


「俺以外の男に近づいたら、さっきの印を皆に見せるぞ」


「やめてください!」


「俺以外の男としゃべるのも駄目だ。特に、ケインとサンディルとは絶対に口をきくな。きいたら泣かす」


「……はい」


「それから……」


 何だか無茶苦茶な約束を延々とさせられながら、わたしはレンドール王子にエスコートされて踊りの輪に入る。


「とにかく、今夜は俺だけを見ていればいい」


 王子はとびきりのきらめく笑顔をわたしに見せて言った。


 それなら簡単なことだわ。

 わたしはレンドール王子の瞳に映る自分を見て、微笑みを浮かべながらステップを踏みはじめた。


 恋するわたしにとって、サマーパーティーは忘れられない幸せなひと時になった。

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