初デート その3
そしてやってきたドキドキ初デートの日。
わたしはエルダと一緒に朝から着て行く服選びで大騒ぎをしていた。
ちなみに今日はライディは休日なので、デートにはエルダがお目付け役として同行してくれるのだ。警備の方はレンドール王子付きの護衛が来るので心配はない。
わたしの恋する乙女心は少しでもレンドール王子に可愛いと思ってもらいたいので、ああでもないこうでもないと言いながら鏡に向かって服を身体に当てていく。
「……エルダ、これに決めるわ」
わたしが選んだのは、アイボリーの生地に淡いピンクで小花が刺繍されて、アクセントに白い手編みレースがあしらわれているフェミニンなワンピースドレスだ。品のいいお嬢様風に髪を編み上げるとデートにぴったりじゃないかしら?
「そうですわね、なかなかよろしい選択だと思われます、肌の露出も少ないですし」
エルダ的にもOKらしいので早速着替え、背中のくるみボタンを留めてもらってから鏡の前に座り、髪を結ってもらう。
普段からエルダにお手入れしてもらっている長くてまっすぐな黒髪は、ブラシをかけられるとさらにツヤが増し、それをエルダが器用に編み込んでからひとつにまとめて結い上げる。
街の散策なので、靴は歩きやすい、柔らかい革の茶色の編み上げ靴にした。
支度ができたので鏡の前でくるっと回って、スカートの裾が素敵に翻るか確認する。
おとなしい感じのお嬢様のできあがりだ。
わたしは顔立ちが少しきついので、デートの時はこれくらいシンプルな方がいいと思う。
レンドール様は、可愛いって言ってくれるかな?
王子様モードに入っていたら、優しい言葉が期待できるけど、わたしと一緒にいるときだけ顔を出す悪ガキモードだったら無理だわねー。
あの憎たらしい意地悪な笑い方さえも、わたしだけのものだと思うと可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱みってことなのかしら。
『ばーかばーか』
思い出すと可愛い過ぎて、金髪頭にげんこつ食らわせたくなるけどね!
寮の玄関先にレンドール王子が迎えに来てくれたので、わたしはエルダを連れて下に下りた。たまたま居合わせたらしい女生徒たちが頬を赤らめて、王子に話しかけている。
麗しい顔に笑みを浮かべて応対する姿は、完璧な王子様だ。返事を貰った女生徒は、憧れの君に優しくされて舞い上がりそうな顔になっている。
ええい、このたらしめ。
いやいや、これも人心を掌握するカリスマであらねばならない王家の者の仕事、妬いてはダメだ。
内心で葛藤しながら、レンドール王子に笑顔を見せる。
今日の王子はお忍びで出かけるため、質は良いけど華美ではない格好をしている。シンプルな白いシャツに焦げ茶のパンツ、そこにオリーブグリーンの上衣を羽織ってラフな雰囲気なのだが、背は高いし引き締まった身体をしているのでまるでモデルのようだ。そして顔はいつものごとくキラキラだしね。
この学園のアイドルである王子の私服姿を目の当たりにして、女生徒たちがハートをわしづかみにされても仕方がないだろう。
そして。
ご多分に漏れず、わたしのハートもわしづかみにされてますよっ。
レンドール様、今日もかっこいいですわ!
「お待たせいたしました」
わたしが声をかけながらレンドール王子に近寄ると、立場をしっかりとわきまえている女生徒たちがささっと道をあけた。
おほほほほほ、婚約者様のお通りよ!
うっかり上から目線モードに入りそうになったのを、危うく踏み止まる。
「……」
レンドール王子はわたしの姿を上から下まで見て。
「では行こうか」
ふいっと身を翻した。
おい!
ちょっと待て!
これからデートするラブラブの婚約者が可愛いらしく着飾って現れたのよ。
そのしょっぱい反応はなんなの?
一応これでも、美少女キャラなんですけれど!
「では失礼」
ファンの女生徒には優しい笑顔で挨拶してるよ!
なのに、わたしとはろくに目も合わせてくれない。
ひどいわ。
「この馬車に乗れ」
街までは少しあるので、馬車を用意してくれたらしい。わたしを押し込むようにして乗せると自分も乗り込み、ドアを閉める。
「あの、エルダも……」
「後からついて来るだろう、問題ない」
王子は何食わぬ顔をして、付き添いのエルダを閉め出してしまった。
いやいや、問題ないあるでしょう!と突っ込みたいところだけど、立場的に誰も王子には逆らえない。
しばらくエルダがドアを叩くらしい音がしていたけど、王子の侍従だか護衛だかに止められたようだ。
「さっさと馬車を出せ」
レンドール王子が声をかけると、馬車が動き出した。
あまりにも傍若無人な振る舞いに、わたしは眉をひそめて王子を見る。
「……」
しばらく無言のまま、馬車は進む。
「レンドール様」
ちらっとわたしを見て、すぐに目をそらされた。
「……わたくし、何かお気に障るようなことをいたしまして?」
納得できないわたしは、腹をたてながら王子に言った。
ホントに頭に来るわ。何よ、その態度は!
わたしが今日のデートをどんなに楽しみにしていたか、わかる?
