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【書籍化】悪役は恋しちゃダメですか?【コミカライズ】  作者: 葉月クロル


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初デート その2

「ねえライディ、ちょっと聞きたいのだけれど」


 大好きなレンドール王子とのひとときを何度も噛み締めるように思い出し、ぐふぐふ言いながら充分に転がり回って満足したわたしは、レンドール王子の訳のわからない振る舞い(大人の男性の愛情表現)について男性代表としてライディに聞いてみた。


「あー……」


 すると、ライディは眉間にしわを寄せてグリーンがかった銀髪頭をがしがしとかき回し、しばらく天井を眺めたのちにエルダの肩をぽんと叩くと「チェンジ」と言って席を外してしまった。


「ちょっと! なんで行っちゃうの!」


 ライディの訳のわからない仕草をおとなしく見守っていたわたしが背中に声をかけると、ライディはひとつ肩をすくめて出て行った。


「お嬢様、チェンジでわたしが」


 説明を求めて振り返ると、金髪美女のエルダが普段はあまり見せない笑顔でわたしに言った。

 なんかいやーな予感がするんですけど。

 そして、その予感は当たるのであった。





「ひやあああああ」


 今度は奇声を上げながらベッドを転がり回るわたし。

 エルダは懇切丁寧にレンドール王子の行動の意味を教えてくれたのだ。


「やだーやだやだレンドール様のえっち! 信じられない!」


 耳を噛まれた訳と、舐められた訳を知ってしまった!

 それは、大人の世界への第一歩だったのだ。

 全然知らなかったよ……嫌がらせじゃあなかったんだ。


「ミレーヌ様、何度か申し上げていますが、どんなに見た目が麗しくとも、殿下もひとりの若い男性でいらっしゃるのです。しかも青春真っ盛りの17歳、本能を理性で押し込めようとしても暴れ馬のように蹴破ってしまうのですよ。それは決して殿下の人間性に問題があるわけではなく、むしろごく健全な反応なのです。その辺りをよく理解していただかないと」


「でもっ、でもねっ!」


「お嬢様ももうすぐ16歳になられます。来年には結婚なさるのですよ? あまりに幼い事をおっしゃられたら殿下がおかわいそうですわ」


 エルダがわたしを諭すように言う。

 ああ、強制的に上らされる大人への螺旋階段が目に浮かぶ。足を踏み外さずに上れる自信がない。

 

「けれど、お嬢様の名誉を守るのはまた別の話です。決して殿下の情熱に流されることのないようになさってくださいませ」


「情熱?」


「殿下はお嬢様が思っているよりもずっと、お嬢様に執着なさっていますから。そして、そんな殿下を無自覚に煽るのがお得意ですからね、お嬢様は」


「煽ってなどいなくてよ」


「無自覚と申し上げていますでしょう? 女性の手練手管としてやっているならまだ良いのですが、お嬢様は無意識になので始末が悪いのです。とにかく、まずは殿下とふたりきりにならないことにいたしましょう。わかりましたか?」


「……はい」


 わたしは両手を膝の上に揃えて、おとなしく頷いた。

 そして、お風呂に入ってレンドール王子に噛まれた耳をごしごしと洗ったら、石鹸がしみて涙が出た。

 これは『俺のものだ』という印なのだそうだ。

 大人って怖い。

 今度からもっと気をつけよう。

 反省して心に誓うわたしであった。





「ミレーヌ、来い」


 一年生の教室に堂々と入ってきて、偉そうにわたしを呼ぶのはもちろんレンドール王子だ。

 俺様な態度をとるのは幼い頃からのことなので、『ちっ、イケメン王子なら何をやっても許されると思ってやがるぜ!』などとは少ししか思っていない。

 ええ、ほんの少しよ。

 耳の噛み跡が見えないように髪をおろしたわたしは慎ましやかに微笑み、席を立ち上がってレンドール王子の後に続いた。教室からはレンドール王子に憧れる女生徒たちの「ああっ、殿下にお会いできるなんて幸せ!」「なんて素敵なのでしょう」という黄色い声がした。


