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異変と魔女 その3

「ところで、俺に何かお願いがあるとか言っていたな。なんだ?」


 わたしを膝に乗せてフードの耳を揉みながら、レンドール様が言った。

 なんだか縁側で猫を膝に乗せてひなたぼっこしているおじいちゃんみたいに和んでいる、と言ったら失礼かしら。

 学園で見せているパーフェクト王子なキリッとした姿も好きだけど、こういう柔らかい笑顔も好きだな、と思う。


「もしかして、口づけでもして欲しいのか?」


「いえ、違いますわ」


 それはそれで欲しいけれどね!

 断わったのに、わたしの内心が駄々漏れしていたのか、レンドール王子は唇を寄せて額にちゅっとしてくれた。

 ううう、かなり嬉しい。顔がにやけてしまう。

 おそらくかなりだらしない顔をしているはずのわたしの頬を、レンドール王子の指が優しく撫でた。

 甘い甘い微笑みを浮かべて。


「これで我慢してくれ。ふたりきりでいてこれ以上だと暴走を抑える自信がない」


 はっ、そうだわ、情熱に流されないようにしないとだったわ!

 うろたえたわたしが視線をさまよわせながら「ありがとうございます」と言うと、王子はくすっと笑った。


「ええと、お願いというのはですね、明日は絶対にリリアーナ様に近づかないでいただきたいのです。できたら授業はお休みしていただけませんか?」


「……そこまで危険か」


 レンドール王子は眉をひそめて言った。


「はい。レンドール様は体験しているのだからお分かりでしょう? リリアーナ様が何らかの方法でレンドール様の精神状態や記憶を操っているのは間違いないと思われますが、証拠がないのです。そして、これ以上リリアーナ様に接触すると、レンドール様の意思が完全に封じられてしまう恐れがあります」


「そうだな。場合によっては彼女を拘束して尋問する必要があるな。あまり学生相手にそのようなことをしたくないのだが」


「レンドール様、もう少し厳しくお考えにならなくては。なんなら、今すぐ捕まえてしまってもいいくらいだと思いますわ。仮にも王族に対して精神を操るなどという怪しい技を使うことは重罪ですもの……それにしても、そのくらいのことはリリアーナ様もご存知でしょうに、なぜこのようなことをなさったのかしら」


 それが不思議なのよね。ばれないとでも思ったのかしら?

 それとも、たとえばれてもなんとかできる自信があるとか?


「それに、わたくしは正直リリアーナ様が怖いのです。なんだか魔女みたいで」


「魔女? 俺に魔法をかけているというのか?」


「それならば、先生が気づくと思うのです。専門家である先生が気づかないほどの魔法をかけられるのは、それこそ王宮魔導師レベルの腕がないと難しいでしょう。でも、リリアーナ様はそこまでの実力はありませんもの」


「……あれがリリアーナではないとしたら」


「え?」


「いや、それは思い過ごしか。キャンプに行った森に魔女伝説があったからな、つい魔女とリリアーナがすり替わったのかもなどと考えてしまった」


「ああ、魔女という話はそこで聞いたんですわ!」


 気になっていたのよね。

 メイリィに先輩からの情報として聞いたんだったわ。

 魔物の森をさまよう魔女の昔話。闇に組して人間に害をなす魔女が、森の中のどこかに光の魔法使いの手によって封印されているという。よくある話だからさらっと流してしまったけれど、火のないところに煙は立たないのだからもしもその噂が本当で、封印が解けた魔女とリリアーナ様がキャンプ中に接触していたとしたら?

 単なる思い過ごしかもしれないけれど、でも……ありうる。


 その時、バルコニーに面した窓が開き、ライディが飛び込んできた。

 リリアーナ様の尾行から戻ってきたのだろうけれど、なんだかいつもと様子が違う。彼は基本的に冷静沈着な人物なんだけど、今はかなり慌てた顔をしていてらしくない。

 わたしはレンドール王子の膝から飛び降りて、何があったのか聞こうとした。


「お嬢様、あれはやばいぜ、あの女真っ黒だ!」


「なんですって?」


「あの女は学園の外れの結界のある場所まで行き、何か呪文のようなものを唱えた。そうしたら、あの女の影が伸びて結界を突き破って進んでいった」


「待って、それはもしかして」


「魔物の棲む森の方角だ。あいつは何か妙なものをここに呼び込むつもりだぞ。そして、リリアーナはまたこっちに戻ってきている。殿下を狙っているぞ」


 レンドール王子は立ち上がると、廊下に出て従者を呼ぶと何やら命令をしてから隣の部屋に行った。


「おい従者、今、剣を持っているか?」


「ありません」


「これを使え」


 素早く防具を装備したレンドール殿下は、ライディに剣を一振り手渡した。

 自分も腰に剣を装備している。


「リリアーナからミレーヌを護れ」


 階下から騒ぎが聞こえる。


「そこをお退き。レンドール殿下に会いに来たのよ」


「帰れ! 殿下は会わないとおっしゃっている!」


「お退きと言っているのよ」


 リリアーナだわ!