もう、かっこいいから余計に腹がたつーっ!
「ミレーヌ」
「はい?」
怒ったわたしは低い声で返事をした。
「……今日は私服なのだな」
「街に出かけるのに、制服じゃあおかしいですわ。レンドール様だって私服ではありませんか」
「まあ、そうだが」
「申し訳ございません、レンドール様が何を言いたいのかわかりかねますので、もっと直接的におっしゃっていただけませんこと? わたくしのどこに不満がございますの? この服がそんなにお気に召さないのでございますか?」
一生懸命に選んだのに。
レンドール王子に可愛いって、言ってもらいたかったのに。
わたしのテンションは下がりきって、最後は涙声になってしまった。
「……すまん、その……」
レンドール王子は手で口元を押さえている。
……もしかして、体調でも悪かったのかしら?
嫌だわ、よく考えてみると、わたしの格好がいくら気に入らなくもお世辞のひとつも言わないなんて、すべてにそつがない王子にしてはおかしな振る舞いだもの。
大丈夫なのかしら?
「もしや、ご気分がお悪くていらっしゃいますの? ご無理をなさらないでくださいませ」
わたしは熱でもあるのかと思い、「失礼いたします」と声をかけて額に触れた。
あらまあ、耳まで赤いわ。
やっぱりお熱が?
「違う、違うのだ」
その手をきゅっと握られた。
「ミレーヌ、その……可愛い」
「え?」
そのまま、指先に王子の唇が触れた。
「可愛いな、その格好は。ふんわりして白い花の妖精のようだ。最近制服姿のお前しか見ていなかったし、淡い色合いの服を着ている姿が新鮮で……少々うろたえてしまった」
「えっ、あっ、ありがとうございます」
思いがけない甘い褒め言葉を貰って、一気に顔に血が昇ってしまう。
王子の澄んだ青い瞳がわたしをまっすぐに見つめる。
とても嬉しいですわ、レンドール様!
「可愛いから独り占めしたくて馬車に乗せてしまったが、二人っきりになったらやはりまずかったな」
隣に座ったレンドール王子が、手を握ったままこちらににじり寄ってくる。
あの、ちょっと可愛いってほめていただければわたしは充分なのですよ、だからそんなに身体を密着させながら、熱い視線を注がないでください!
「可愛いな、砂糖菓子でできているようだ……」
「な、舐めるのは禁止です! 味見はお断りいたしますので!」
先手を打って言ったけれど、王子は秀麗な顔に魅惑的な笑みを浮かべて顔を近づけてきた。後頭部に手を回される。
「ちょっと口づけるだけだ」
「やっ、んーっ」
「甘いぞ」
「んー、なわけ、んーっ」
「ほら、やっぱり甘いし……いい匂いがする……」
「んーっ、んーっ!」
じたばたと暴れて抗議をしても、まったく聞く気がない。
逃げ場のない馬車の中でたくましい腕に囲い込まれたわたしは、身体を抱きしめられながら唇を塞がれる。
待って、いきなりこんなことをされても心の準備ができていないわ。
レンドール王子はアップで見てもやっぱりイケメンですっかり嗅ぎ慣れてしまった爽やかな花のようないい匂いがするし、くっついた身体からは体温が伝わってきてドキドキするし……。
あれ? わたし、ちょっと喜んでる?
いやだめだ、ここで流されてはいけない。
わたしは顔を背けて唇から逃れる。
「レンドール様、やめてくださらないと、わたくしたちは卒業まで接近禁止になってしまいますわ」
「なんだと?」
王子は少し離れると、わたしを見つめた。
金の糸のような輝く髪にそっと触れ、わたしは言った。
「学園長から注意を受けておりますの。あまりにも風紀を乱すようなお付き合いをすることは、例え婚約中でも見逃す訳にはいかないと。国の頂点に立つ者として、わたくしたちは他の生徒よりも高い意識を求められているのです」
「……」
そう、一週間のレンドール王子との接近禁止処分が解けるとき、わたしは再び学園長と面談を行い、わたしが何を考えたのか、そしてこれからどうしたら良いのかを話し合ったのだ。
学園長はわたしの話を聞き、「ミレーヌさん、貴女なら自分の力でより良い振る舞いを見出だせると思いますよ」とわたしの決意を支持して下さった。
「わたくしはレンドール様のことをお慕いしておりますし、レンドール様と共に歩んでいける女性になりたいと思っておりますの。常に次期国王陛下の婚約者として相応しくありたいのです。おわかりいただけますか?」
レンドール王子は黙ってわたしの身体から離れた。
「……そうだな。いくら可愛く思ったからといって、感情に流された振る舞いをしてはいけないな。ミレーヌ、お前は思ったよりもしっかりと物事を考えているのだな」
「はい、ずっとレンドール様のおそばにいたいので、どうしたらいいのかいつも懸命に考えております」
「……そのような健気なことを言われると、余計に可愛くてたまらないのだが……俺もお前に相応しい者であるよう、努力していこう」
そう言うと、レンドール王子はわたしをそっと抱きしめて、耳元で囁いた。
「俺の隣に置くのはお前だけだ。ミレーヌ、愛している」