 わたしの後からついてきたライディを牽制するように目を細めてちらりと見たレンドール王子は、わたしの肩に手を回して引き寄せた。

 そのまま耳に口元を寄せられ、わたしはビクリと肩を震わせてしまう。

 大丈夫、今日はライディが見てるからきっと噛まれない。


「休みの日は空けてあるか?」


 至近距離から王子のいい声が響き、わたしは顔に血がのぼるのを感じた。

 だって、声優さんレベルのイケボなのよ?

 それが、耳元で甘くささやくのよ?

 腰砕けにならないようにするのが精一杯だわ。

 おまけに、横目でちらっと見るとものすごく近くにサラサラ金髪の美形顔があるんだから。

 身体の半分はくっついちゃっているし、いつの間にかすっかり嗅ぎ慣れた王子の香りが鼻を甘くくすぐるし、乙女の心臓はもうバクバクよ!


「は、はい、もちろん空けてありますわ、今週も来週も再来週もっ!」


 妙に裏返った声で返事をすると、朝からご機嫌な王子が満足そうに言った。


「そうか。いい子だ」


 そういうと、レンドール王子はわたしの頭を引き寄せるとチュッとキスを落とした。

 ぎゃーっ、甘ーいっ!

 先日の騒ぎの後にめでたく思いが通じ合ったのはいいのだけれど、散々わたしに好きだと言ってくれたため彼の心のハードルが下がってしまったのか変に開き直ってしまったのか、王子がやたらと甘いのだ。

 大好きなレンドール王子とイチャイチャできるのは嬉しい。キスなんて貰えると嬉しすぎて日なたのチョコレートみたいにぐずぐずに溶けてしまいそう。けれど、同時に身の危険も感じてしまい、警戒を怠ることができない。

 常にライディかエルダが付き添って目を光らせてくれるから、あれから軽いキス以上のことはされていない。


「では、今週の休みにデートをしよう。迎えに行くから外出許可を貰っておけ」


「まあ、ありがとうございます!」


 わたしが嬉しくなって笑顔で王子を見上げると、彼はわたしの頭を何度か優しく撫でてから頬に手を滑らせた。


「一緒に街に行こう。どこに行くかは俺が決めておく」


「はい。楽しみにしておりますわ」


 レンドール様とデート!

 きゃあ、嬉しいわ!

 顔がだらしなくにやけてしまう。


「そうか、そんな顔になるほど楽しみか。お前は可愛いな」


 すりすりと頬を撫でられ、額にチュッと口づけられた。


「食べてしまいたいくらいだ」


 はっ、喰われる?!

 うっとりと身をゆだねていたわたしの脳裏に黄色い信号が灯り、わたしはレンドール王子の腕から逃れて一歩下がった。


「……そんなに露骨に警戒しなくても、ここでは食べない」


 どこなら食べるのか?!


 わたしがそのまま手の届かない所まで下がると、レンドール王子はなぜか右手を差し出した。手の平を上に向け、指先をちょいちょいと動かしている。


「?」


 握手をしろと言っているの?


 わたしが首を傾げていると、彼は舌をちょっちょっと鳴らしながらさらに指先を動かしている。わたしを呼び寄せるように。

 って、おい!


