そして、大団円
リリアーナの身体を抱えたレンドール様とわたしは、まだ光に包まれながら魔物の群れと戦う学園生たちのところに戻った。
レンドール様は回復役たちの後ろの方にリリアーナ様を放り出した。
「しばらく転がしておいてくれ」
何気に冷たい。
まあ、その爪にはわたしの血がべっとりとついてるんだもんね、わたしも親切な気持ちになれないわ。
王子はそのまま戦いの場に走って行った。剣を抜くと雷光をまとわせて、そのままざっくざっくと容赦なく魔物を切り裂いていく。
光輝く王子の姿に皆驚き、そしてその強さにさらに驚く。
ああ、冷血ブラックなレンドール様も素敵! 氷の様な感情を見せない青い瞳に背中がぞくぞくするの。
わたしのハートも愛の一撃で切り裂かれたわ。
残念ながらレンドール王子に見とれている暇はないので、まだ出血をしている首を押さえながら、メイリィを探す。
彼女は疲れた様子で回復魔法を使っていた。
「大丈夫、メイリィ?」
わたしが近寄ると、彼女は力無く笑った。
「ふふっ、血まみれのミレーヌ様に心配されるとはね、情けないわ」
小さく呪文を唱えて、わたしの傷を治してくれる。
「メイリィ、ふらふらよ。魔力が足りないのね」
「魔物の数が半端じゃないから、回復にきりがないの。本当は光魔法を使ってアンデッドの魔物を消しちゃいたいんだけど、そっちに使っている余裕がないのよ。さすがのわたしもきつくなってきたわ。疲れているのかしら、なんだかミレーヌ様が光って見えるわ」
「それは疲れじゃなくてよ! メイリィ、わたくしに魔法が使えたの。『守護』っていうんだけど、わかる?」
「アミュレット? ミレーヌ様が?」
それまで疲れでぼんやりしていたメイリィが、大きな声を出した。
「ちょっと……それって伝説級のレアな魔法よ。かけた相手に魔力を譲渡するんだけど、受け手は魔法効率も身体能力も倍増するし、かける方も少しの魔力しか消費しないから、何人にでもかけられるのよ。何してるのミレーヌ様、今すぐわたしにかけてよ!」
緊急事態のせいなのか、素の性格のせいなのか、メイリィは遠慮がない。けれど、メイリィの話のとおりなら、回復役の彼女をバックアップできるならすぐにでもしたい。
わたしはレンドール王子にしたようにメイリィの手を握り、ちょっと恥ずかしいけどそこにちゅっと唇を押し当てた。
『守護発動』
メイリィの身体が光る。
「うわあ、すごいわ!」
彼女は輝く身体を見ながら軽やかにくるくると回った。
「すっごい、自分の身体じゃないみたい! みなぎってきちゃう!」
「メイリィ、喜んでないでさっさとレンドール様を回復してちょうだい! ずっと戦いっぱなしでボロボロなのよ」
「わかったわ! 聖なる癒しの光よ、愛の恵みを我が友に、スーパーヒール!」
「うわっ!」
わたしは淑女らしからぬ声を出し、思わずのけ反った。
打ち上げ花火かい!
そう突っ込みたくなるような派手に輝く光の固まりがメイリィの身体から空へと打ち上がり、戦っているみんなの身体に降り注いだ。
その癒しの力におおっ、とどよめきが起こる。
先生も学園生も護衛の皆さんも、メイリィの癒しの光を受けて傷が癒えていく。
「すごいわよミレーヌ様、多分今の一発で全員体力満タンになったわ。じゃあわたし、アンデッドを光魔法で浄化しまくってくるわ!」
元気に駆けて行きながら、前衛の先輩たちに「順番にミレーヌ様の守護魔法をかけてもらってください、戦闘力がアップしますから!」なんて声をかけている。
最初にとんできたのはサンディル様だ。
「レンドールが馬鹿げた強さになったのは、お前のせいか! さっさと俺にもその守護魔法とやらをかけろ!」
「態度が悪いわ!」
飛び上がってチョップ!