 大変、近寄られると、またレンドール王子がおかしくなっちゃうわ。


「レンドール様」


「大丈夫だ」


 彼はわたしに指を見せた。そこには輝く金色の指輪がはまっている。


「魔よけの光の指輪だ。これでリリアーナは魔力で俺を操ることはできないだろう」


 さすが王子様、効果絶大でお高い防具を持っていらっしゃるのね。

 と、階段を誰かが上ってくる音がして、ノックもなしに扉が開いた。


「……あら、余計な人までいるのね」


 妖艶な美女があらわれ、赤い唇を歪めた。


「余計なのはあなたでございましょう? わたくしはレンドール様の正式な婚約者なのですからここにいて当然ですわ。ところで、改めてお聞きしたいのですが、あなたはどなたですの?」


「どなたって、リリアーナ・ヴィレットですわ」


「違いますわね。姿はリリアーナ様ですけど、魂は違っておいででしょう?」


「何を馬鹿なことをおっしゃっているのかしら。殿下に婚約を解消されて血迷ってらっしゃるみたいね」


「俺はミレーヌとの婚約を解消などしていないが」


「いいえ、解消なさるのです、今すぐに。さあ、ミレーヌ様におっしゃってくださいませ、この場で婚約を解消なさると……?」


 リリアーナの姿の何かはそう言って自信満々に王子に笑いかけたが、彼が睨みつけるばかりで思うような反応がないためか、訝しげな表情をした。


「殿下! ミレーヌ様との婚約を解消してくださいませ。そしてわたくしと新たに婚約を!」


「そのつもりはない」


「……おかしいわ、なぜわたしの言葉に抵抗できるの?」


「残念だったな、俺にはもうお前の技は効かない」


 レンドール王子の姿をなめるように見ていたリリアーナは、その手に目を止めると顔を歪めた。


「それは、光の指輪。さてはミレーヌ・イェルバン、殿下に余計な事を吹き込んでくれたわね。本当に邪魔な女」


 リリアーナがわたしに近寄ろうとしたが、剣を構えたライディが間に入った。

 レンドール王子も剣を構えて言った。


「さあ答えろ、お前は何者だ? こちらに従わないのならば手荒な対処をさせてもらうが。お前は魔女なのか?」


 リリアーナは含み笑いをした。


「この身体を斬ったところで、愚かな小娘がひとり死ぬだけよ。わたしはこれっぽっちも困らない。そうね、わたしを闇の魔女と呼んだ者もいたわねえ。随分と永いこと封じ込められていたけれど、ようやく風化した封印を破って出てこれたわ。心の闇を探していたら丁度この小娘が来たから、身体に忍び込んで望みを叶えてやろうとしたんだけど。レンドール王子、お前も操って、この国を貰って遊ぼうと思っていたのに」

 

 魔女は高笑いをした。


「もういいわ、面倒だから力尽くでこの国を乗っ取ってやるわ!」


 リリアーナの影が大きく膨らんだかと思うと、黒くうねる固まりとなって窓から飛び出して行った。

 リリアーナの身体がその場に崩れ落ちる。


「魔女が抜け出たか」


 剣をしまいながら、レンドール王子が言った。

 その時、辺りに学園長の声が響き渡った。


『緊急連絡、緊急連絡。魔物の群れがこの学園に向かって攻めて来ています。戦えるものは速やかに戦闘準備をしなさい』






 廊下に出ると、レンドール王子の従者や護衛たちが倒れていた。怪我をしている様子はなく揺すぶるとすぐに目を覚ましたので、魔女に何か精神攻撃を受けたのだろう。


「リリアーナが魔女に取り憑かれ、魔物の群れを呼び込んだ。お前達も戦いの準備をしろ」


 魔物の森に近い方へ行くと、先生達も戦闘態勢になっていた。


「結界が一部破損している。魔物は結界の外で迎え撃つぞ」


「能力上昇魔法の使える者はこっちへ来てくれ」


「回復魔法の使い手はこっちだ」


 先生の指示に従って、三年生を中心として戦闘配置につく。日頃の授業で魔物との戦い方や兵法についても習っているから、先輩たちは整然としているが、わたしたち一年生はその後をおろおろとついて回る。


「戦闘手段のないものはこっちへ避難しろ」


 はい、役に立たないわたしはその声に従って移動しますよ、無念!

 レンドール王子は大丈夫だろうか?

 ふと立ち止まって振り返っていたわたしの背後に誰かが立った。


「んんっ!」


 口を塞がれ、喉を絞められる。

 わたしは絡みつく腕に爪を立てたけれど、そのまますごい力で後ろにずるずると引きずられた。

 

「ミレーヌ、あなたのことは許さないわよ」


 リリアーナの声がする。


「な、なんで? 魔女はリリアーナ様から抜け出たのではないの?」


 わたしは口を塞いでいた手を引きはがして言った。


「うふふふ、だぁまさぁれたぁ。わたしはまだ殿下をあきらめてはいなくてよ」


 魔女に取り憑かれているリリアーナは、わたしを軽々と肩に担いで疾走する。

 リリアーナの身体の周りには黒い風が取り巻いていて、足は宙を駆けている。

 わたしには逃げ出す術がない。

 そのままわたしは結界を越えて魔物の棲む森へと連れていかれたのだった。

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