サマーパーティー その1
わたしの名はミレーヌ・イェルバン。
このゼールデン国でも有力な貴族、イェルバン公爵家の娘だ。
黒い巻き毛に黒い瞳をした、ちょっとキツイ感じがするけど美少女だと言われる。
侍女のエルダによると、つんとお高くとまった時と、情けなくへにゃっとなった時のギャップがマニアにはたまらない(いったい何のマニアよ?!)魅力らしいが、これは前世を思い出す前のミレーヌと思い出した後のわたしとの齟齬からなるものだと思う。
そう、わたしは剣と魔法のファンタジーっぽい、乙女ゲーム『恋のミラクルまじっく!』に似た世界のゼールデン王立学園の一年生なのだが、前世はそのゲームをプレイした日本の女子高生だったのだ。
「やっぱり行きたくないわ」
「何を今更」
「お行儀悪すぎですわ、起きてください」
学生寮というにはいささか豪華すぎる部屋のベッドに寝転がって、ため息混じりに呟いたわたしに、鋼のメンタルを持つ従者のライディと侍女のエルダがすかさず突っ込む。
これは、以前のミレーヌのせいだ。
何しろ乙女ゲームの悪役令嬢となるべく育った彼女は、わがまま放題で常に上から目線という手のつけられないお嬢様になってしまったらしい。
当然、従者も侍女も、並みの心臓ではお嬢様に付き合ってこれず、最終的に傍に残ったのはこのライディとエルダだったという訳だ。
おかげでわたしはプライベートでも、心優しい平凡な女子高生には手におえないふたりにくっつかれて心なごめない毎日を送っている……とまで言うと言いすぎだけど。
ライディもエルダも、よく仕えてくれていると思う。
思うけどね、恋に悩む少女にはもっと優しくしてくれてもいいと思うの!
さて、わたしが何に行きたくないのかというと。
この夏に行われる、ダンスパーティーのことなのだ。
夏といってもジメジメむしむしの日本の夏と違って、ここゼールデンの夏は爽やかで、ドレスも袖が短ければまったく快適に着ていられる。
この学園に入ったばかりのわたしにとっては初めてのダンスパーティーということで心浮き立つイベントのはずなのだが、残念ながら乙女ゲームのシナリオのせいでわたしの心は憂鬱なのだ。
わたしには婚約者がいる。それは、次期国王と言われているこの国の第一王子、レンドール様だ。そう、わたしは次期王妃候補の立場にあるというわけ。
幼い頃に彼に一目惚れをしたわたしは、父に頼んでかなり強引に婚約者の座に収まった。
もちろん、本気で王妃になるつもりのわたしは、勉強も乗馬もダンスもお作法も、とにかく王妃教育だと言われたものは何でもがんばり、今もよい成績を修める優等生である。
ただし、性格が難アリなのよねー。
これはゲーム補正が働いたのだと思いたいのだけれど、わたしことミレーヌは次期王妃だということを笠に着て、高飛車なお嬢様になってしまった上に、ゲームのヒロインである平民のメイリィ・フォードに様々な嫌がらせをして学園から追い出そうとしている…していた、のだ。
でもね、ちょっと言い訳をさせてちょうだい。
ミレーヌは、本当にレンドール王子のことが好きだったの。
正統派王子様の凛々しさに、幼いながらも乙女のハートを撃ち抜かれて一目で恋に落ち、婚約できた時には天にも昇るような思いで部屋中をくるくると踊りまくり、立派な王妃になって彼の側で一生支えて生きることを誓ったわ。
だから、彼に他の女の子と親しくなって欲しくなかったし(この国は、王と言えども一夫一婦制ですからね!)平民で身分にふさわしい振る舞いがわかっていないメイリィがレンドール王子に常識以上に近づくのがとても嫌だったのよ。
しかも、レンドール王子もわがままお嬢様でいかにも婚約者といった調子で自分にまとわりつくミレーヌがうとましくなってきていたみたいで、それが余計にミレーヌの振る舞いに拍車をかけていたの。
メイリィの存在さえなければわたしの事を見てくれるはずだって思って。
ゲームの中では意地悪な悪役令嬢でしかなかったミレーヌも、本当は恋に不器用なおばかさんだったわけ。
そして。
そのレンドール王子に二度惚れしちゃったわたしは、もっとおばかさんなのよ!
