初デート その1
「うふ。うふふ。んふふふふふ」
寮の自室で、ライディとエルダの生温かい視線を浴びながら、わたしはひとり薄気味悪くにやけていた。
ソファの上でクッションを抱きしめ、頭の中でレンドール王子のセリフを再生してのたうち回る。
だって、とうとう両想いなのですよ!
10年越しの恋が実ったのですよ!
この際、顔が多少だらしなくなっても仕方がないというものよ。
「レンドール様に好きって言われたー、ぐふふふふむふむふ」
段々と笑い方が変態じみていくのも勘弁して。
「気持ち悪い幸せ表現ですね」
「顔がたるみきってますね。でも害はないし、放っておきますか」
「下手にのろけられても鬱陶しいですからね、自分の世界に入っていてもらいましょう」
ライディとエルダはそんなわたしの相手をする気がなく「やれやれ」というように顔を見合わせてから放置していたので、わたしは思う存分にレンドール王子のドキドキシーンを脳内でリピートさせて、嬉しさを全身で表して転げ回っていた。
わたしが散々泣いた後に、優しく髪に指を絡ませながら、レンドール王子はわたしに辛い思いをさせたお詫びになにかプレゼントしてくれると言った。
「欲しいものはないのか?」
肩を抱き寄せてわたしの黒い髪を指ですきながら、秀麗な顔に笑みを浮かべたレンドール様がわたしな顔を覗き込む。
いいえ、欲しいものはもういただきましたわ。
それはあなたのこ・こ・ろ。
なんてねなんてね、きゃーきゃーっ!
というような事はもちろん言わずに(っていうか、それを言ったら恐ろしい目にあうような気がした)(18禁的に)しばし考えたわたしは、泣きすぎて酷くなったらしい顔に王子が貸してくれた濡れタオルを当てながら言った。
「それならば、レンドール様にしていただきたい事があるのですが」
「なんだ?」
なんでも言ってみろ、というように優しく微笑んだ顔は、輝く金髪に囲まれてため息が出そうに美麗だった。
うわあああ、なんという破壊力!
わたしがソファに座っていなかったら、くたあっと腰を抜かすレベルである。
どんな女性も腰が砕ける貴公子ぶりなのである。
婚約者だというのに未だに免疫ができないのは困った事であるが、レンドール王子がかっこよすぎるのが悪いのだ。
泣きすぎてぶちゃいくになってるわたしが隣にいるのがはばかられるくらいだわ、と内心ため息をつく。
美女と野獣ならぬ、イケメンとぶちゃ犬である、とほほ。
「あの……えっと……」
恥ずかしくてもじもじしながら、歩照る顔をタオルで隠し、そおっとレンドール王子の顔を見上げながら言った。
「……デートを、してくださいませんか」
「デート?」
そう、両想いになった男女がすることは、まずデートでしょう!
「はい。レンドール様とふたりでお出かけをしてみたいのです。あっ、無理にとは言いませんわ」
レンドール様が首をひねっているのを見て、慌てて付け加える。
王子様とデートだなんて、やっぱり図々しかったかしら。
でもね、ふたりで手つなぎデートをするというのは憧れなのよ。
日本でもやったことないしね!
そもそも、彼氏なんてできたことなかったしね!
「いや、別に無理ではないぞ。護衛が数名ついてもよければ構わない。ただ……」
レンドール王子は真面目な顔をして言った。
「俺は女とデートなどしたことがない。どうすればいいのか?」
「えっ?」
「だってそうだろう、婚約者のお前としたことがないんだぞ。誰とするというのだ?」
デートを、したことがない。
それじゃあこれが初デート?
ふたりとも初デート?
うわあ!
わたしはものすごく嬉しくなってしまった。
うん、レンドール様はわたしの存在を気にかけて、今まで他の女性とデートしないでいてくれたのね。
こーんなにかっこよくって、今まで女の子にたくさん誘われてきただろうに。
やんもう、レンドール様、好き好き大好き!
わたしはふにゃあと情けない顔になって、レンドール王子をにやけきった顔で見てしまったらしい。
「……ミレーヌ、そういう顔で俺を見るのは……ああ、ったく」
完璧王子顔が崩れて赤くなったレンドール王子が、口元を手で覆いながら青い瞳をわたしから逸らした。
「レンドール様?」
「お前なあ、いろいろ我慢しているこっちの身にもなれ」
「はい?」
「だから、お前がこわいと言うから、そういう事は少しゆっくりにしようとしているのだからな!」
「ええと?」
レンドール王子の顔を見上げながら首を傾げていると。
「だーかーらー、ああもういいから! がんばれ! 俺もがんばっているからお前もがんばれ」
「? はい、わたくしもがんばりますわ? え?」
なんだかわからないけど、王妃候補としてがんばる決意を述べたらいいのかしらと思って返事をしたわたしに、レンドール王子のキラキラしい顔が近づいてきて。
「んーっ?」
うっかり見とれていたら、ちゅーされてしまった!