「何すんだよつんつん女! さっさとかけろ!ください!」
「それが丁寧のつもりですの? だとしたら、芯からアホでしたのね、サンディル様は」
わたしはぶつぶつ文句を言いながら、サンディル様の手を握り、不本意だけど唇を寄せた。
「おっ?」
『守護発動』
「どうなさいましたの?」
「あ、いや、……これは」
輝くリボンでわたしと結ばれた光るサンディル様は、手の甲を見ながら頭をかいた。
「あまり男相手にしない方がいいんじゃないか?」
「これが発動方法ですのよ!」
わたしだって、ちゅーしたくてやっているわけではないのよ。
サンディル様が余計なことを言うから、わたしは顔が熱くなってきてしまった。
やだもう、なんか恥ずかしい。
っていうか、なんでサンディル様相手に照れてもじもじしなくちゃならないのよー、確かにイケメンだけど!
「いやまあ、ありがとうな。じゃ、行ってくるわ!」
わたしにつられたのかほんのり赤い顔をしたサンディル様が戦闘に戻ると、今度はケイン様がやってきた。
隣の国の王子様は、泥や魔物の血で汚れているにも関わらず、むしろそれがアクセントとなってぞっとするくらいに美しい。
「可愛いミレーヌの口づけが貰えるの? 嬉しいな」
いやいやいや、それは手段であって目的ではありませんから!
「大丈夫? 怖い目にあったの? かわいそうに」
「いえあの、レンドール様に助けていただきましたので大丈夫ですわ、ご心配くたさってありがとうございます」
戦闘装備のケイン様は、意外にがっしりとした男性らしい身体つきをしているので、手を取られたりするとドキドキしてしまう。
これは決して浮気ではないのよ。
ただ、イケメン過ぎるケイン様が罪なの。
「ミレーヌ、さあ僕に君の守護をちょうだい。君を守って戦うから」
手を引き寄せ、ケイン様がわたしの耳元で低く囁いた。
きゃー、耳が死ぬー!
「ケイン、離れろ! それは俺のものだって何回言えばわかるんだ!」
遠くでレンドール王子が怒っている。
稲光が飛んで来る前になんとか終わらせよう。
ちゅっと口づけする。
『守護発動』
「ありがとう、ミレーヌ」
ケイン様は、わたしの指先にお返しのキスを落としてにっこり笑うと魔物の群れに戻り、踊るような優美な剣捌きで次々と敵を切り裂いていった。
「これって、もしかして全員にやらなくてはダメなのかしら」
妙に明るい笑顔で前衛の皆さんが列を成しているのを見て、わたしは涙目になる。
確かにね、勇者に褒美のキスを与えるのは貴族の姫としての名誉ある役目なのだけど、学園全部の人たちにちゅーするのは恥ずかしいのよー。
「ミレーヌ様、どう?」
晴れ晴れとしたメイリィがやってきた。
「あら、アンデッドはどうなさったの?」
「片っ端から気持ち良く消し去ってきたわ! うふふ、癖になりそう」
可愛い顔をして怖いですねー。
「ところで、アミュレットは進んでいるの? もうみんなにかけたの?」
「いいえ、まだ数人で……」
メイリィはお待ちの皆さんを見た。
「ちゃちゃっとかけてしまえばいいのに!」
「だって……手とはいえ、口づけなければならないから……」
わたしが小さな声で言うと、メイリィはぽかんと口を開けた。
「呪文を詠唱すればいいじゃない。手を触れて、『アミュレット』って唱えれば発動するはずよ。あ、ミリナ、ちょっとこっちへ来て。彼女も回復系なの。試しにかけてみて」
わたしは女の子の手をとった。
「アミュレット」
『守護発動』
やあん、ちゃんとかかるじゃない!