だって仕方ないじゃない! ゲームの中ではイケメン攻略対象者だったレンドール王子は、実際に会うと破壊力が半端ないキラキラ王子様だったんだから。
イケメンに免疫なんてないわたしはイチコロだったわよ。
金糸でできたようなサラサラの金髪頭に、深い海のようなブルーの瞳。
卵形の顔に絶妙に並んだ整ったパーツ。
身長も高く、すらりと引き締まった身体は剣を扱うせいかしっかり筋肉がついていて美しくたくましい。
絵に描いた美形がそのまんま現実に飛び出してきましたーって感じの青年なのよ。
この世界は美形率が高いのだけれど、その中でも乙女の憧れの王子様として一段と輝いている人、それがレンドール王子なのだ。
人間見た目ではない。
わかっちゃいるけど、心の準備なしで出会ってしまった王子様に、ハートを一気に持っていかれてしまったわたしだった。
ええ、もともとミレーヌとして惚れていたから、それこそ徹底的にね。
そんなわけで、わたしは婚約者としてレンドール王子と一緒にサマーパーティーに行くのだけれど。
「サマーパーティーの悪役イベントをこなしたくないのよぉ」
ゲームのストーリーによると、嫌々わたしをエスコートしたレンドール王子は、決まりであるファーストダンスを終えるとわたしのことは見向きもせず、放置して他の令嬢たちと踊っていく。
そして、ヒロインであるメイリィととてもお似合いなダンスをすると、ふたりでバルコニーに出ていろいろ語り合うわけだ。
男爵の後ろ盾があって、強い魔力が認められてこの学園に入学したメイリィには、貴族の令嬢にない素直で純朴な魅力があったりして、次期国王になる重圧を感じているレンドールは彼女に癒され、そして魅かれていく。
それを物陰から見ていたわたしは怒りを募らせ、メイリィに足を引っ掛けたりドレスを破ったりワインをぶっかけたりと嫌がらせの定番を行い、メイリィはそれを見たレンドール王子にお姫様抱っこをされて助けられ、ふたりの仲は更に深まっていくのだ。
見たくない。
心を惹かれあって仲良く見つめあうふたりなんて、絶対に見たくない!
「パーティーに行かずに済まないのなら、せめてレンドール様でない方と行きたいわ。そうして、ふたりのことが絶対に目に入らないようにして過ごすの」
「それは無理でしょう。仮にも婚約者なんですから」
ライディが呆れたように言った。
エルダがわたしをベッドから追い出して椅子に座らせると、お茶を入れてくれた。
「そうですよ、素敵なブルーのドレスも送ってくださったではありませんか。婚約者としての役目をきちんと果たすべきです」
「そんなの、わかっているわ! ……そうだ、レンドール様が断ってくださればいいのだわ。嫌々一緒に行くよりもずっといいじゃない。最近わたしのことを嫌っているみたいだから、きっと喜んで断ってくださるはずよ。……ちょっと複雑だけど」
「あの王子様が? お嬢様を別の男性に任せると? それはどうでしょうかねえ」
グリーンがかった銀髪に濃い緑の瞳という主人を差し置いた目立つ容姿をした、これがまたクールな感じのイケメンであるライディが意味ありげに言った。
「いいんじゃないですか、頼んでみても。少し現実を知ったほうがお嬢様のためにもなりますわ」
こちらは金の艶かなストレートヘアをきりっと束ねたとび色の瞳の美女、エルダだ。
この世界は美形だらけで目の保養だけど、仕える者たちがお嬢様よりもキラキラしいなんてちょっと生意気だと思わない?
いくら悪役だからって、黒目黒髪は地味すぎるわ。
ライディが鼻で笑いながら言った。
「もし首尾よく断ってもらえたら、わたしがお嬢様をエスコートしますよ、もしもの話ですが」
「現実は、知りすぎるくらい知ってるわよ! 断られるに決まっているでしょ、わたしの事なんて邪魔な女だと思っているんだから」
ライディもエルダも変なことを言うので、わたしは淑女らしくなく唇を尖らせた。
「わたしじゃなくって、最初からメイリィとパーティーに行けばいいんだわ」
お茶をすすりながら涙目になってきたわたしは、エルダの言うへにゃっとした顔になっていたに違いない。
泣きそうになるのをこらえるのに必死だったから。
エルダはため息をつき、ライディはなぜかわたしの頭をぽんぽんと軽く叩いて、撫でてくれた。