「レンドール様! わたしは犬猫ではございませんわ! なんですかこれは! 仮にも婚約者に向かって失礼にもほどがありますわ!」


 怒って王子の手を押し返そうとしたら、そのまま手首をつかまれて引き寄せされ、胸に抱き込まれてしまった。

 頭の上から笑い声がする。


「ばーかばーか、すぐにつかまった」


「なんたる卑怯な作戦! とても未来の王がなさる振る舞いとは思えませんわ、お放しになってくださいませ、ううっ、くるし」

 

「生意気な婚約者め、こうしてくれよう」


 抱きしめながら頭のてっぺんを激しく頬ずりされた。

 やめてー、ハゲるー。


「殿下、お戯れはそれくらいで。お嬢様の毛が抜けてしまいます」


「ははは、毛の抜けた小動物ほど情けないものはないからな」


 王子に解放されたわたしは、乱れた制服に乱れた髪をして、はあはあと荒い息をしている。


「ああ、癒されたぞ。ではまたな、ミレーヌ」


 爽やかなキラキラ笑顔をわたしに向けるとレンドール王子は片手を振り、自分の教室に帰って行った。


「デートの約束ができて良かったですね」


「ちょっといろいろと納得できないんだけど」


「若者らしい健全なイチャイチャっぷりで良かったですよ」


「あれは健全とは言えなくてよ、最後のとこ! 見てたでしょ!」


「全く違和感がありませんでしたが?」


「違和感ありまくりでしょう、どこに目を付けているの」


「でも、嬉しかったでしょ? 良かったですね、殿下と気持ちが通じ合えて。お嬢様が幸せそうで、俺もエルダも嬉しいですよ、一応従者ですからね。両想い記念の特別報酬とか出してくれてもいいですよ」


「……」


 まぜっ返しながら言っているけど、ライディの目が思いの外優しかったので、わたしは気の利いたツッコミが入れられなかった。

 お兄ちゃんがいるってこんな感じなのかな?





「おっ、つんつん女。レンドールとデートするんだって?」


 廊下ですれ違いざまに失礼な呼び名で声をかけてきたのは、オレンジ頭のイケメン、そして女たらしのサンディル・オーケンスだ。王子の親友であり女生徒からの人気を二分するライバルなんだけど、女癖の悪さがうつるといけないから、正直あまり王子に近づいて欲しくない。


「こんにちは、サンディル様。相変わらず女性関係が華やかでよろしゅうございますわね、お噂は下級生の間にも聞こえてまいりますわ。でもレンドール様は巻き込まないでくださいませね、国を背負う大切なお身体ですので、では失礼」


 どういう訳かこの先輩に関わるとろくなことがないので、さっさと離れようとする。


「いやお前、本当に失礼だな。先輩に向かって」


 わざとらしく壁ドンしながら行く手を遮るのは、わたしの事を面白がってるからだろう。大変迷惑である。


「レンドール様に、サンディル様とはお話してはいけないと諭されておりますの。やはり身持ちの悪さがうつってしまうからなのかしら」


「モテモテの俺に嫉妬してるだけじゃん? 俺はお前みたいなきゃんきゃん吠える犬女は好みじゃないから気にしなくていいのになあ」


「その割にはサンディル様の周りでしょっちゅうきゃんきゃん女性が吠えあっているらしいではありませんこと? わたくしも爛れた関係にまみれた男性は好みではありませんから、気が合って良かったですわ」


「本当に口の減らない女だなあ。それから、俺は爛れる前に関係を切っているから、いつも爽やかな男だぞ」


 偉そうに胸を張るけど、どう考えても女の敵だ。


 でも、この世界の貴族としては、サンディル様の行動は別におかしいものではない。レンドール様は王家の者だからむやみやたらに女性と関係を持てないが(隠し子がわらわら出てきたら、国をひっくり返しかねないお家騒動になるでしょ)モテる貴族に愛人や婚姻外の子どもがいたりするのはよく聞く話である。むしろ平民夫婦の方が身持ちが固く、浮気には厳しいのだ。

 まったく、もうちょっとしっかりしろ貴族!


 レンドール様が誠実な男性で本当に良かった。でなかったら、女性に大人気な彼だもの、嫉妬でわたしの身が焼かれていたわね。


「ま、せいぜいデートでイチャイチャしてこい。そして俺を巻き込むな」


 サンディル様が意味ありげにニヤリと笑った。

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