片思いのキスと両想いのキスって違うのね。
とても恥ずかしくて……とっっても嬉しいの。
しかし!
いつもよりかなり時間が長めである!
わたしの唇にくっついたレンドール王子の唇は、なんだかはむはむし始めてなかなか離れないし、更に舌まで出てきてわたしの唇に沿って動いている。
口を開けると危険、と本能が告げる。
だが苦しい!
酸素ーっ!
唇を塞がれたわたしがバタバタ暴れて、やがて酸欠でクタッとなってから、レンドール王子の唇が離れた。
「ミレーヌ……何をしているのだ?」
「息! 息してますわ!」
わたしははあはあと荒く息をして、必死で酸素を取り込んだ。
キスとは危険なものだったのね。知らなかったわ。
「申し訳ございませんが、口づけは10秒以内でお願いいたします、わたくしそれ程息が持ちませんので」
「なぜ?」
「口を塞がれたら、息が止まってしまいますわ! レンドール様はあらかじめたくさん息を吸っていらっしゃるのでしょうけれど、不意をつかれたわたくしはそんなに息が止められませんのよ」
「……なぜ息を止めるのだ?」
「え? だって……レンドール様は止めていらっしゃらないの?」
「お前……これは何のためについているのだ」
「いたたたたた、鼻いたいですわっ」
いきなり鼻を摘まれたわたしは、泣き声を上げた。
レンドール王子の手を振り払うと、両手でじんじんする鼻を押さえて睨む。
新手のいじめですか!
「酷いですわ! ただでさえ腫れておりますのに」
「お前の鼻は飾りものか? ちゃんと息をしろ」
「はい?」
「は・な・で・い・き・を・し・ろ。わかったらもう一度」
顎に指をかけられ、くいっと上に向けられた。
きゃああああ、またキスされる!
と思ったら、後10センチというところで王子の顔がピタリと止まったかと思うと、わたしから離れて背けられた。
「お前の顔……毛が逆立った……子猿の様で……」
手で額を覆いながら呟く。
「すまん、猿に口づけるには俺の愛が足りないようだ」
猿!
猿って言われた!
がーん……なのである。やはりそこまで不細工なのだろうか?
ショックを受けて固まっていると。
「嘘だ」
摘まれてまだ痛い鼻の頭にチュッとキスをされた。
「お前は猿顔になっても可愛いな、どうしてくれよう」
いじめっこ王子はにやにや笑いながら、わたしのおでこやまぶたやほっぺたにチュッチュッしまくる。
「レディに向かってなんたる失礼! たとえレンドール様でも聞き捨てなりません!」
「怒った猿、可愛い」
「可愛いをつければ許されると思ったら大間違いですわ! んーっ!」
見かけは天使なのに、中味がいじめっこなのは変わっていなかったのね!
わたしは口を塞がれながら、レンドール王子の胸をぽかぽか叩いたのだけれど、筋肉に弾かれて指が痛くなっただけだった。
なんだか負けた気がして腹が立つわ!
「ああもうミレーヌが可愛過ぎて辛い」
「いったあい!」
耳を噛まれた!
言ってるセリフは甘いのに、なんで噛むの?
それともわたしが知らないだけで、男の人って女性を噛むものなのかしら。
ああなるほど、だから『男は狼』だとか『男はケダモノ』とかって言うのね?
大人の男性の愛情表現は難しくてよくわからないわ。
後でエロい大人のライディに聞いてみなければ。
「すまん、つい」
と言いつつ、今度は噛んだところを舐めている王子。
耳元がぴちゃぴちゃうるさいからやめてほしい。
「もう舐めるのはお止めくださいませ」
「なにか感じないか?」
「しみて痛いです」
「もっと噛んでもいいか?」
「ダメです! なんでさっきから意地悪をなさるのですか」
「ミレーヌをいじめると、少し気がおさまるようなのだ」
サンドバッグなの?
「でないと、お前に大人のいじめをしたくて我慢できない」
それはどんないじめなのですか?
よくわからないけど、痛そうなのでいやだと言ったら。
「痛くしないから、少ししてもいいか?」
全力でお断りしました!
なんかもう、いろいろすみません。