「ちゅーなしでかかったわ」
「ほらね、ミレーヌ様のおっちょこちょい! 無詠唱なんて高度なことをやらなければ口づけはいらないのよ」
うわーん、さっきの恥ずかしい思いは無駄だったわけですね!
そして並んでる皆さん、「あー……」とか言ってがっかりしているように見えるのは気のせいですか?
「ほら、どんどんアミュレットかけて」
「ええ」
ちゅーしなければあっという間にかけられるので、わたしは流れ作業のように皆に魔法をかける。
回復魔法も充分だし、魔法効果も身体能力も上昇した疲れを知らない戦闘員が次々と魔物たちを始末して、学園を飲み込むかと思えるほどの群れは呆気なく無力な屍となり、光魔法の使い手たちは余った力で魔物のなれの果てを浄化して無害な魔石に変えて拾い集めていった。
わたしの身体からはひとりひとりに繋がる光のリボンが出ていて、何かに似ているなと思っていたら、鵜飼いの姿にそっくりだった。
「見てくださいミレーヌ様、こんなに大きな魔石が取れました!」
可愛い鵜、じゃなくて学生が、嬉しそうに魔石を届けてくる。
「まあ本当、立派な魔石ね」
「もっと探してきます」
いそいそと戻って行った学生を「愛いやつめ」と鷹揚に微笑んで見つめていたら、メイリィに感心したように声をかけられた。
「なんでミレーヌ様にアミュレットなのかしらって思ったんだけど、そうやって自分は何も手を下さず上から目線で皆を働かせる立ち位置が、とってもミレーヌ様らしいのよね」
ちょっとメイリィ、あなたわたしをディスってるわよね!
真実を突かれている気はするけど。
「じゃ、下々の者はもう少し頑張ってくるわねー」
「いってらっしゃいませー」
わたしはメイリィにひらひらと手を振ってあげた。
「皆さま、お疲れ様でした」
戦いが終わり、わたしの元に集まってきた人々にねぎらいの声をかけてから手を挙げ、「アミュレット、解除」と唱えた。
身体を包んでいた光が消え、辺りは暗闇となったので、何人かの者が魔法で明かりを出した。
「皆さまの働きで、魔物を倒し、この国を守ることができました。もうじき夜明けですわ。今日は安心してゆっくりと休みましょう」
「ミレーヌさんの言うとおりです。力を合わせて、本当によく頑張りました。わたくしは皆さんのことを誇りに思いますよ。さあ、学園生は解散して、各自しっかりと身体を休めて下さい。教職員は後始末がありますので、こちらへ」
学園長の声でわらわらとみんなが動きだした中で、わたしは名前を呼ばれた。
「ミレーヌ!」
そのまま、汗の匂いがするたくましい身体に抱きすくめられる。
「レンドール様……」
「ミレーヌ、大活躍だったな」
「そんな、わたくしは何もしておりません。レンドール様こそ、たいそう凛々しかったですわ」
どさくさに紛れて、わたしはレンドール王子の身体にギュッと抱き着いた。
「とっても素敵でした。守って下さってありがとうございました」
「お前がいてくれるから、強くなれるのだ」
レンドール王子は大きな手でわたしの頬を優しく撫でた。
「それはともかく。ミレーヌ、何人に口づけた?」
「へっ?」
「俺以外の男に口づけるとは許しがたい」
「いえでも、あれは緊急事態だし、手に口づけただけだし、」
「駄目だ、消毒しなければ気がすまん」
「んーっ!」
後頭部を掴まれるようにして、レンドール王子に口づけられる。
こんな衆人環視の中でまずいでしょう!
しかも、何度も角度を変えて、舌でぺろぺろしているし!
「いよっ、お熱いな」
「ひゅーひゅー」
「いいなあ……」
「爆発しろ」
だめー、ちゅーまでだけど、べろちゅーはダメなの!
先生も止めようよ!
大変な一夜は、なぜかピンクな雰囲気で締めくくられてしまったのであった。




